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八百万 怨念  作者: マー・TY
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56.死体とする話

 翌日12時。

 集合まで残り9時間といったところ。

 ずっと床に寝転されて体を痛めた里桜と晶子は、壁にもたれかかって座っていた。

 縛られている状態で無理に動いたせいか、はたまたあまり食事を摂っていないせいなのか、2人の顔には疲労が顕れていた。

 そんな2人の目線は、乃愛に向けられていた。

 流石に朝になったら起きると思っていた。

 しかしもう正午。

 それでも目を覚ます様子は全くない。

 2人の心に、どんどん不安が募っていく。


「ねぇ……乃愛全然起きないんだけど…」


「そう……だね…。流石に寝過ぎな気がする……」


「いっ、生きてるよね!?」


「生きてる……筈。ほら、漫画とかでも疲れすぎて3日くらい寝てたっていうキャラとか居るし……。乃愛もきっとそれと同じ……なんだと思う……」


「2次元と3次元をごっちゃにしてんじゃないわよ!」


 里桜なりに絞り出した考察を、晶子は怒鳴りながら一蹴する。

 疲れて気も短くなっているようだ。

 里桜もまた、思考を巡らせることが苦痛となっていた。

 ただ今は人形のような静けさを纏う乃愛のことが、心配で仕方が無かった。


“ガチャッ”


 唐突にドアが開く音が、2人の耳を刺激した。

 ギシギシと床を踏む音が近づいてくる。

 足音の主はすぐに姿を見せた。


「おぉ〜、2人共元気そうだねぇ!」


 現れたのは40代くらいの、少しラフな格好をした男魚沼だ。

 何故か黒いリュックサックを背負っている。

 晶子は突然入ってきた得体の知れない男を警戒する。

 一方里桜は、その男の顔と口調に憶えがあった。


「アンタ……前に肉叩きで襲ってきた……!」


「うれしいねぇうれしいねぇ!憶えててくれたんだねぇ!お嬢ちゃん、相変わらず良いカシラとモモとスネしてるねぇ!」


「見んな変態オヤジ!」


 里桜は敵意丸出しで睨みつける。

 それに対して魚沼は、相変わらずの調子で語り続ける。


「そういえば自己紹介まだだったねぇ。おじさんは魚沼っていう名前で、料理人なんだよねぇ。恭也君に言われて君達のお世話係をすることになったんだよねぇ」


「世話係……?アンタが……?」


「そうなんだよねぇ。そしてこれがご飯なんだよねぇ」


 魚沼はリュックから皿を取り出すと、その上にサンドイッチを2つ乗せて床に置いた。

 

「さぁ、食べてね!」


「食べてって……、だったら縄解いてよ!」


「ごめんねぇ。おじさんお嬢ちゃん達を自由にできないんだよねぇ。だから口だけで頑張って食べてねぇ」


「ふざけんな!」


「おっと、お水もあげないとねぇ!」


 魚沼は再びリュックに手を突っ込むと、ペットボトルに入った水を取り出した。

 キャップを取ると、無理矢理里桜の顎を掴み、水を流し込んだ。


「うぷっ……!むぅぅぅぅ!!」


「水分補給は難しそうだからおじさんが直接させてあげるねぇ〜!」


 里桜は苦しそうに藻掻くが、逃れられない。

 ペットボトルの中身が半分減ったところで、魚沼は里桜を離した。

 里桜は床に転がり、苦しそうに咳き込む。


「げほっ!ごほっ……!」


「さ・て・と、君にも飲ませてあげないとねぇ!」


「ヒィ!!」


 魚沼は晶子にも同じように水を飲ませた。

 晶子もまた咳き込み、水を吐いた。

 魚沼はまたリュックを漁り、サンドイッチの傍に呼び鈴を置いた。

 

「また喉が乾いたり、おしっこ行きたくなったらこれを鳴らしてね。おじさんのお部屋隣だからすぐ来るからねぇ。……おっとそうだ……」


 魚沼は寝たままの乃愛に気づく。

 

「この娘にもお水飲ませないとねぇ!……ってあれ?この娘まだ寝てるんだねぇ!」


「ごほっ……その娘……乃愛はずっとそうなんだよ……。全然起きない……」


「ありゃりゃ〜。そうなんだねぇ〜」


 魚沼は少し困惑しながら、乃愛の口や首、手等を触り始めた。

 どうやら生死を確認しているらしい。

 里桜と晶子はその様子をまじまじと見つめることしかできなかった。

 ある程度確認し終えたのか、魚沼は乃愛から手を離した。


「う〜〜ん。おじさんうっかりカシラを強く叩きすぎちゃったみたいだねぇ」


「は……?」


「この娘今植物状態みたいだねぇ」


「植物…状態……?」


 里桜と晶子は言葉を失う。

 植物状態。

 呼吸等はできるものの、意識が戻らない状態だ。


「ごめんねぇ。おじさん強く叩きすぎちゃったみたいだねぇ」


「ふざけないで!乃愛は、ちゃんと元に戻るんでしょうね!?」


「う〜ん……そうだねぇ……」


 魚沼は乃愛を見つめて少し考える。

 そうした矢先、下卑た笑みを浮かべた。


「そうだねぇ。ちゃんとした治療をしたら無事回復するかもしれないけどねぇ。でも救急車呼ぶわけにもいかないし、これはもう死んだっていう扱いでいいよねぇ!」


「はぁ!!?」


 魚沼は勝手に結論付けると、ウキウキした様子で乃愛を抱きかかえた。

 晶子の顔が青ざめる。


「ちょっと待って!乃愛をどうする気!!?」


「そうだねぇ。この娘の前バラは少ないけど良い身体だからねぇ。活け造りに挑戦してみようと思うんだよねぇ!」


「活け造り……?まさか、殺すの!!?まだ生きてるんでしょ!!?」


「もう死んでるようなものなんだよねぇ!それじゃあおじさんこれから忙しいからまたねぇ!」


「そんな!待って!お願い!」


「ふざけんな!返せ!」


 里桜と晶子は必死に叫んで魚沼を止めようとした。

 しかし、魚沼は聞く耳を持たない。

 鼻唄を歌い、乃愛を抱きかかえたまま部屋を出て行った。


「待って……!やめて……!乃愛を殺さないで……!お願い…!」


 再び静寂が訪れた部屋で、晶子は藻掻きながら、乃愛を殺さないよう懇願し続けた。

 里桜が悔しそうに俯く中、決して届くことのないその声がしばらくの間続いた。

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