57.突入する話
時刻は午後8時50分。
恭也が指定した時間となった。
幽霊団地の前には、朱莉、想、知基、華絵、十海人の5人。
それから、雪村とその他10人の警官が集まっていた。
「もうじきやね」
朱莉は団地を見上げたまま、背後に立つ雪村に語りかけた。
「そうですね。……今のうちに、動きをおさらいしておきましょうか」
「せやな。ほらみんな、最終確認始まるで」
朱莉は他の4人に声を掛ける。
互いに勇気付け合う想と知基。
落ち着かない様子でキョロキョロしている華絵。
特務課から支給された御守りに何やら念を送っている十海人。
各々自分らしく過ごしていたが、朱莉の呼びかけに従った。
雪村は5人の顔をしっかり見ながら口を開く。
「皆さんには、これから里桜さん、晶子さん、乃愛さんの救出及び、矢野口恭也確保の協力をしていただきます。皆さんは一緒に幽霊団地を探索してください。僕達警察は少数で後を追います。里桜さん達を発見したら保護を、矢野口恭也と遭遇次第、自衛の方をお願いします。お次に、持ち物の確認をしましょう。渡した物は全てありますか?」
朱莉は上着のポケットから、懐中電灯、トランシーバー、スタンガン、御守りを取り出した。
他の4人も、それぞれ取り出しやすい箇所に仕舞っているようだった。
「まずは懐中電灯。足元を照らしながら進んでください。建物の整備がされていないので充分気をつけてください。それから、正直何が起こるか解りません。そんな状況で一番マズイのははぐれてしまうことです。トランシーバーははぐれてしまった場合に、スタンガンは自衛のために使ってください」
トランシーバーは現在地の確認として。
スタンガンは対人戦に使える。
このスタンガンで恭也を痺れさせてボコボコにしてやろう。
朱莉は心の中でそう意気込んだ。
「そして最後に御守りです。これは万桜さんと遭遇した際に使用してください。撃退できなくとも、逃走のための時間稼ぎにはなるでしょう」
「フフフ、これで除霊が可能……。悪くないなぁ」
手の中の御守りを見つめながら、何やらブツブツと呟く十海人。
そんな彼に触れることなく、雪村は締めに入った。
「最終確認は以上になります。最後に…、何か不明な点はありますか?」
5人は無言で「問題なし」という意思を見せた。
雪村の腕時計が、丁度午後9時を指した。
「……もう時間ですね」
「せやな。もう行く?」
「そうですね。……それでは皆さんお気を付けて。無理をしないように……」
「よ〜し!みんな行くで!」
朱莉を先頭に、残り4人が幽霊団地に入っていく。
華絵だけしぶしぶといった雰囲気だった。
「それでは、梶さん、岩尾さん、行きましょう」
雪村は近くに居た2人の警官にそう言った。
梶と呼ばれた少し強面の警官に、岩尾と呼ばれた眼鏡の警官。
その2人は雪村と共に、朱莉達の後をこっそりと追い始めた。
「……9時になったね」
廃マンションの廊下でスマホで時間を確認した恭也は、顔を上げて呟く。
それから、目の前に居る徹と魚沼と顔を見合わせた。
「ムフフ、そうだねぇ!そうだねぇ!やっと始まったねぇ!」
「うん、始まったよ。魚沼さんが楽しみにしてた虐殺パーティーが。行っておいでよ」
「フフフ!フフフフフ!それじゃあお言葉に甘えて、行ってくるからねぇ!」
「気をつけてね」
歳に似合わず子供のようにはしゃぐ魚沼は、足取り軽やかに廊下を走って行った。
その後ろ姿を見送った恭也は、徹に視線を向ける。
先程から挙動不審にしていた彼は、ビクリと反応して後退った。
「なに怖がってんの?」
「えっ……?いっ、いや、別に、怖がって……なんか…、」
「怖がってるじゃん」
恭也は無表情で歩み寄った。
徹は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。
「ここまで関わっておいて今更怖がるなんてね。情けないなぁ」
「だ…だだだだって、……き、君が……脅すから………」
「あーそうか。そうだよね。やっぱり僕達のせいだよね〜。……まぁでも、君の応えが積極的なものだったら、ちょっとは変わったかな……」
「えっ………ぐっ…!!!?」
徹は腹部に痛みを感じた。
恐る恐るその箇所に目をやる。
徹の腹に、恭也がナイフを突き刺していた。
暗さの関係もあるのか、刺された部分が黒く染まっていく。
「あっ……えっ……?」
「……」
徹が反応する前に、恭也は刺したナイフを思いっきり横に引いた。
肉が引き裂かれる音と共に、多量の血液が吹き出した。
返り血が恭也の服や顔を濡らす。
「えっ……えぇっ?」
不意を突かれたせいなのか、徹は痛みよりも困惑の方が強いようで、狼狽える。
それでも恭也は容赦しない。
素早く徹の首を掴むと、廊下の手すりの方へと押し付けた。
徹はもう少しで落下するという状態となった。
「うあ……ああああああああああああああああ!!!!」
ここにきて、徹はようやく悲鳴を上げた。
しかし、それも恭也の耳には届かない。
「君が万桜のために動いたって言ってたなら、もう少し利用したのに。まぁ、結局君も殺す予定だったし、反抗的なら生かしたままだと害になり得るし。だから、君にはここで退場してもらうよ」
「まっ………待っ……て……」
「じゃあね」
恭也は無情にそう言い放つと、ゆっくり徹の頭を外へとずらしていく。
徹の後頭部が完全に遥か下の地面を向いた。
恭也は徹の首を掴んでいた手を足へと移動させると、一気に上げて離した。
その瞬間、徹の姿消える。
叫び声が上がり、どんどん遠退いていったかと思うと、“グシャッ”という鈍い音と同時にそれは止んだ。
変わり果てた徹の姿を確認することなく、恭也は廊下を歩く。
万桜が居る部屋の前まで来ると、迷いなく中に入る。
「万桜、始まったよ」
恭也の呼びかけに反応し、何もない部屋の真ん中で塞ぎ込んでいた万桜は、顔を上げる。
その表情には、苦しさが見られた。
【恭……也………?】
「今日で皆死ぬ。万桜の願いが、やっと果たされようとしてるんだよ」
【私ノ……ねガ…い?】
万桜は苦痛に耐えつつ、やっとの思いで言葉を振り絞る。
「うん。憎くて憎くて仕方がないあいつらが、今日この瞬間全員地獄に堕ちるんだ。あっ、万桜は休んでてね。ていうか、寝ていた方がいいと思うよ。大丈夫。起きた頃には全部終わってるから」
【きョ……ウや…………】
「ふふっ。苦しい筈なのに、僕の名前を呼んでくれるんだ?嬉しいよ!それじゃあ、後は僕に任せて!あいつら全員ぶっ殺してくるからさ!また来るよ!」
恭也は一方的に意気込みを伝えると、部屋から出て行った。
残された万桜は、息を切らしながら立とうとする。
しかし体が思うように動かず、その場に崩れ落ちてしまった。
【うっ……ウうう……】
手、脚、首、顔。
万桜の体が黒ずんでいく。
意識も遠のく。
思考がままならなくなっている。
周囲を漂う黒い煙の量は、過去最大となっていた。
【リ…………お………………!】
必死に絞り出した親友の名前を呼んだ後、万桜は床に倒れた。
漂っていた煙が、万桜を覆っていく。
そしてそれが晴れた頃には、万桜の姿は無くなっていた。




