28.絶交する話
時間が進んで夜中の22時過ぎ。
この日もまた、里桜は万桜を家まで送っていた。
「何か、ちょっと冷えてきたね……。ねぇ、万桜」
「……」
「万桜……?」
成績表が配られてから、万桜は口数が少なくなった。
顔を覗くと、真っ青で怯えきった表情が見える。
体も小刻みに震えているが、きっと寒さのせいではないだろう。
「万桜、ねぇったら……」
「えっ?あっ、うん…。ごめんね。何だっけ?」
「どうしたの?あれから凄く暗いけど」
「あ~……えっと……ね…」
万桜は慌てたように愛想笑いを浮かべるが、すぐに表情が暗くなる。
このような状態になっていることについて、里桜は心当たりがあった。
「………1位なれなかったこと、気にしてる?」
「……うん、当たり」
今回のテストの成績。
想の存在があってか、万桜は今まで2位をキープし続けている状態だった。
そして、その度に父に叱責され、兄に馬鹿にされる日々。
そんな日々から脱出したくて、必死に勉強を続けた。
しかし、結果は3位。
順位を一つ落としてしまったのだった。
この結果を見て、父はどんな顔をして、自分にどんな罰を与えるのだろう。
想像しただけで、震えが止まらなくなった。
「残念……だったね……」
「うん……」
「でも、3位でも凄いって、アタシは思うよ。アタシ達の学年、100人くらいいるのに……。その中で3番目なんだよ?」
「里桜、ありがとう……。でも、ダメなの。1位じゃないと、お父さんにまた……」
「また?」
「……う、ううん……何でもない………」
万桜は首を振って口を止めた。
里桜は違和感を覚えた。
万桜の父が厳しいというような話は聞いている。
しかし、ただそれだけで震えたり、怯えたりするだろうか。
それから2人は無言のまま、万桜の家に辿り着いてしまった。
「着いたよ、万桜」
「………」
「万桜?」
万桜は自分の家を、ただ無言で見つめている。
里桜の声も届いていないようにも思える。
「万桜、大丈夫?」
「あっ、ご、ごめんね………大丈夫……」
「全然そうには見えないんだけど……」
肩を叩いたところで、万桜はようやく応えた。
夜中で暗いにも関わらず、顔色の悪さがよく解る。
「家に、入りたくないの?」
「……うん、できれば、帰りたくないよ……。まだ里桜と、一緒に居たい……」
「万桜………」
「……でも、帰らないと。ダメ……だよね」
万桜はフラリと家の方に歩み寄る。
今にも倒れてしまいそうな足取りだった。
放っておけなくなり、里桜は万桜の手を掴む。
「待って!」
「里桜……?」
「えっと、アタシも……行こうか?」
「えっ!?」
真面目な顔で突拍子もないことを言う里桜に、万桜は驚く。
「ちょっと待って、どういうこと?」
「いや、その……。万桜が1位なれなかったのってさ、アタシのせいかもしれないと思って。それで、その……説教受けるんだったら、アタシも一緒にって………」
「だから、前も言ったけど里桜のせいじゃないって」
「でもせめて謝るくらいはしないと」
「大丈夫だよ!気持ちだけ!気持ちだけでいいから!」
万桜の父はチャラチャラとした雰囲気を嫌っている。
里桜は制服を着崩しており、金髪に赤メッシュというギャルのような見た目だ。
父と会わせる訳にはいかなかった。
しばしの説得の末、里桜を帰すこととなった。
「アタシ帰るけど、万桜、ホントに大丈夫?」
「うん、元気貰えたから」
「そっか……。……大丈夫?」
「大丈夫だよ!だからもう、帰ってもいいよ!これ以上里桜に迷惑かけられないし」
「そ、そっか……。それじゃあ、またね」
何度も心配する里桜だったが、最後は手を振り、帰っていった。
「………さて」
万桜は家を見直す。
自分の家の筈なのだが、入りにくい雰囲気が出ているように見えた。
それでもいつまでも外に居る訳にはいかない。
万桜は呼吸を整えると、玄関のドアを開けた。
「たっ、ただいま……!」
緊張で声が上ずってしまう。
万桜は靴を脱ぐと、そのままリビングに向かった。
案の定父がソファに座って待っていた。
「帰ったか、万桜」
「は、はい……」
「今日結果が出ただろう?」
「………はい」
父には全てお見通しのようだ。
「成績表を貰っているだろう?見せなさい」
「………」
「見せるんだ!!!」
「ヒッ!」
父は気に入らないことがあると、すぐに怒鳴る。
万桜は慌てて鞄を開け、成績表を取り出そうとする。
その時焦ったせいか、鞄を落としてしまった。
中の教材やペンケースが床に散らばる。
「何をしている?相変わらずとろいな」
「ご、ごめんなさい……」
呆れた声で言う父に謝りつつ、万桜は成績表が入ったファイルを見つけた。
成績表を震える手で取り出す。
早く見せなければならないことは解っている。
それでも勇気が出なかった。
「もたもたするな。早く寄越せ!」
待ちきれなかったのか、父は万桜の手から成績表を引っ手繰った。
心臓が早鐘を打つ。
視界もだんだん薄くなってきた。
万桜はそれ程酷くストレスを感じていた。
成績表を見る父の目は鋭い。
そして次第に、額に血管が浮かび上がってきた。
「3位…………だと?」
そう呟いた途端、父は立ち上がり、成績表を乱暴に破る。
粉々になった紙が部屋中に散らばる。
父の怒りは治まらず、今度は万桜の顔を殴った。
「ッ……!」
「1位になれなかっただけでなく、3位だと!!!?どこまで落ちぶれる気だお前は!!!」
父は怒りに任せ、両手で万桜の首を絞め始めた。
「うぐっ……!」
「我が家系は皆完璧でなければならない!!なのにお前ときたら……!!!お前だけだぞ!!!ここまでの落ちこぼれは!!!」
「おと……さん………いき………できなっ……」
「今までいったい何をしていた!!!?サボりか!!!?ただでさえ落ちこぼれの出来損ないのうえにサボっていたのか!!!?お前を産んだこと自体が間違いだったようだな!!!!」
「その辺でやめとけよ親父。死ぬぞそいつ」
リビングでの騒動を見かねたのか、万桜の兄、秀一が入ってきた。
秀一の言葉に反応し、父の手が緩む。
「そんな落ちこぼれ殺して刑務所入るとか御免だろ?」
「むっ……確かにそうか……」
父は万桜の手を離す。
万桜は床に倒れ、激しく咳き込んだ。
そしてしばらく、下しか見ることができなかった。
実の父に殺されかけ、さらに「産んだこと自体が間違いだった」と言われ、ショックを受けていた。
秀一はそんな万桜のことを鼻で嗤い、口を開いた。
「そういえば親父、コイツ、友達できたらしいぞ」
「ッ!!?」
「何だと?」
万桜は体に電撃が走ったような感覚を覚えた。
呼吸がさらに多くなり、手から汗が滲み出る。
嫌な予感しかしなかった。
万桜の背中に、秀一の馬鹿にするような目つきと、父の鋭い視線が突き刺さる。
父が冷静に口を開いた。
「友を作るなとは言わん。しかし、我が三日月家と釣り合わん者は認めん。万桜、お前の友は釣り合っているのだろうな?」
「えっ………えぇと………」
優秀な者と友達になれ。
ただし、優秀でない者と友達になることは許さない。
父が言いたいことを要約すると、そういうことだ。
万桜は冷や汗を掻いた。
お世辞にも里桜の成績は優秀とは言えない。
正直に言えば、里桜の交友関係を断ち切られることは間違いなかった。
「万桜、お前の友達とはどういう奴だ?」
「あっ……その………」
里桜と今の関係を続けたい。
こうなったら、嘘で誤魔化すしかなかった。
「………私の友達、里桜は……学年4位の成績で、うっ…運動も得意で……バスケットボール部に入っていて……全国大会で上位に入るくらい凄い……です」
「は?嘘吐くなよ」
万桜はギクリとした。
咄嗟に考え、絞り出した嘘。
それを横で聞いていた秀一が、あっさりと否定した。
「お前の友達ってあの金髪ショートの不良みてーな女だろ?お前最近そいつとよく帰ってきてるだろ。2階から見えるんだよ。完全に遊んでそうなる見た目だったしな。勉強サボってそいつと遊んでたんだろぉ?」
「ちっ…違っ…!!」
「万桜、貴様ァ!!!!」
怒りが再熱した父は、万桜の体を思いっ切り蹴り上げた。
「う”ぁ”っ!!」
万桜は苦悶の表情で転がる。
それでも父は容赦なく、実の娘を何度も蹴り、踏みつけた。
「そんな女と一緒に遊んでいただと!!?しかもお前!!私に嘘を吐いたな!!!?出来損ないに飽き足らず、ついにはゴミクズに成り下がったか!!!!!?」
「う”っ!…がっ!……げほっ!……ごめっ!!……ぐっ!…ごめんなさっ!……ぎゃっ!」
「お前にどれ程金を注ぎ込んでいると思ってる!!!!?私はお前をゴミクズにするために養ってる訳ではないぞ!!!!!」
万桜が蹴られている間、秀一はニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
一緒に帰ってはいたが、遊びに行ったりはしていない。
里桜の姿を見たことがないのにも関わらず、父は秀一の言葉を簡単に信じた。
秀一の方が優秀なせいか、万桜の信用は薄かったのかもしれない。
父はそれから、万桜に100発近くの蹴りを入れた後、ようやく足を止めた。
万桜はぐったりとして動かない。
顔や脚に打撲の痕ができ、鼻血も出ている。
制服で隠れている腕や腹部等はさらに酷いことになっていることだろう。
「今まで通っていた塾は辞めろ。お前にはこれから家庭教師を付ける。学校が終わり次第、すぐに帰ってこい。それから私が許すまで、二度と友を作るな。その金髪の女とは縁を切れ。いいな?」
すっかり疲れきった様子の父はそれだけ言うと、自室に戻っていった。
万桜はその話を、ただボーッとしながら聞いていた。
「ははっwこれですっかりボッチだな。お疲れさんw」
秀一もまた万桜を嘲笑いながら自室に戻っていく。
リビングに残された万桜の目からは、自然と涙が溢れ出る。
自分の無力さを改めて思い知り、悔しさでいっぱいになった。
翌日。
里桜は早めに教室に着いていた。
昨晩の万桜の様子が明らかに変だったので、気になって登校していた。
(万桜、あの後どうしたかなぁ?思いっ切り怒られたのかなぁ……?)
万桜の怯えようは異常だったようにも思える。
以前万桜は、怪我をしていたことがあった。
まさか、家族からDVを受けているのでは?
嫌な考えが、頭を過った。
「里桜、おはよう……」
「ッ!万桜!」
馴染みのある声に、里桜は反応した。
声の方を見ると、そこには万桜が立っていた。
「……万…桜…?」
里桜は言葉を失った。
目の前の万桜が、痛々しい姿だったからだ。
手や頬、額、鼻に絆創膏が貼られており、手や脚には包帯が巻かれていて、左目に眼帯を付けている。
そのミイラのような姿に、里桜だけでなく、他のクラスメイトも困惑していた。
「万桜……その怪我どうしたの!?あの後いったい何が!?」
「ちょっと……ね」
「全然ちょっとじゃない!普通じゃないでしょその怪我!何があったの!?」
「そんなことはいいの……。それより、里桜に言っておきたいことがあって」
「アタシに……?」
「うん。里桜……私達、もう……絶交しよう」
「えっ……?」
里桜は万桜の言っていることが解らなかった。
「待って……。絶交って…どういうこと?」
「そのままの意味だよ」
「何で?アタシ、何かした?」
「私、昨晩お父さんに怒られて、考えてたの。やっぱり私が1位なれないのって、里桜と一緒にいるからなんだって」
「そんな……。でも万桜、アタシのせいじゃないって……。そ、それに、アタシと一緒に居たいって、言ってくれたじゃん!」
「そんなのもう過去のことだよ。今は里桜のこと、友達だって思えない」
「そんな………」
里桜は明らかに狼狽えていた。
心を許していた相手にいきなりそんなことを言われるのだから、無理もないだろう。
そんな里桜に、万桜はトドメを刺すように言った。
「出て行って。もう、顔も見たくない」
「ッ……!!!」
その言葉が効いたようで、里桜は俯く。
「……ごめん」
泣きそうな声でそれだけ言い残すと、里桜は教室の外に駆けて行った。
残った万桜は、静かに自分の席に着く。
それから、机に突っ伏した。
「謝るのは、私の方だよ……」
万桜の目から、大粒の涙が流れ出す。
こうでもしなければ、里桜は解ってくれないだろうと思ったのだ。
本当は里桜と、ずっと一緒に居たかった。
万桜は自分を呪った。
大晦日にしては後味の悪い最後になったと思います。




