47.怖くなる話
───万桜って、こんな顔だったっけ?
それが万桜に対して、里桜が最初に思ったことだった。
生前の万桜は少し元気が無いように見えたが、それでも優しかった。
自分も辛い筈なのに、気遣ってくれたり、泣いてくれたり、叱ってくれたり、勉強を教えてくれたり。
いろいろなことをしてくれて、何より最後に見せてくれる笑顔が好きだった。
しかし、今目の前に居る万桜には、その面影が無い。
かつての柔和な笑みは、冷酷で恐ろしい表情に変わっていた。
【里桜、本当に久しぶり。あなたとは、いつか話し合わなきゃと思っていたわ。それがまさか、この公園だとはね】
万桜はブランコの方を見据える。
そこは2人が初めて出会った場所だった。
しかし、今の里桜に思い出に浸る余裕は無かった。
「万桜………。さっきの黒いもやもやしたやつ何!?万桜がさっきのたくさんの腕を操ってたの!?連れて行かれたあいつはどうなるの!?」
あの現実離れした力は何なのか。
弘人はどうなるのか。
あの優しかった万桜が、どうしてこんなことをしているのか。
里桜からすれば、解らないことだらけだった。
【さっきの奴なんかどうでもいいじゃない】
「どうでもいいって……?」
【里桜は、あんな奴の方が大事なの?】
「そっ……そういう問題じゃなくて……!」
里桜は弘人とは面識が全くない。
そもそも名前すら覚えていないレベルだ。
万桜はそんな弘人とは不仲のようで、不愉快そうに顔を歪めた。
「万桜……?」
【私の人生は終わったのに、あんな奴らにはこれからがある。そう思うと、何もかも許せなくなって……イライラが……抑えられなくて………】
「万桜……大丈夫………?」
【……大丈夫…………大丈夫よ……。ねぇ里桜、一つ聞くわ】
「……何?」
【里桜は今、私のことどう思ってる?】
万桜は試すように里桜を見つめた。
この質問に、果たしてどんな意味があるのか。
里桜は包み隠さずに、本音を語ることにした。
「……万桜とはさぁ、またこうして話したいって思ってたよ。でも、いろいろあり過ぎたせいなのかな。全然嬉しくない」
【……】
「正直言うと今の万桜、怖いよ。表情が別人みたいだし、何かヤバい力持ってそうだし。ねぇ、クラスの皆も、秀一さんも、万桜が殺したの?」
【……えぇ、そうよ】
「……あの日の爆発も、万桜がやったの?日和達に、殺すくらいのことされた!?」
日和が万桜に酷いことをするとは思えない。
何もされていなければ、無差別に人を殺しているように見える。
万桜はギリッと歯ぎしりをした。
【憎いのよ。憎くて憎くて仕方ない……】
「えっ…?」
【私は頑張ってるのに……。死ぬ程頑張ってるのに……。1番になれないし……馬鹿にされるし……。私はこんななのに……毎日周りで楽しく能天気に生きてる奴らが憎いのよ!!!】
怒鳴り声と共に、万桜の体から黒い煙が噴き上がる。
息が荒くなり、若干皮膚が黒ずんでいるようにも見えた。
その迫力に気圧され、里桜は少し後退る。
「万桜!?」
【死ねばいいのよ。皆死ねばいい……】
「万桜!正気に戻って!」
万桜はブツブツと呟きながら近づいてくる。
里桜の声も聞こえていないようだ。
万桜の両手に、黒い煙が立ち籠める。
そしてそれを、里桜の方に向けようとした。
「里桜!!!」
2人の間に声が割って入る。
背後から朱莉が走ってきて、里桜を庇うように前に出た。
「朱莉!?」
「里桜、この娘ってまさか……」
「うん。万桜だよ……」
朱莉は万桜の姿を観察する。
万桜の方も、朱莉の様子を窺っていた。
禍禍しく、化け物のようなその姿。
生前のあの大人しそうな雰囲気は、どこかにいってしまっていた。
【殺す……殺してやる……】
「里桜も殺るんか!?」
【ッ!!?】
「その黒いもやもやで、里桜のことも殺るんか!?」
【………!!】
万桜の顔に、戸惑いの表情が現れた。
目の前にはこちらを警戒している朱莉と、そして、怯えきった表情の里桜が居る。
怖がられることは気にならない。
しかし里桜から怖れられると、何故だか胸が痛くなった。
【ッ!!】
万桜は踵を返すと、その場から消え去った。
「万桜!!」
里桜は万桜が居た場所に駆け寄る。
足跡一つ残っていない。
先程の出来事が、全て無かったことにされたようだ。
「里桜、どこも怪我してへん?」
朱莉が気遣うように、里桜の肩に手を置いた。
「……うん、大丈夫。ありがとう」
里桜は苦笑しながら、朱莉にお礼を言う。
大丈夫と言われれば嘘になる。
朱莉が来なければ、万桜に殺されていたかもしれないのだ。
親友が自分を殺そうとしたなんて、信じたくなかった。
「ほんまに大丈夫?」
「大丈夫だって」
「そっか。……そうや。丁度里桜の家に行こうとしとってん」
「アタシん家に?どうかしたの?」
「ちょっと相談があってな」
朱莉はポケットからスマホを取り出した。




