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八百万 怨念  作者: マー・TY
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54.前夜の話

「朱莉さん!大丈夫ですか!?」


「雪村さん、病院じゃ静かにせなあかんで」


 病院の医務室に飛び込んできた雪村を、朱莉は冷静にあしらった。

 あの後咳や涙が止まらなくなった朱莉は、近隣の住民が呼んだ救急車で病院に運ばれた。

 とはいえ、皮膚がヒリヒリし、鼻水が少し出る程度で、そこまで症状が酷いわけではなかった。

 医者によれば、少し休めば今日中には帰宅できるという。

 また、朱莉が病院に搬送されたという知らせは特務課にも伝わっていた。


「……え〜と、どうですか?調子は」


「まぁ良好かな。…ってそないなことどうでもええねん!雪村さんに伝えたいことあったんやった!」


 朱莉は自分が病院に運ばれる前に起こったことを雪村に説明した。


「里桜さんが……誘拐………?」


「攫われた……絶対攫われたよ……。実際今里桜と連絡着かへんし……」


「誘拐犯の顔は見ましたか?」


「見てへん。急に車の窓からスプレー掛けられて何も見えなくなってもうて……。せやけどまぁ、何となくやけど、タイミング的に万桜に関係ある奴の犯行やと思うの。幽霊団地に集合するの、明日やし………」


“♪♪♪♪♪”


 不意に通知音が鳴り、朱莉は話を止めた。

 手元にあったスマホを起動させ、画面をいじる。


「やっぱりな……」


 朱莉は顔をしかめ、雪村にスマホを見せた。

 LINEのトーク画面に写っていたのは、薄暗い部屋で縛られ、倒れている里桜の写真だった。

 そしてこのトークの相手は恭也になっている。


「全て恭也さんの仕業…ということですか……」


「車つこぉてるんやから大人も関わってそうやな。にしてもまさかこんな写真送ってくるなんてな。……ん?」


 写真を見たのを確認したのだろう。

 朱莉のスマホに電話が掛かってきた。

 相手はもちろん恭也。

 朱莉は雪村と目を合わせた後、通話に出た。


「もしもし?」


『もしもし帳さん?今送った写真見た?』


「よぉ電話する気になったなぁ、恭也」


 まるで旅行先で撮った写真を送ったようなテンションで話す恭也に、朱莉は苛立ちを覚えた。


『さっきはいきなり襲ってごめんね〜。咳とか鼻水とかもう大丈夫〜?』


「お陰様でな。それより、この写真の場所幽霊団地?アンタが万桜の協力者として見てええん?」


『あぁそうだよ。写真の場所も幽霊団地で間違いないよ。僕は愛する万桜のために動いてるんだ。もう察してるかもしれないけど、爆破事件の犯人は僕だよ。スイッチ1つでドカーンっていうハイテクなやつを使ったんだ。凄いでしょ?』


「ッ……!!!」


 恭也は得意気に自身の技術力の高さを自慢する。

 朱莉の手が怒りで震えた。

 アンタのせいで日和達が死んだのだと怒鳴りつけたいのを堪え、話を続けた。


「……何で里桜を誘拐したん?ウチは残していったのに」


『そうだな〜。まず帳さんを攫わなかったのは、厄介そうだったからだね。何か、いろいろ抵抗してきそうじゃん。あとうるさそうだし。それなら九重さんを攫って人質にする方が良いかな〜って思ったんだ』


「……明日幽霊団地に来んかったら、里桜をいてまうってこと?」


『そういうこと。じゃなきゃ君みたいに警戒心強い人は来ないじゃん。ちなみに栗山さんと明利さんも預かってるよ。だから明日ちゃんと来てね。警察も連れて来ないでね。さもないと殺すから。それじゃあね』


 恭也はそこまで言い切ると、一方的に通話を切った。

 朱莉と雪村は再び顔を見合わせた。


「どないしよう?雪村さん」


「あなた達を幽霊団地に行かせたくはなかったのですが……。人質を取られている以上……下手に抵抗するのは危険です…」


「そうやんな〜。ほんま、性格悪いで。行っても行かなくてもいてこますくせに……。せやけどまぁ、里桜達が捕まっとるなら行くしかないわ」


 朱莉は溜息を吐くと、仰向けになって天井を見上げた。


「里桜と乃愛、晶子が人質……、徹は恭也に手を貸してる可能性が高いのを考えると、明日行けるのはウチと想、知基、華絵、十海人……。こう言うのもあれやけど、減ったなぁ」


「朱莉さん……」


「……ねぇ雪村さん。ウチら、何でこんな目に遭わなきゃいけないんやろう。ウチらが何かしていれば、変わったんかな?」


 朱莉は無気力にそう呟く。

 これ以上ない理不尽に疲れ果てた少女に対し、雪村は何も返すことができなかった。

 雪村もまた、自身の無力さを痛感していた。

 2人の間に沈黙が漂う。

 そんな気まずい空気を察してか、朱莉は力強く言った。


「まぁでも、助けんで。里桜達は絶対助ける!」




 一方幽霊団地。

 廃マンションの一室の前で、恭也はスマホをポケットに仕舞った。

 里桜達を監禁している以上、残りのクラスメイトはここに来るしかないだろう。

 恭也は明日のことを考えながら、隣の部屋に向かう。

 ゆっくりドアを開けて入室し、奥へと進んだ。

 何も無いリビングの床に、一人の少女がベランダの方を向いて座っていた。


「万桜」


【………恭也】


 万桜は少し思い詰めたような表情で振り返った。

 恭也は万桜の目の前でしゃがみ込む。


「明日この幽霊団地に、残りの皆が集まることになる。一網打尽だよ」


【……】


「もうすぐだ。もうすぐで皆不幸になる。これで君の願いが叶うんだよ」


【………そうね】


「どうしたの?もしかして元気ない?」


 反応の薄い万桜を、恭也は心配する。


【大丈夫……何でもないわ…。そうね。……もうすぐね……】


「そう!そうだよ!明日で君の願いが叶うんだ!本当に楽しみだね!任せて、僕頑張るから!皆殺してあげるよ!だから、それが終わったら……!」


【そうね……。一緒に暮らしましょうか】


「やったぁ!本当に楽しみにしてるよ万桜!それじゃあ、また来るよ!今はゆっくり休んだ方がいいかもだからね!また後でね!」


【えぇ。恭也もゆっくり休んで】


 恭也は子供のようにはしゃぐと、足取り軽やかに部屋から出て行った。

 残された万桜は、溜息を吐いて俯いた。

 暗くて見え辛いが、部屋中黒い煙が立ち込めている。

 少しでも気を抜いたら理性を失う。

 万桜の心はその域まで追い詰められていた。


【うぅ……流石に辛いわね……。恭也が居なかったら……どうなってたかしら?】


 頭を抑え、ゆっくりと呼吸を整える。

 煙が少し収まっていくのを感じた。

 落ち着きを取り戻したところで、万桜はまた考えた。

 里桜とまた顔を合わせたら、どうしようかと。

 恭也から、里桜が隣の部屋に居ることは聞かされている。

 しかし、会いに行くことができない。

 また里桜を殺そうとするかもしれなかったから。

 生きている奴らが憎い。

 皆に死かそれと同等のものを与えてやる。

 そう決めた筈なのに、ここまで来てもう戻れない筈なのに、いざ里桜を相手にすると、どうしたらいいか解らなくなっていた。


【里桜……】


 万桜は壁の方を見つめる。

 本当は大好きな筈の里桜が、今となっては一番怖い存在になっていた。

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