46.見下す話
里桜や朱莉達のように自分から動いている生徒もいるが、怯えている生徒も少なくない。
出席番号21番成元弘人もその一人だった。
弘人は運動も勉強も中の下くらいだが、態度だけは大きかった。
初対面の生徒、先輩に対しても何故か上から目線。
新任教師が相手でも、敬語を使わないくらいだ。
しかし小心者なのか、素行が悪い生徒や学年主任等、怖い相手にはペコペコし始める。
強気な態度に出られるのは、弱い相手の時ばかりだった。
その中の一人が万桜。
万桜は成績は良いものの、何を言っても悲しそうな顔をするだけだった。
頻繁に嫌がらせをするようなことは無かったいものの、弘人は常に万桜のことを見下していた。
万桜は敵ではない。
ずっとそう思っていた。
しかし、今起きている一連の事件によってその考えは変わった。
十海人が唱えた、“万桜の呪い説”。
非科学的で妄想じみた話だったが、万桜が死んでから一週間後くらいに起きたせいか、どこか嘘とは思えなかった。
無いと思いたい。
しかし、どうしても頭の中に浮かぶのだ。
万桜のあの、悲しそうな顔が。
「アアアッくそ!何であんな奴にこの俺が怯えなきゃならねんだよ!」
弘人は苛立ち、“ドンッ!”と机に拳を叩きつけた。
今まで下に見ていた相手を、何故恐れなければならないのか。
弘人からすれば、納得いかないものだった。
「根木の奴も何なんだ?訳解らんLINE寄越しやがって……」
手元にあるスマホを一瞥し、ぶつくさと文句を言う。
徹もまた、弘人に逆らえない生徒の一人だった。
向こうからすれば、きっと関わりたくもないだろう。
しかし今朝スマホを起動させると、徹からLINEでのメッセージが入っていたのだ。
「本当に訳解らん!何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!」
そう叫んだ時だった。
手元のスマホが勝手に起動し、真っ白い画面が映し出された。
「なっ!?………何だ……………?」
“ザザザザ”とノイズが走ったかと思えば、画面に白黒の砂嵐のようなものが映り、渦を巻くように歪んでいく。
それから驚くべきことに、今度は手が映し出され、スマホからこちらの世界へと伸びてきた。
「何だこれ!?手が……出てきた!?」
黒い煙のようなものを纒い、手から腕、腕から肩へと、どんどん這い上がってくる。
そしてようやく顔が見えた。
「なっ…………うわっ……」
ここでようやく、今目の前にいる存在が万桜であることに気づく。
恐ろしさのあまり、弘人は叫び声を上げて自室から逃げ出した。
「はぁ……はぁ………」
弘人は、公園まで逃げてきた。
ブランコの前の広場で膝を付く。
久しぶりに運動をしたせいか、息も絶え絶えだった。
「あり得ない……あり得ねぇって!何なんだよあれ!」
スマホから万桜が出てくるという現象を目の当たりにして、弘人は混乱していた。
どうなっている?
何で俺のところに?
何が目的だ?
俺を殺しに来たのか?
様々な疑問が頭の中に浮かんでいくが、どれも解らず終いだ。
ふと前を見ると、水飲み場がある。
喉の渇きを癒やそうと、起ち上がった時────。
【見つけた】
耳元に女性の冷たい声が聞こえた。
振り向くと、そこに万桜が立っている。
弘人は悲鳴を上げ、万桜から距離を取る。
「おっ……お前!!!」
【声かける前に逃げないでよ】
「お前何なんだよ!?俺のこと、どうするつもりだ!?」
【どうって、殺すつもりだけど】
弘人の背筋が凍る。
軽く、それでいて平然と、万桜は「殺す」と言い放った。
まるでこれまで何人も手に掛けてきたかのようだった。
「殺すって、何でだよ!?俺がお前にそれくらいのことしたかよ!?」
【まぁ、あなたに言われて腹が立った言葉はあったかしらね。ていうか、正直腹立たしいのよ。何の取り柄も無いくせに、弱者相手にしか強気に出られないあなたに、未来があることがね!】
万桜が声を荒げると、それに呼応するように彼女から黒い煙が噴き出した。
表情からして、苛立ちが隠しきれないように見える。
「待て!待ってくれ!」
【何?】
「何でもする!何でもするから許してくれ!」
【何でも?じゃあ……】
万桜が弘人の足元を指差すと、黒い煙がそこに向かい、そして地面に入っていく。
「はっ?何だよ……?」
【お友達になってあげなさい】
万桜そう言った瞬間、地面から無数の腕が飛び出してきた。
薄茶色腕達は、次々と弘人の体を掴み、引っ張り始めた。
「うわぁあああああああああああああああ!!!やめろ!!!離せ!!!何なんだよお前ら!!!」
【寂しいのよ。仲良くしてあげなさい】
地面からの手は、泣きじゃくる弘人の腕、脚、肩、頬、耳と、逃がさないとでも言うように、いろいろなところを掴んでいる。
力が強く、弘人はどんどん引きずり込まれていっている。
「嫌だ!!!離せ!!!離せよ!!!痛い痛い痛い!!!嫌だ!!!やめてくれぇえええええええええ!!!!」
【嫌がるのは止しなさいよ。だってあなた達、お似合いじゃない?】
下半身は完全に地面に埋まり、上半身も時間の問題といったところだ。
さらに腕が生えてきて、弘人の顔を押さえて押し込もうとしている。
「むっ!………ぶっ……!」
【ほら、早く────────】
「万桜!!!」
聞き馴染んだ声に、万桜の体が固まる。
振り返ると、そこに里桜が立っていた。
【里桜………】
「…………ッ!!」
里桜は少しの間万桜のことを見つめると、弘人の方へと駆け寄った。
もう顔まで埋もれそうになっている。
そんな弘人の右腕を、里桜は得体の知れない腕達相手に、躊躇無く掴んだ。
【里桜……!?】
「万桜も!手伝って!」
弘人を取り返そうと、里桜は一生懸命引っ張る。
しかし力の方は相手側が上のようで、引きずり込む力が弱まる様子はない。
万桜はそれを、黙って見ていることしかできなかった。
「くそっ!返せって!……ッ!!?」
里桜が目線を上げると、何本かの腕がこちらに向いているのが見えた。
気づいた時には遅く、腕達が一気に迫ってきた。
「うがっ!?」
里桜は反応できず、強い力で突き飛ばされる。
その隙に、弘人は一気に引きずり込まれた。
腕達も地面に戻っていき、やがて地面は元通りとなった。
まるで何事も無かったかのように。
「………助け…られなかった」
【里桜………】
「ッ……!!」
里桜はハッとし、万桜の方を向き直る。
こうして顔を合わせるのは、久しぶりだった。
成元 弘人
プライドだけが大きい。自分より弱い立場の者には高圧的。




