2.マフラーの話
次の日の朝。
里桜は廊下側の一番前の席に来ていた。
悲しそうな目をして、机に触れる。
クラスメイトの何人かは、その様子に目を奪われていた。
「おっ、今日も学校来たなぁ。おはよ!」
教室に一人の女子生徒が入ってきて、里桜に元気良く挨拶した。
「おっ……おはよう…」
里桜は少し圧倒されながら挨拶を返す。
まさか自分に話しかけてくる生徒がいるとは思っていなかった。
里桜に挨拶をしたこの生徒は、出席番号20番の帳朱莉。
サイドテールが特徴的な女子生徒だ。
明るく、人当たりも良く、誰にでも分け隔てなく話しかけることができるため、クラスメイトからの信頼は厚い方だ。
「浮かへん顔やね。どないしたん?それにそこの席、万桜のやんな?」
「うん。……アンタ、万桜のこと知ってるの?」
「そりゃまぁ、クラスメイトやし?」
朱莉は不思議そうに応える。
「……もしかして、万桜と仲良かったりした?」
「うん……」
「そっか……」
朱莉は里桜の背中を優しく摩る。
2人が知る女子生徒三日月万桜は、つい最近人身事故で亡くなってしまっている。
友達を亡くすということは、誰にとっても辛く悲しいことである筈だ。
だからこそ朱莉は、里桜に寄り添いたいと思った。
「しんどいことあったら、ウチに何でも言ぃや。いつでも話聞くさかい。ウチ、帳朱莉。朱莉でえぇよ。よろしく」
「ありがとう。…また今度、言いたい時に言うよ。……アタシ、里桜。よろしく、朱莉」
「うん!よろしく!」
朱莉は里桜の両手を握って振る。
その様子を、恭也が教室の奥から眺めていた。
彼の目はどこか冷めているように見えた。
「あっ君お待たせ~♪」
「あっ、早苗さん」
出席番号6番鎌倉早苗は、喫茶店前で待っていた恋人に駆け寄った。
彼氏の名は敦哉。
銀縁眼鏡にマフラーが印象的な男子高校生だ。
2人は学校は違うものの、放課後になるとこうしてほぼ毎日会っている。
繁華街を歩くことが多いが、今日は喫茶店で談笑することにしていた。
「それじゃあ早速入ろうか」
「うん♪」
2人は喫茶店に入る。
一つの席に向かい合う形で座り、早苗はココア、敦哉はコーヒーを注文する。
それから、お互いに今日あったことを話す。
嬉しかったことや面白かったこと。
そこまで多くはないものの、敦哉が一緒ならいくらでも会話の幅は広げられた。
しかし、そんな至福の一時を過ごしている中で、早苗は気になっていることがあった。
(お店の中なのに、マフラー外さないんだ……)
春でも夏でも、敦哉はいつもマフラーをしていた。
早苗は彼がマフラーを外している姿を見たことがなかった。
「あっ君、マフラー外さないの?」
「えっ?あ~……うん。僕、寒がりだからさ~」
このように、マフラーについて追及しようとすると、いつも誤魔化された。
どう訊いても、話を逸らされるか、謎の言い訳をされるだけだった。
(寒がりだからって普通室内でマフラーする?しかも今日そんなに寒くないでしょ!あ~もう!気になる~!)
敦哉のことが大好きだからこそ、いつもと違う姿を見たいと思った。
彼はマフラーを意地でも外さない。
それには何か秘密があるのだろう。
早苗はその秘密が知りたかった。
そう思う反面─────。
(誰にも知られたくない秘密だったらどうしよう……)
例えば首元に傷があって、それを他人に見られたくないのだとしたら……。
見られたくないからマフラーをしているのであれば、これ以上追及するにも気が引けた。
(う~ん……でも…………!)
早苗は好奇心を抑えられずにいた。
この調子だと、結婚した後も、一緒のベッドで寝る時も、敦哉はマフラーを外すことはなさそうだった。
禁忌に触れることだと感じながらも、胸の内のモヤモヤは消えることはなかった。
「今日も楽しかったね」
「うん……」
時刻は午後7時前。
早苗は敦哉と共に自宅前にいた。
このようにして、敦哉はデート後必ず家まで送ってくれる。
「明日もどこか遊びに行く?」
「う、うん!食べ歩きとかしたいかも!」
「そうか。楽しみにしてるよ。それじゃあ、またね」
敦哉は微笑みながら手を振り、早苗に背を向けて歩き出した。
マフラーが風でゆらゆら揺れている。
「………」
つい視線がマフラーに行ってしまう。
いつも気にしていたが、何故か今日はヤケに気になってしまっていた。
喫茶店での談笑も、モヤモヤであまり集中できなかった。
【知りたくない?彼がどうしてマフラーをしているのか】
何処かから、女性の声が聞こえてきた。
その声は早苗に語りかけてくる。
【そのモヤモヤは、放置したままでいいの?マフラーが外れれば消える筈よ】
優しく、甘く、引き寄せられるような声だった。
今なら何をしても許されそうな程に。
「………知りたい!」
早苗は敦哉の方に走り出していた。
もう好奇心を抑え続けることができなかった。
「………ッ!?早苗さん!?」
敦哉が驚くのもお構いなしに、早苗はマフラーを外しに掛かった。
「ちょっ…!やめっ……!」
「あっ君私もう無理だよ!何でいつもマフラーしてるの!?何で外さないの!?もう気になって気になって気になって気になって───────!!」
早苗は何かに取り憑かれたかのようにブツブツ呟きならマフラーを解いていく。
敦哉も抵抗するが止まらない。
そして、ついにマフラーが敦哉の首から離れた。
「やった!取れた!」
“ゴトッ”
「えっ?」
マフラーを取ったと同時に、重い物が地面に落ちる音がした。
早苗は反射的に敦哉の顔の方を見た。
「……えっ!?」
しかし、顔を見ることはできなかった。
何故なら、本来首がある筈の場所に、何も無かったからだ。
早苗は恐る恐る足元を見た。
そこには敦哉の首が転がっていた。
「いっ……いやぁあああ!」
早苗は悲鳴を上げ、地面に尻餅を着いた。
今目の前で起きていることを、簡単に受け入れられなかった。
敦哉の首は独りでに早苗の方を向いた。
「あ~あ。見られちゃったなぁ。誰かさんが無駄に好奇心なんか持つから」
敦哉は不機嫌そうに語る。
驚くことに、首だけの状態で喋っている。
「えっ……!?えっ…!?」
「まぁ、いつかはこうなるんじゃないかと思ってたけどね。残念だなぁ。早苗さんの首元、好みだったのに。でも、見られちゃったなら仕方ないか……。ねぇ早苗さん、こんな言葉を知ってる?」
混乱する早苗に、敦哉はニヤリと笑って言った。
「好奇心は猫を殺す」
いつの間に回り込んだのか、敦哉の体が早苗の背後に立っていた。
敦哉の体は後ろから、マフラーで早苗の顔を覆い包んだ。
帳朱莉
クラスでは人気がある方。関西弁で話す。鋭いところもある。
鎌倉早苗
彼氏持ち。好奇心旺盛。