29.仲直りの話
それから約2週間後の夜。
万桜は何もすることなく、自室のベッドで横たわっていた。
ここ数日、昼間は学校、放課後はすぐに帰宅し家庭教師の講義を受けるという日々を繰り返している。
休みの日も、勉強を欠かせない。
そんな勉強漬けの日々で流石に疲れているのか、万桜はぐったりしていた。
「……」
万桜はベッドの上を転がり、天井を眺める。
ここ数日、里桜のことばかりを考えていた。
塾を辞め、すぐに帰ってくるようになってからというもの、里桜には一度も会っていない。
絶交した日、嘘とはいえ、里桜には酷いことを言ってしまったと後悔していた。
実際、里桜はあれから学校に来ていない。
傷つけてしまったことは確かだろう。
「里桜…………」
頭の中に、絶交した日の里桜の顔が何度も浮かび上がる。
万桜はその度に罪悪感を感じていた。
ふと枕元に置いていたスマホを手に取る。
画面を操作し、LINEのアイコンをタップする。
LINEを開くのは久々な気がした。
よく見ると、里桜からメッセージが来ていた。
日付は絶交したあの日になっている。
「……」
一瞬読もうかどうか迷う。
恨み辛みだったらどうしようかと、心配していた。
とはいえ、もとは自分が撒いた種だ。
万桜は覚悟を決め、里桜とのグループのアイコンをタップした。
恐る恐る、メッセージを読んでみる。
『万桜、やっぱりアタシが悪かったんだね。ごめんね。でも、万桜がずっと友達でいようって言ってくれたの、すごくうれしかった』
『アタシが雄大達に連れて行かれたとき、万桜が叱ってくれたのも、うれしかった。万桜がアタシのことを思って言ってくれたんだって。そういう人、今までいなかったから』
『憶えてるかな?アタシたちが初めてあった日。いつもの公園だったよね。アタシさ、あのとき何もかもがどうでもいいと思ってた。こんな人生ならもういいやって。でも、万桜と会えたから、今のアタシがあるんだよ』
『アタシは、万桜との関係をあれで終わらせたくない。仲直りしたいって思ってる。ダメかな?』
万桜はこれまで以上の罪悪感を覚えた。
酷いことを言ったというのに、それでも里桜は万桜のことを思ってくれていた。
仲直りしたいと書いてくれる程に。
「里桜……。私……何してるんだろう……」
里桜はいったいどんな顔をしてこのメッセージを書いたのだろう。
それに引き換え私はなんて卑怯なのだろうと、万桜は自分を責めた。
今の今まで、里桜のこのメッセージを読まずに無視している状態になっていた。
今できることは、返事をすることだった。
万桜は震える指でメッセージを打とうとした。
その時……。
“バンッ!”
突然部屋のドアが強く開かれた。
万桜は驚き、スマホを落としそうになる。
部屋に入ってきたのは、秀一だった。
「よぉ、出来損ない」
「兄さん……?」
万桜は訝しげに秀一を見た。
秀一が万桜の部屋を訪ねてくることは、滅多になかったからだ。
「ど、どうしたの……?」
「お~い、入っていいぞ~」
「おっ、マジで?そんじゃお邪魔しま~~すw」
秀一に呼ばれ、見知らぬ男が入ってきた。
短い金髪で、耳と鼻にピアスを付けており、赤いスカジャンを羽織っている。
かなりチャラい見た目をした男だ。
仕事でまだ帰っていない父が会えば、秀一が相手とはいえ激怒するところは目に見えている。
「うひょ~w妹ちゃんリアルで見ると可愛いじゃんよ三日月ク~ンw」
「えっ……?どちら様……ですか…?」
「俺の大学の同級生の田沢君だけど?まぁ、学部は別だけどな」
「そうそうwヨロシクね妹ちゃ~んw」
田沢と呼ばれた男はニヤつきながら万桜の前に立つ。
やけに馴れ馴れしいその態度に、万桜は戸惑っていた。
「それじゃあ田沢君。もうやっていいよ」
「お?そうかwそんじゃあいただきま~~すww」
「ッ─────!?」
声を出す間もなく、万桜は田沢にベッドに押し倒された。
荒々しい手つきで身体を撫で回され、全身に悪寒が走る。
悲鳴を上げようとしたが、その前に田沢の唇が重なり、口が塞がれた。
容赦なく口内を舐め回される。
30秒そんな状態が続くと、満足したのか、田沢は顔を万桜から離した。
「えっ…………?えっ……?」
「ぷはーー!妹ちゃんのお口美味しい~~~!!!」
何が起こっているのか解らず、万桜は混乱する。
その様子を見て、秀一は嗤っていた。
いつも見下し顔をしていた。
「兄……さん…。どういう……こと………?」
「ぶはっw全然解ってねーみてぇだなwこれだからお前はw…まぁ、お前には世話になったし簡単に教えてやるよw」
秀一は嗤いながら、この状況について説明を始めた。
「お前は今売り物なんだよw」
「売り…物……?」
「そうだ。楽に金稼げる方法はねぇかと考えててな。そこで思いついたのがこの、5万でお前を好きにして良いって商売だw」
「好きに…って……?」
「そのまんまの意味だよ妹ちゃ~んw君のパンツも欲しかったんだけど、結局は他の奴に取られちゃったんだよな~……」
「私の……?」
万桜の顔は青ざめた。
以前入浴している最中に無くなってしまった下着。
未だに気にしていたことだったが、まさか秀一の仕業とは思ってもみなかった。
「兄…さん……?」
「お前の下着もそこそこの値段で売れたなぁ。にしてもやっぱ世の中顔か?お前みたいな出来損ないでもファンはそこそこ多いんだぜ?」
「そうそうw妹ちゃんのこと好きな奴らはみ~んな妹ちゃんで抜いてるぜww」
「抜いてるって……?」
「出来損ないがいちいち細かいこと気にすんな。お前は黙って好きにされりゃぁいいんだよw」
「そんな……!兄さん助けて!」
「無理だなw金貰ってるしwつーか出来損ないのお前を有効活用してやってんだから感謝しろやw」
「それじゃあ妹ちゃ~んwお洋服脱ごうね~w」
田沢は万桜の制服をたくし上げ、脱がそうとする。
その途中我慢ができなかったのか、厭らしい手つきで胸を触りまくった。
万桜はここまで体が震え、自由に動けなかったが、だんだん恐怖に耐えられなくなってきた。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!」
万桜は絶叫し、手足をバタつかせた。
運が良かったのか、その際右足が田沢の急所に当たる。
「うがっ!!!?」
田沢は短く叫び、股間を押さえて床を転げ回る。
予想外の出来事だったのか、秀一は唖然としていた。
万桜は体が自由な状態になった。
「ッ!!」
万桜はこの隙を逃さず、スマホを持ち、一気に部屋から駆けだした。
「なっ!?おいコラ待てや出来損ない!!!」
秀一の怒号が聞こえるが、気にしている余裕はない。
万桜は靴も履かず、玄関を出た。
息が切れるまで走り、万桜はその場に蹲った。
背後が気になり、振り返る。
秀一や田沢が追ってきている様子はなかった。
少し安心し、ゆっくり立ち上がる。
メチャクチャに走り回って解らなかったが、ここで初めて今居る場所が橋の上だと知った。
「はぁ…………痛っ……」
万桜は足に痛みを感じた。
靴を履かずに靴下のまま走ってきたため、無理もない。
靴下の裏に穴が空いていた。
脱げばきっと血が出ていることだろう。
「はぁ……。どうしよう………」
暗い川を眺め、呟く。
秀一達とのことがあって、まず家には帰れない。
祖父母や親戚宅を訪ねようにも、ここから遠い。
連絡して迎えに来てもらうこともできるだろうが、きっとすぐに父に連れ戻されてしまう。
警察を頼っても同じだと、万桜は弱気になっていた。
「………そうだ、里桜……」
万桜はスマホを機動し、LINEを開く。
秀一から「居場所を教えろ」というような内容のメッセージが来ていたが、応えることなく里桜とのグループをタッチした。
「………」
里桜に謝罪文を書こうと考えていたが、文字で気持ちを伝えられる気がしなかった。
そこで万桜は通話ボタンを押した。
気持ちを伝えるには、直接口から言う方が良いと考えた。
深呼吸をして、耳にスマホを当てる。
3コールする前に、通話に出る音がした。
『もしもし……万桜……?』
「りっ…里桜……。久しぶり……」
『うっ、うん。……久しぶり……』
久しぶりに聞く里桜の声にもまた、緊張が混じっていた。
万桜は落ち着き、口を開いた。
「里桜、ごめんなさい」
『万桜……?』
「あの時のこと、全部嘘なの。テストの結果を見せてから、お父さんに怒られて……。兄さんに里桜のこと見られてたみたいで、それで絶交するように言われたの」
『そうだったんだ……』
「言い訳みたいになってごめん。あれから時間が経って、里桜の気持ちが変わってしまっているかもしれないけど、私は、本当は里桜とずっと友達でいたいと思ってる」
『万桜………』
「だから……。仲直りしたい。里桜と仲直りがしたいの。……ダメ……かな?」
言いたいことは全て言った。
後は里桜の返事を待つだけだ。
仲直りを拒否されても構わない。
それだけのことをしたのだと、万桜は考えていた。
そんな万桜に対し、スマホを隔てた形で里桜が口を開いた。
『いいよ』
「……え?」
『仲直りしよう。万桜』
緊張が消えたのか、里桜の声は明るかった。
万桜はここまで快く了承されるとは思っていなかった。
「本当にいいの?私、あれだけ酷いこと言ったのに……」
『うん。でも、また仲良くできるんだよね?アタシ嬉しいよ。もう万桜と話せないって思ってたから』
「里桜……本当にありがとう……」
『万桜も大変なんだよね?それなのにアタシと仲良くしてくれるの、本当に嬉しいんだよ。こちらこそありがとう』
「うん……」
里桜に慰められ、万桜の顔が思わず緩む。
万桜自身、久々に笑った気がした。
きっといつか、自由に会えるようになる日が来る。
それまで頑張ろうと、万桜は心に決めた。
「………ッ!!?」
その時、ただならぬ気配を感じ、万桜は自分が逃げてきた道に目を向けた。
そこに、黒田ずくめのフードを被った男が立っていた。
「み…づ…さん……」
男はそう静かに呟き、万桜に近づいてきた。
「いっ……嫌……」
『万桜?』
不穏な空気を察したのか、里桜が声を掛ける。
万桜は一歩後退った。
その不気味な出で立ちに、恐怖を覚えた。
このままでは殺されるのではないかと考えた。
「来ないで……!」
足が痛むのも気にせず、万桜は駆けだした。
万桜の過去編、クライマックス




