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八百万 怨念  作者: マー・TY
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40.兄との話

 午後7時、晶子は帰路を辿っていた。

 学級閉鎖になっているとはいえ、塾は開いている。

 一日中部屋に閉じ籠もっているのもどうかと思い、今日は午後1時から塾で自習をしていた。


「はぁ……」


 自習をしてきたといっても、集中できずにほとんどボーッとしていた。

 今は高校2年生の2学期。

 早い者は志望大学に向けて受験勉強を始めている頃だ。

 晶子自身、そこまで名門大学に行きたいと思っていないが、親に言われて仕方なく勉強をしているといった感じだ。

 晶子の両親は良い大学を出ていない。

 ただ、学生時代の自分達よりも晶子の方が勉強ができている。

 そういう理由で晶子に期待していた。

 晶子からすれば、その期待が迷惑だった。

 塾にだって無理矢理行かされており、模試で少しでも結果を落とすと心配される。

 これ以上、自分に期待するのはやめてほしかった。


「華絵と乃愛は何してるかな…」


 華絵と乃愛はクラスの女子の中でも派手で目立っていた。

 気高いお嬢様タイプの華絵。

 ぶりっ子で世渡り上手の乃愛。

 それに比べたら晶子は、地味な方だった。

 中の上くらいの顔に、生まれつき持った茶髪がトレードマークであるだけ。

 華絵や乃愛のように、髪を染めたりピアスを付けたりする度胸はなかった。

 しかし不思議なことに、2人は晶子に構ってくれている。

 ふとしたきっかけで仲良くなり、多少パシリをさせられることもあったが、2人といる時間は楽しく感じられた。

 両親の前よりも、2人といる方が素の自分になれていた。

 

「いいな~、あの2人は」


 華絵と乃愛は親に縛られず過ごしている。

 華絵はよくモデルのスカウトを受けており、将来的にはその方面の仕事に就くと思われる。

 乃愛に関しては既にパパ活で稼いでおり、最早チヤホヤされているだけで生きていけそうだ。

 そんな自由な2人が羨ましかった。

 

「………あれ?」


 晶子が学校前を通りかかった時、いくつか人影があるのが見えた。

 

「何でアンタもいるんだよ!!」


「ひぃい!暴力反対!」


 男女の言い争うような声も聞こえる。

 晶子は声色で誰が喋っているのかが解った。

 最初の荒い女性の声は里桜。

 そしてそれに脅える男性の声は十海人だ。

 物陰に隠れて様子を見る。

 里桜と十海人の他に、朱莉、想、知基の姿もあった。


「すみません。万桜さんの家を訪ねるという案は十海人君からでして……」


 想は申し訳なさそうに里桜を宥める。

 一方晶子は、万桜の名前が出た途端体を強張らせた。


「まぁ、確かに厨二病なら言いそうか……」


「お…お、お俺は十海人だ!てっ…ていうかお前だって余計な奴連れてきてんじゃねぇか!」


「誰が余計や!」


「いでっ!」


 十海人の背中を朱莉がぶっ叩く。

 力が強すぎたのか、十海人はアスファルトの上に転がった。

 

「余計なこと言うからだよ」


 呆れ顔の知基が十海人を起こしてやる。

 こんな状況を何とかするべく、想が収めに掛かった。


「そ、それではそろそろ行きましょうか。里桜さん、案内の方をお願いできますか?」


「あぁ、ごめんごめん。こっちだよ」


 里桜は万桜の家があるの思われる方に歩いて行く。

 他の4人もそれに続いた。

 完全に里桜達が背を向けたところで、晶子は物陰から出てきた。


「万桜の家に行くって……言ってたよね………?」


 5人が死んだ万桜の家に向かう意味が解らなかった。

 里桜や十海人はまだ解るが、頭の良い想が居るのも意外だった。


「……まさか」


 何となく里桜達が何をしているのかが解った。

 クラスメイトが次々と不幸に見舞われるこの状況。

 里桜達はそれについて調べており、原因は万桜にあると突き止めたのではないだろうか?

 もしそうなら納得がいった。

 自分達は万桜によく嫌がらせをしていた。

 それに対して恨みを持ち、今のような事態に発展したのではないだろうか。

 完全に妄想の域だったが、それが本当な気がしてならなかった。

 気になってしょうがなくなり、晶子はこっそりとあとをつけた。




「ここだよ」


「あっ、到着したんですね」


「へぇ、一軒家なんやね。おっきい家やね」


 20分かそこらで、里桜達は万桜の家に辿り着いた。

 何度も万桜をここまで送ったことを思い出す。

 一緒に歩きながら、様々な話をしたものだ。

 時には元気付けられたこともあったし、逆に元気付けたこともあった。

 そんな日常がずっと続くと思っていたのに……。


「里桜さん、どうかした?」


「えっ?あっ、いや、ごめん、……ボーッとしてた」


 知基に言われ、里桜は我に返った。

 思い出に浸っている場合ではない。

 まずは万桜の家族に会おうと考えた。


「……そういえば、万桜の家族に会うの初めてかも……」


「そもそもこんな時間に訪ねて大丈夫?流石に失礼なんじゃない?」


 知基が難しい顔をして言う。

 里桜も少し考えた。


「むぅ……。万桜ん家の電話番号知らないし、お父さんほとんど家に居なくて、居たとしても大体夜中らしいし……。まぁ、今行った方が確実に居る」


「まっ、いろいろ訊くつもりやけど、怒られたら怒られたで、謝ってすぐいねばええんちゃうかな?」


 朱莉の後押しもあり、里桜は深呼吸をしてインターホンを押そうとした。


「家に何か用?」


 不意に話しかけられると、里桜は指を止める。

 横を向くと、大学生くらいの男が不思議な顔をして立っていた。

 里桜は一瞬戸惑ったが、すぐに男の正体が解った。


「……万桜の、お兄さんですか?」


「え?……あ~そうだよ。俺、万桜の兄の秀一。よろしくな」


 秀一は爽やかに微笑み、自己紹介をした。

 その人当たりの良さそうな雰囲気により、里桜の緊張は解けた。

 他の4人も興味津々だ。


「へぇ、ジブン万桜のお兄さんか。なかなかイケメンやね」


「どことなく雰囲気が万桜さんと似ているような……そうでもないような……」


「インテリって感じ」


「きっ……貴様何か隠してないよな!!?」


「おいおい好き勝手言ってくれるなぁ。君ら妹の同級生だよな?俺に何か用?それとも親父?親父は今日家帰らないけど」

 

 万桜の父からも話を聞きたいところだったが、居ないのなら仕方がない。

 秀一から聞くだけでも良いと思った。


「万桜って、家ではどんな感じでしたか?」


「う~んほとんど勉強してたなぁ。あいつ、けっこう頑張り屋だったからねぇ」


「そうですか……」


 やはり努力家だったようだ。

 それなのに、万桜は1番になれないと落ち込んでいた。

 思い返してみれば、何だか里桜自身も悔しくなった。

 

「別の質問だ!三日月万桜は呪いの儀式を行っていたか!!?」


「…呪い?……は?……」


 ここで今まで黙っていた十海人の普通ではあり得ない質問に、秀一は呆気に取られた。

 完全に痛いものを見るような目で見ている。

 想がフォローに入り、現在自分達が置かれている状況について説明した。

 それで秀一は少し合点いったようだ。


「あぁそうか。君らの学校、爆破事件があったんだったな」


「はい。しかしそれ以前に不可解なことがいろいろ起こっていまして……」


「あ~俺呪いとかそういうの信じないタイプなんだよね。まっ、何にしても、妹のせいじゃないでしょ。他に質問は?」


 秀一は非科学的なものを信用しない質のようだ。

 それどころか、里桜達が措かれている状況にすら興味を持っていないように見える。

 秀一の言うことをそのまま信じるのなら、万桜は無関係ということになる。

 何にしても、次の質問に移るしかない。

 里桜はまた気になっていたことについて訊いた。


「万桜の怪我について、教えてほしいです」


「怪我?」


「万桜、怪我してることあったんですよ。で、特に酷かったのは、アタシ達が一度絶交した日。その日の万桜、全身に包帯を巻いた状態で登校してきたんです。それで突然絶交しようって言い出すし……その前日だって、家に入る前怯えてたし…。家で何かされてたんですか?」


 万桜は「大したことない」と通していたが、里桜はずっと引っ掛かっていた。

 里桜自身、万桜に対して何もしてあげられなかった。

 だからこそ、万桜についてもっと知りたかった。

 それが万桜のためにできることだと思っていた。


「されてたよ。親父にね」


 秀一はサラリと応える。


「お父さんに?」


「そう。プライドが高いのかなぁ?親父は1番以外認めない質なんだよな。だけど万桜は、何回やってもテストで1位になれなかったんだよ。親父はそれが気に入らなくて、万桜を虐待してたんだよ。帰りが遅くてもぶっ飛ばされてたな……」


「………お父さんが…?」


「そうそう。いやぁ……。我が妹ながら痛々しかったよ。そういえば、友達作っただけで凄い蹴られてたな。柄が悪いとか何とかで」


「ッ……!」


 その場に居ない万桜の父に対し、怒りを覚えた。

 1番になれないだけで、あそこまでする必要があったのか。

 厳しいが、教育熱心なのだと思っていた自分が馬鹿だと思った。

 里桜が怒りに震えているところで、朱莉が口を開いた。


「ほんまに思うてるん?」


「は?何が?」


「万桜が可哀想って、ほんまに思うてるんか?」


 里桜を含めた4人も朱莉に注目する。

 秀一に鋭い視線を向けながら、朱莉は続けた。


「お兄さん、全然悲しそうに見えへんっちゅうか…。そもそも、何で万桜のおとんが万桜の友達が柄悪いって解るん?」


「……。あぁ、俺明日早いから、君達もう帰りなよ」


「はっ!?ちょっと!」


 やましいことがあるのか、里桜の静止する声も虚しく、秀一は家に入ってしまった。

 朱莉は納得いかない様子で、三日月家の玄関のドアを見つめていた。




 家に入った秀一は苦笑した。

 猫を被っていたつもりだったが、見破られていたらしい。

 朱莉が指摘した通り、万桜が亡くなったことに関しては悲しいとは思わない。

 寧ろ清々していた。

 自分にできていることができない妹が、いつも目障りで仕方がなかった。

 万桜を使って金を稼げなくなったことが唯一の心残りだが、それすらももうどうでも良かった。


「ははっwあいつら馬鹿だと思ってたけど鋭いなwあいつとは大違いだわw」


 暗い表情を浮かべる妹の姿を思い浮かべ、クツクツと笑いながら自室に入った。

 そこで待っている者が居るとは知らずに。


「ッ……!!?」


【兄さん、おかえり】


 秀一は絶句した。

 死んだ筈の万桜が、椅子に座って待っていた。

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