48.保つことの話
『今起きてるこの地獄から解放される方法が見つかったんだ!明後日の21時に、幽霊団地に集まろう』
朱莉のスマホのLINEのトーク画面に、このメッセージは記されていた。
地獄からの解放。
万桜を止める方法が見つかったということだろうか。
「それ、誰から?」
「徹。根木徹から。里桜は知らへんかも。あの子そこまで目立たへんからな」
「うっ、確かに知らない……。それより、地獄から解放される方法が見つかったって……」
「万桜を止められる……ってことやろうな。それにしても、幽霊団地か……」
幽霊団地。
そこは廃マンションや廃工場が建ち並ぶ、この街から忘れられた場所。
そもそも人気の無い場所ではあるが、「幽霊が出る」「狂人が住み着いている」「男の悲鳴が聞こえた」等、良くない噂が尽きない。
老朽化している箇所があったり、カラスの群れが棲み着いていたりと、危険地帯ではある。
「朱莉、行くの?」
「行かへんよ。幽霊団地に呼び出す時点で明らかに怪しいからな。そもそも徹から返信けぇへんし」
朱莉は画面を下にスクロールさせる。
『幽霊団地で何する気?』
そのメッセージに対して既読は付いているものの、返信は来ていない。
「既読スルーのとか怪しすぎるにも程があんで。『詳細教えへんと行かへんよ』……っと」
返事を急かすため、朱莉はさらにメッセージを打ち込んだ。
「雪村さん……警察にも相談した方がいいかな」
「そういうの専門らしいもんね。寧ろ話しておいた方がいいかも。今から行く?」
「うん。ちょっと連絡してみるよ」
里桜はスマホを取り出し、雪村に電話を掛けた。
そんな後ろ姿を見ながら、朱莉は少し考えていた。
万桜とどう向き合うべきかと。
恭也は自室でくつろぎながら、妄想に耽っていた。
全てが終わった後の生活。
クラスメイトが少なくってきたせいか、最近そういう妄想をすることが多い。
万桜と同じ食事を摂り、一緒に恋愛ドラマを楽しみ、同じ布団で眠る。
彼女が霊体であることも忘れ、夢の同棲生活に想いを馳せていた。
そんな中、部屋のドアを人影がすり抜けてきた。
愛しの彼女のお帰りだ。
「万桜!おかえり!」
恭也が目を輝かせながら出迎える。
しかし万桜は、部屋に入ってくるなり崩れ落ちた。
黒い煙を纏った状態で。
「万桜!?どうしたの!?大丈夫!!?」
【あ”っ……う”っ…………………恭也……】
心配する恭也を横目に、万桜はゆっくりと呼吸を整えた。
黒い煙が徐々に治まり始める。
そしてそれらが完全に晴れた時に、万桜はゆらりと立ち上がった。
【ごめんなさい。もう平気よ】
「本当!?いったいどうしたの!?万桜が苦しそうにするなんて!」
万桜は自分の掌を見つめた。
憎しみ、戸惑い、嫉妬、破壊衝動……。
様々なものが湧き上がって混ざり、気づいた時には怒りが抑えられなくなっていた。
そしてついさっき、この手で里桜を……。
親友をこの手で殺めかけたことへの衝撃は大きかった。
何となく解る。
自分を制御できなくなっていることが。
【……苛つきすぎたのかしらね】
「そうなんだ?それじゃあ、何か気晴らしに─────」
【そのせいで、さっき里桜を殺すところだった】
「………」
万桜が里桜と仲が良かったことは、ずっと前から知っている。
その里桜を、殺すところだったという。
正気の万桜ならば、まずそんなことはしないだろう。
クラスメイトに思入れは無いだろうが、里桜は特別な存在である筈だ。
万桜が正気を失いつつあることを、恭也も本能的に理解した。
【本当に……私は何をやって……】
俯く万桜の体から再び黒い煙が湧いてきた。
色白の皮膚が薄黒く染まっていく。
そんな状態に気づいていないようで、万桜は手を閉じ、フルフルと震えていた。
「万桜!戻って!!」
危機感を覚えた恭也が両肩を掴んで叫ぶ。
万桜はハッとして顔を上げた。
煙が止まり、変色も全て溶けるように消え去った。
【……恭也、大丈夫よ】
「よかった。万桜が戻って来られなくなっちゃうんじゃないかと思ったよ」
【ごめんね。自分を保ってられるように気をつけるわ】
そう言って万桜は、弱々しく微笑んだ。
ちょっとの笑顔でも喜ぶ恭也だが、今回に関しては素直に喜べなかった。
今起こったように、万桜がいつ正気を保っていられなくなるか解らない。
今のままの万桜がいい。
化け物のような万桜は、考えられなかった。
「万桜、少し休んでなよ」
【?】
「残りの皆を不幸にすることくらい、僕にもできるよ」
万桜を安心させるように微笑みかけた後、恭也は机に目を向けた。
そこに置いてあったクラスの名簿を見る。
始末した生徒の名前はマジックで塗り潰しており、残った生徒の名前はすぐ解る。
その残りの名前の一つ『九重里桜』を見て、恭也は眉をひそめた。
(九重里桜……。本当に憎々しいよ。万桜の目に映ってるのは、僕じゃなくて君なんだからさぁ)
手に力が入り、クラス名簿がぐしゃりと音を上げた。
全員苦しめる。
全員殺す。
九重さんも殺して、忘れさせる。
恭也の中の殺意が燃え上がった。




