53.嫉妬の話
「里桜……里桜………」
「…………んっ……はっ?えっ!?」
目を開けた里桜は、戸惑いを隠せずキョロキョロと辺りを見回した。
昼頃で少し霧が掛かったように見えるが、そこは間違いなく見覚えのある公園の景色。
そして自分は今、ブランコに座っている。
「里桜、どうしたの?」
その声を聞き、反射的に横を見る。
隣のブランコに、万桜が座っていた。
里桜の脳内が「?」が埋め尽くされていく。
「は?え?どういうこと?」
「どういうことって、今日は朝から遊びに行こうってなって、今は休憩してるところでしょ?寝ぼけてるの?」
首を傾げる万桜はいつもの制服姿ではなく、可愛らしい私服姿になっていた。
買い物でもしたのか、足元には荷物が入った手提げバッグが置かれている。
「そう……だっけ?」
「そうだよ。私この日をとっても楽しみにしてたんだから!」
「………そっか」
少しもやもやした気分になる。
先程から違和感が半端ない。
そもそも万桜はいつも、勉強で忙しいのではなかったか。
「えっと、勉強はいいの万桜?こうして遊んでたら、お父さんに怒られるんじゃ………」
「あ~……問題無いよ。だって……」
心配する里桜に、万桜は満面の笑みで言い放った。
「殺してきたから」
「万桜!!」
里桜は叫びながら目を覚ました。
薄暗い中、最初に見えたのは天井。
自分が見知らぬ場所で仰向けに倒れていると気づくのに、時間は掛からなかった。
「ここは…………ッ!?……あれ?」
体を起こそうとしたが上手くいかず、背中を打ちつける。
不思議に思い、自分の体を見てみる。
何故か手足がロープで縛られていた。
「何これ……。何でアタシ縛られて……くそっ!」
体を捩りながら、拘束を解こうと試みる。
手足を無理矢理動かしたり、ゴロゴロと体を転がしてみたり。
とはいえ、相当硬く縛っているようで、ただ手足が疲れるだけだった。
「はぁ……ダメか。………あ?」
転げた拍子に、里桜は部屋全体の様子を確認できた。
そして真っ先に目に付いたのは、自分と同じように拘束されている2人の少女だった。
「えっ、アタシ以外にも……?ねっ、ねぇ……大丈夫!?」
焦りも手伝い、里桜は2人に呼び掛けてみる。
しかし返答は無い。
「生きてるんだよね?……死んでないよね?」
縛られているとはいえ、ピクリとも動かない2人を見て少し心配になる。
ひとまず、「縛られている=まだ生きている」と前向きに捉えることにした。
「……朱莉無事かな?」
ここに来る前、朱莉と一緒に居た里桜は謎の人物から襲撃を受けた。
突然スプレーを噴射されたかと思うと、次の瞬間には咳や鼻水、涙が止まらなくなった。
そして前が見えなくなったところで後頭部を殴られ、そこから記憶が無くなっている。
朱莉も眠らされて連れて来られている可能性が高かった。
“ガチャッ”
「ッ!?」
ドアが開く音に、里桜はビクリと反応する。
それから間髪入れずに足音が近づいてくるのが解った。
里桜は玄関の方に視線を向ける。
「………ッ!?」
「……おっ、九重さん起きてたんだ」
里桜は目を見開いた。
玄関の方から姿を見せたのは恭也だった。
「恭也……これ、アンタの仕業なの?」
「そうだよ。僕が君に催涙スプレーを掛けて、君を気絶させてこの幽霊団地に連れてきたんだよ」
「………」
そうあっさりと言い放つ恭也に、里桜は唖然とする。
自分と同じように縛れている2人も、恭也が連れてきたのだろうか。
こんな状況にも関わらず、恭也の様子はいつもと変わらない。
その冷静さが、ただただ不気味だった。
「あれ?もしかして僕のこと怖い?」
「………解らない」
「ん?」
「何でアンタがこんなことしてるのか、解らないんだよ……」
「あーそっか。確かに理解できないよね〜。いきなり僕がこんなことするだもん。……まぁいいや。この際教えてあげるよ」
話を聞かせやすくするためか、恭也は里桜の目の前でしゃがんだ。
「今生きてる誰かが万桜に協力してるんじゃないかって話があったよね?それ、当たり。万桜の協力者は僕のことだよ。滝川君とか、湯浅さんとか、室田君とか……。殺したのは僕」
「ッ……!!?」
「万桜がその気になればみんなすぐに殺せるんだろうけど、簡単にはいかないみたいなんだよね。あの力を使うの、けっこう大変なんだって。だから僕が手伝ってあげてるんだ。能天気に、楽しそうに生きてる君達を殺したいっていう、万桜の願いを叶えるためにね」
「………あの日の爆発、アンタがやったっての?」
里桜は恭也を睨みつける。
こめかみには血管が浮き出ていた。
「もう、ひと思いにぶっ飛ばそうと思って。一人ずつ消していくのも面倒になってきてさ。それで思いついたのが爆弾。森谷さんの鞄に爆弾を仕込んでたんだ。ボタンひとつでドカーンっていくのをね。僕が作ったんだよ。凄いでしょ?まぁ、あの時教室の外に居た人が意外と多かったのが誤算だったかな……」
「恭也ァあああああああああ!!!」
里桜は怒鳴り、自分が縛られているのも忘れ、恭也に襲いかかろうとした。
しかしそれにも恭也は動じない。
素早く立ち上がり、まるで嘲笑うかのように里桜の顔を蹴った。
「うっ……」
「本当に誤算だったよ。明石君さえ来なければ、君も帳さんも消せたのに。君達2人はすぐ消したかったんだけどな〜」
「………どういう意味?」
「帳さんは無駄に鋭いからね。案の定僕のこと一番疑ってたよ。そして九重さん、君は……邪魔なんだよ……」
「邪魔?」
恭也は不愉快そうに続けた。
「僕はずっと万桜のことを愛してた。眠そうに目を擦るところとか、シャーペンと赤ペンを持ち替えるところとか、髪を掻き分けるところとか、成績表を見て溜息を吐くところとか、手に付いたチョークの粉を払うところとか、難問に苦戦してるところとか、飛んできたハエをウザったそうに追い払うところとか、みんなが休日の予定について話し合っている傍ら、窓の外を物憂げに眺めているところとか……」
「ちょっ……何……?」
ブツブツと呟く恭也に、里桜はまた別の怖さを感じた。
「あ〜ごめんごめん。うっかり自分の世界に入っちゃった。まぁでも、ただ眺めてる訳じゃない。何だって知ってるよ。万桜がおつ何を食べたかも、匂いも、使っている文房具のメーカーも、生理の周期も…」
「何それ…、キモいんだけど………」
「だから言ってるじゃん。万桜のことなら何だって知ってるって。もちろん、君が万桜と公園のブランコで仲良くなったことだって……」
「ッ………!!?」
万桜と初めて出会った日……。
時刻は夜中の10時過ぎ。
公園という公共の場ではあるが、流石に自分達以外の人間は居ないと思っていた。
しかしあの日の出会いを、恭也は陰から見ていたようだ。
「……万桜を家まで送ってる時視線を感じることがあったし、一度全身黒い奴が出てきたことがあった。まさかそいつって……」
「そう、僕だよ。ずっと見てた。ただ、僕が見てたのは万桜で君はおまけだよ九重さん。でも……万桜は君しか見てなかった」
今度は少し、悔しがっているように見えた。
「こんなに万桜のこと知ってるのに……。使った物だって大事に保管してるのに……一日ごとの行動を日記に書いて記憶してるのに……。なのに……九重さん……。君の方が、万桜に愛されてるんだ……。僕が話しかけても素っ気無かったのに、君と話す時は嬉しそうだった……」
「………万桜」
「気安く名前を呼ぶな!!!」
ついに恭也は怒りを露わにし、里桜の腹部を蹴り上げた。
里桜は苦しそうに咳き込みながら、床の上を転がった。
「まぁいいさ。僕は今、万桜に信用されてるんだ……」
「ぐっ……。恭也…………」
「君ももう、明日には死ぬんだ。それまでそこで大人しくしてるんだね」
そこまで言い捨てると、恭也は部屋から出て行った。
里桜はその背中を見送ることしかできなかった。




