3.袋の話
「里桜、おはよう!」
「あっ、朱莉」
昇降口で里桜が靴を履き替えていると、朱莉が入ってきて挨拶をした。
昨日と同じく、無邪気に笑いかけてくる。
「今日もちゃんと学校来たんやね」
「うん。決めたんだ。万桜の分まで学校行くって」
「そっか。……うん、それがええで」
朱莉は微笑み、里桜の背中を優しく叩く。
今まで全くと言って良い程面識が無かったが、朱莉といると少し心が温まった。
「なぁ里桜、お昼一緒に食べへん?」
「…アタシで良いんだったら」
「ほんま?めっちゃ嬉しいわ!」
朱莉は両手でガッツポーズをする。
そんなリアクションを取られ、里桜は苦笑した。
「朝からご機嫌だね。帳さん、…それと九重さん」
次に昇降口に来たのは恭也だった。
里桜と同じように苦笑しながら頭を掻いている。
「あっ、おはよう恭也!」
「おはよう。アンタ、恭也って言うんだ」
「うっ、…今まで知らなかったんだ。まぁ、そんなに面識無かったもんね。2人共、教室まで一緒にどう?」
「もちろん!なっ?里桜」
「うん」
里桜と朱莉は、恭也が靴を履き替えるのを待った。
それから3人で教室に向かう。
その途中のことだった。
「お~?里桜じゃねェか。久しぶりだなぁ」
「ちゃんと学校来てたのか」
2人組の男子が里桜に絡んできた。
出席番号14番瀬川信吾と、出席番号15番園田竜平だ。
朱莉が一歩後退る。
この2人は素行が悪いことで有名だった。
「あぁ。久しぶり。アンタ達こそ学校来てたんだ」
信吾と竜平もまた、里桜と同じくよく学校をサボっていた。
そのことがあり、里桜はその2人と連んでいた時もあった。
「お前が学校来たって話聞いてな。久々に顔見たくなってよぉ……」
「なぁ里桜~」
竜平が里桜の肩に腕を回した。
その光景を目の当たりにした朱莉は、体を強張らせる。
恭也の方は、ただ呆然と見ているだけだった。
竜平が里桜の耳元に何か囁く。
「………はぁ」
里桜は溜息を吐き、竜平の腕を振り払った。
「悪いけどアタシ、もうそういうのやめたから」
そうハッキリと言い放ち、里桜はその場から立ち去った。
朱莉と恭也も一度顔を見合わせ、里桜を追う。
信吾と竜平は呆気に取られ、その背中を見送ることしかできなかった。
「チッ、ンだよあいつ」
機嫌が悪くなった竜平は、廊下の壁を一蹴りした。
昼休み。
里桜は朱莉に連れられ、中庭に来ていた。
木製のベンチやテーブルと椅子が設置されており、それらを囲うように木が植えられている。
生徒達にとっては憩いの場所になっていた。
「日和~!おまたせ~!」
「遅いよ朱莉~!こっちこっち~!」
テーブル席の一つに座っている女子生徒が、朱莉に向かって手を振った。
健康的な肌に、茶髪のポニーテールが印象的だ。
里桜と朱莉は、彼女が座っている席に着いた。
「今日は里桜を連れて来たんやけど、良かった?」
「全然いいよ~。あたし、湯浅日和!よろしく~!」
出席番号37番の湯浅日和は明るく笑い、里桜に軽く手を振った。
「あぁ、うん。よろしく…」
里桜も釣られて手を振る。
日和からは、朱莉と同じような空気が伝わってきた。
「それじゃあ、食べようか」
里桜達は手を合わせ、昼食を食べ始めた。
朱莉と日和は一般的な弁当箱を出しているのに対し、里桜はメロンパンとコーヒー牛乳だけだった。
「里桜、それだけで足りるん?」
「足りるけど」
「それだけじゃ体壊すで!ほら、ウチの分けたるから食べや!」
「あたしの唐揚げも1個あげる!」
「そんな!いいって!大丈夫だよ!」
里桜が止めるのも気にせず2人は弁当の蓋におかずと爪楊枝を乗せて渡した。
「いいって言ってるのに……」
「そないなこと言わへんで。今朝助けに入れんかったお詫びもあるし…。なんしか、ちゃんと食べてや!」
「そうそう。貰える物は貰っときなよ♪」
「……解った。ありがとう」
観念した里桜は、2人の言葉に甘えることにした。
それから、手元にあったメロンパンを三つに千切り分けた。
「えっと…。アタシだけ貰うのもアレだし……。メロンパン、いる?」
「いる~!」
「里桜太っ腹~!」
2人は弁当よりも先にメロンパンに齧り付く。
この日は里桜にとって、いつになく賑やかな昼食になった。
「は?里桜の奴学校来てんのかよ」
「あぁ。何なら話したぜ」
時間は進み、夜の公園。
信吾と竜平、そして出席番号1番明石雄大、出席番号26番羽田勇二の4人は、ブランコを溜まり場にして駄弁っていた。
女子が会話に加わることもあるが、今日はこの4人だけだった。
「そんで?あいつと何話したんだ?」
勇二がニヤニヤしながら竜平に訊く。
それとは対照的に、竜平は不貞腐れた様子で応えた。
「思い切って訊いたぜ。『久々にヤらねェか?』って。だけどよぉ、あいつ『もうそういうのやめた』とか言って行っちまったんだぜ!俺らのこと全然相手にしてねェって感じでな!」
「そうそう」
「は?何だそりゃ?」
「見ねェうちに何かあったのかァ?あいつ誰にでも股開くような奴だったのによぉ」
雄大も少し機嫌が悪くなっている。
言われるように、里桜は元々この4人と女子3人から成る不良グループに属していた。
「思えばあいつ、何考えてんのか解らなかったよなぁ。俺らが他校の雑魚共潰してる時も、カツアゲしてる時も、黙って見てるだけだったもんなぁ」
「まぁでもセフレとしては上々だったんじゃね?」
「確かにw抱き心地は一番良かったからなぁwでも今じゃセフレ解消って感じじゃね?」
「マジ調子乗ってんだろあの女。今度ヤキ入れるか?」
「そうだなwあいつに立場解らせるかw」
勇二は口角を上げて下品に笑う。
里桜をどうしようか、楽しみにしているようだ。
信吾も釣られて笑い、コーラを少し口に注いだ。
その時だった。
「あ”ぁ”ー」
しわがれた声がした。
信吾の視線の先で、紙袋を被ったジャージ姿の男が立っていた。
紙袋で顔は見えないが、男は信吾達のことを見ている様子だった。
「おい、あいつ」
「あ?」
信吾は他の3人にも袋男の存在を伝える。
袋男はポケットからコンビニのレジ袋を取り出していた。
「は?何だあいつ気持ちわりぃ」
「おい!テメェ何か俺らに用かよ?見てんじゃねェよ!」
喧嘩っ早い竜平が袋男に詰め寄った。
胡座をかいていた信吾も、ひとまず起ち上がる。
竜平がトラブルに巻き込まれた場合、いつも信吾が先に助太刀に入っていた。
「あ”ぁ”ー」
袋男は一声呻く。
ただ、手元のレジ袋を見つめていた。
その態度が気に入らなかったようで、竜平の額に血管が浮き出た。
「何とか言えやコラ!」
竜平は袋男の胸倉を掴んだ。
信吾もこの調子だと自分の出番はないだろうと考え、ブランコを囲む柵に座った。
その束の間、袋男が動いた。
「ッ!?」
突然袋男が竜平の顔にレジ袋を被せた。
それから首に素早く持ち手を結び付けてから、袋男を押さえる。
全ては一瞬だった。
竜平は必死に袋を取ろうと暴れているが、袋男はビクともしない。
「おいあれヤバいだろ!」
「竜平!おいやめろテメェ!!」
信吾は竜平から袋男を引き剥がしに掛かった。
しかしビクともしない。
袋男の顔と思われる箇所を殴ってみるも、結果は変わらなかった。
「何だコイツ!クソッ!!」
「あ”ぁ”!!」
「!?」
邪魔をされるのを嫌ったのだろう。
袋男は奇声を上げ、片手で信吾を突き飛ばした。
信吾はバランスを崩して地面に倒れた。
「信吾!」
「テメェ!」
勇二と雄大が駆け寄る。
信吾が顔を上げた頃には、竜平は動かなくなっていた。
「は?……竜平……?」
袋男は竜平から手を離す。
信吾達は、竜平が窒息死させられたと考えた。
しかし、竜平が倒れることはなかった。
それどころか、俯いてゆっくりと体を信吾達の方に向けた。
「おい!竜平!」
竜平は呼び掛けには応えなかった。
その代わりに、顔をゆっくりと上げる。
「あ”ぁ”ー」
竜平は、今まで聞いたこともないような声で呻いた。
それから袋男と共に、ゆっくり近づいてきた。
「竜平!おい!どうしたんだよ急に!」
信吾はもう一度、突然おかしくなった友人に向かって叫んだ。
やはり竜平は応えない。
「おい、これヤバくねェか!?」
「はっ!?何だコイツら!?」
勇二と雄大の戸惑い声が聞こえてきた。
信吾も事の大きさに気づく。
3人はいつの間にか、袋を被った大量の人に囲まれていた。
彼らもまた、じりじりと信吾達に迫って来ていた。
「ちょっ、逃げるわ俺!じゃな!」
「おかしくなってたまるかよ!」
勇二と雄大は、その場から逃げ出した。
袋人間達の間を素早く抜けていく。
「あっ!おいお前ら!ちょっと待てよ!!」
信吾も起ち上がり、逃げだそうとした。
しかし、竜平に抑えられて動けなくなってしまった。
「おい!離せよ!!つーかふざけんなよテメェ!!」
振り解こうとするが、ビクともしなかった。
信吾は冷や汗を掻く。
竜平の力は異常なまでに成長していた。
「あ”ぁ”ー」
袋人間達は、信吾まであと三歩程の距離まで迫って来ていた。
紙袋、レジ袋、麻袋、etc………。
服装は街中にいる一般人そのものだが、全員が袋を被って呻いている様は異常だった。
何人かは、袋を取り出して見つめていた。
「お、おいまさか!」
信吾の目の前に、紺色のワンピースの女性が立った。
彼女は麻袋を被っており、手元にも同じ物があった。
「あ”ぁ”ー」
袋女は、麻袋を信吾の顔に近づけていく。
「やめろ!やめてくれ!何かしたんなら謝る!やめろ!許してくれ!!」
信吾は必死に命乞いをする。
もう泣き喚くしか選択肢が無かった。
【フフフ。これで仲間入りね】
頭の中に女性の声が響いた気がしたが、信吾はそれを気にする余裕が無くなっていた。
袋女はそれには気にも止めず、麻袋を信吾の頭に掲げた。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおお──────!!!」
信吾の顔に、麻袋が被せられた。
湯浅日和
朱莉の親友。陸上部。コミュニケーション能力が高い。
瀬川信吾
不良。楽しければそれでいいという考えを持つ。
園田竜平
不良。喧嘩っ早い。
羽田勇二
不良。世の中舐めている。
明石雄大
不良。里桜に気がある様子。