55.自己犠牲の話
時刻は夜の9時。
幼い子供ならもう布団に入っている時間帯に、晶子は目を覚ました。
目の前の景色は暗闇。
とはいえ、何となく自分が天井を見上げて倒れていることが理解できた。
「んっ……何ここ?」
「あっ、起きた?」
「えっ!!?」
まさか自分の他にも人が居るとは思わず、晶子は驚く。
「誰!?…っていうか私、何で縛られてんの!!?」
「訳解んないかもしれないけど、とりあえず、話さない?」
顔がよく見えない相手に諭され、晶子は少し冷静になる。
ここがどこなのかも解らない。
何故自分がこの状況にあるのかを知っておきたかった。
「えっと、まず私は栗山晶子……です。あなたは?」
「里桜。九重里桜だけど」
「えっ!?里桜!?」
「そう。てか前にバーガーショップに来なかった?」
予想もしていなかった人物相手に、晶子は驚く。
思えばハンバーガーショップに行った時以来、里桜とは会話をしていなかった。
その時の雰囲気は決して穏やかなものとはならず、今となっては内心気不味さが生まれていた。
「えっと……。あの時はその……ごめん……」
「いいよ。別に気にしてないから。それより、アタシ達をここに連れてきたのは、恭也だよ」
「恭也が!?……あっ、そう……そうだった……」
晶子はここに来る前のことを思い出した。
塾に向かう途中恭也に話しかけられたと思えば、急に全身が痺れて意識が飛んだのだ。
「私、恭也に気絶させられたんだ。それでここに……。でも何のために私達を拉致したの?」
「アタシ達を人質にして、残りの皆をここに集めるつもりみたい」
「そういえば、ここってどこなの?」
「幽霊団地」
「幽霊団地って……ここが!!?」
「恭也は万桜に協力してた。ずっと万桜のために人を殺してた。
それで多分、明日……残りの全員をここに集めて、皆殺しにする気なんだ……!」
「明日……幽霊団地に集合って、徹のLINEのやつ?やっぱり罠だったんだ……。ていうか明日って……私丸一日寝てたってこと!?」
「アンタらそんな前から居たんだ……」
里桜は少し引き気味に言う。
対して晶子は、里桜の「アンタら」という三人称の呼び方が気になった。
「“アンタら”って……えっ?私と里桜だけじゃなかったの?」
「そこ」
里桜の視線の先を、晶子は目で追う。
暗闇に目が慣れてきたせいか、壁に寄り掛かって座る少女の姿を捉えることができた。
小柄でツインテールのその姿に、晶子は見覚えがあった。
「乃愛……?乃愛なの!?」
晶子は乃愛に声を掛けるが、返事は無い。
耳元には、黒い液体のようなものが伝った跡があった。
「ねぇ、乃愛大丈夫だよね!?」
「解らない。アタシが気づいた時からそんな状態になってたから。しばらくしたら起きると思ってたんだけど……」
「そう…なんだ……。……しっ、死んでないよね!?」
「…死んでないよきっと。縛られてるし……。それにアタシ達人質だよ。殺すわけない」
「そっか。……そ、そうだよね」
晶子はひとまず、乃愛が生きていると信じることにした。
今はこの状況を打壊する術を考えるため、切り替える。
「この縄解いて逃げ出せそう?」
「口でやったら解けるかも。でも、外に見張りは絶対置いてる筈。アタシの時は車使ってたし、多分大人も関わってる」
「恭也だけじゃなさそうね……。そんな中、乃愛を背負いながら逃げるのは難しかも……」
「……アタシが囮になろうか?」
「えっ!?」
里桜から出た予想外の提案。
晶子の口から、つい間抜けな声が出る。
「何よ囮って……」
「一応腕っぷしには自信ある。雄大とかとつるんでたし。武器とかあったらもっと時間が稼げるかな……」
「ちょっ、そういうこと言うのやめて!」
晶子は焦りながらストップを掛ける。
「アンタに囮やらせるの、何か……申し訳無さすぎるのよ!そもそも私、乃愛背負って逃げられるだけの体力無いし!それに恭也の仲間が何人居るのか解らないし……。とっ、とにかくアンタが囮になったところで無駄なの!解った!?」
「あ、あぁ…、うん……。解った……」
勢いに押され、里桜はひとまず引き下がることにした。
晶子は内心ほっとする。
里桜に一方的に嫌みを言っていた立場上、囮にまでさせるとなると、罪悪感でどうにかなりそうだった。
「とにかく、全員無事に帰れるような作戦にするわよ」
「そうだね。まぁでも、絶対簡単にはいかないだろうし……。せめて乃愛が起きてくれればいいんだけど……」
里桜は不安気に乃愛を見つめる。
今すぐに起きるような気配は感じられなかった。




