49.手遅れな話
「万桜さんと接触したんですか?」
警察署の個室で、雪村の少し驚いた声が響いた。
向かい側の席で、里桜と朱莉が同時に頷く。
「あぁ……はい………」
「信じられへんけどな」
「そうですか。やはり彼女が……。詳しく話せますか?」
里桜は先程身に起こったことを、朱莉のフォローも交えて話した。
万桜の言動を事細かく。
弘人に起こったことも明かし、それには朱莉も驚いていた。
「弘人までとはね……。いったいどれだけやったら気が済むんやあの娘は?」
「話を聞く限り、少なくともあなた達クラスメイト全員を殺すまで終わらないかと。里桜さんは狙われないと思っていましたが、今回の件で解らなくなりましたね」
雪村は難しそうな顔をする。
そんな彼に、里桜は質問を投げかけた。
「あの、万桜に何が起こってるんですか?」
「……強い怒りで、自我を保てなくなっているのでしょう。感情のコントロールが上手くいかなくなっている状態です。このままでは、いずれ怒りに呑み込まれ、二度と正気に戻れなくなってしまうかと」
「そんな……。何とかできないんでしょうか?」
「何とかって、もう手遅れちゃうの?」
朱莉が口を挟んできた。
その目には厳しさが宿っていた。
「あの娘、あぁやってクラスの皆に酷いことしてたんやろ?死んだ子だっておる。それに、里桜だって仲良かったのに殺されかけた。そんなんで元の関係に戻れると思うてるん?」
「それは……」
「里桜さん。万桜さんは最早、怪異の類いになりつつあります。まともにコミュニケーションを取ることは難しいかと」
雪村もまた、万桜を説得するのは難しいと思っているようだ。
彼は懐から、小さな袋を2つ取り出した。
白い布製のもので、口が赤い紐で結ばれている。
「雪村さん、それ何なん?」
「“御守り”です。我々はそう呼んでいます。袋の中に“除霊石”という、霊や怪異を祓う石を入れています。弱い怪異ならばこれを持っているだけで近づかなくなり、当てれば消滅します。お2人にお渡ししておきます。他の皆さんにもすぐ届くよう手配しますね」
雪村は御守りを、里桜と朱莉に手渡した。
「何ちゅうか、胡散臭いなぁ。自衛で持っとくってこと?」
「はい。もしまた万桜さんと遭遇するようなことがあれば、それを投げつけて逃げるといいでしょう」
「ッ……!?これ、万桜にも効くんですか?」
里桜はまるで凶器でも持つような目で、御守りを見てそう言った。
雪村はゆっくりと頷く。
「……そうですね。消滅までには至らないでしょうが」
「……そう、ですか」
「……里桜さん。心中お察ししますが……」
雪村は里桜を諭すに言い放つ。
「今後さらに被害が拡がる可能性も考えれば、万桜さんの存在は我々も無視できないものとなっています。消滅も視野に入れなければなりません。友人を思う気持ちも解ります。しかし、覚悟を決めておく必要があります」
「………」
一番の理想は、万桜とまた一緒に過ごせること。
しかし、その方法は解らない。
特務課ですら消滅を奨める程なのだ。
自分にいったい、何ができるのだろうか。
無力感に苛まれた里桜は、俯くことしかできなかった。
少し時間が経った頃。
晶子はまた、自習のために塾に向かっていた。
しかし、正直勉強どころではない。
未だに秀一が飛び降り自殺をした日のことが頭に浮かぶ。
そしてそれに、万桜が関わっているらしいことも。
遠目とはいえ、人が死ぬ瞬間を初めて見たことがかなりの衝撃だったらしく、最近寝不足気味だ。
華絵にも相談したが結局相手にしてもらえず、寧ろ怒らせてしまった。
乃愛にも相談するつもりだったが、同じ反応をされるのが恐くてやめた。
両親だって充てにならない。
まともに相談できる相手が見つからないまま、晶子は万桜に怯え続けていた。
「あれ?もしかして栗山さん?」
久々に苗字で呼ばれた気がした。
顔を上げると、目の前に恭也が立っていた。
「恭也?」
「おぉ、やっぱり栗山さんだ。直接会うのは久しぶりだね。この間の通話以来?」
晶子の心情とは対照的に、恭也の口調は明るい。
それが何故だか腹立たしくなり、晶子はそそくさと立ち去ろうとした。
「あー、待ってよ」
恭也は道を塞ぐように、晶子の前に回り込んだ。
「何?私塾行かなきゃなんだけど?」
「栗山さん、何だか無理してない?余裕が無いっていうか……。顔も疲れてるし。何かを怖がってない?」
「ッ……!?」
晶子は反射的に恭也の顔を見る。
恭也はしてやったりといった表情を浮かべた。
「やっぱりそうなんだ。そんな状態で勉強に集中できるの?」
「……アンタ、心でも読めるの?」
「読めるも何も、顔色見てれば…ね。そういうの解るんだよ僕」
そう言って、恭也はクスクスと笑う。
そんな仕草を見て、晶子は困惑していた。
恭也ってこんな奴だったっけ?
こういう疑問が頭に浮かぶ。
もっと大人しくて、穏やかな性格をしていなかっただろうか。
「僕でよかったら相談乗るよ」
「えっ……?」
「僕もさ、正直不安なんだよね。これからのこと考えるとさ。もしかしたら、殺されるかもしれないし……。だからさ、お互い吐き出さない?いろんなこと」
「えっ?いやでも……私塾が………」
「授業あるの?」
「無いけど……」
「ならいいじゃん。今日くらいサボっても罰は当たらないよ。そもそもこの状況で塾に行くこと自体危ないでしょ」
「そっ……それは……。そうかもしれないけど…」
「大丈夫だって。親御さんに怒られても僕のせいにしてもいいし。ね?だからさ、そこの喫茶店でも入らない?」
意外と押しに弱い晶子は、ここまで言われると断りきれなかった。
もしかしたら、気分転換にもいいかもしれない。
まだ半信半疑ではあったが、晶子は恐る恐る首を縦に振った。
「ありがとう。実を言うと僕、君と話したかったんだ。それじゃあ行こうか」
そう言った恭也は喫茶店ではなく、何故か晶子との距離を詰めた。
「えっ?何?………ッ!!?──────────」
晶子の全身に、いきなり電流が走った。
一瞬のことだが、意識を奪うには充分の強さだった。
晶子は何の抵抗もできずに意識を失い、倒れかかる体を恭也が受け止めた。
「どうしたの栗山さん?疲れすぎなんじゃない?」
そう言って嘲る恭也の手には、スタンガンが握られていた。




