25.視線を感じる話
「う~~~ん……ぷはぁ……」
土曜日の朝。
勉強が一段落したところで、万桜は背伸びをした。
ふと机の上に置いてあったスマホに手を伸ばす。
LINEのトーク画面に、里桜の名前が映し出されていた。
昨夜はあの後、万桜の提案で里桜とLINEでグループを作ることにした。
これでいつでも里桜と連絡ができるようになった。
「……あんまり気は抜いていられないけど、これくらいはいいよね……」
万桜は絆創膏が貼られた額に手で触れる。
里桜と居た時間が長かったため、当然家では父が鬼の形相で待っていた。
「偶然会った友達が探し物をしていたので手伝っていた」という言い訳を考えたが、「いちいち他人に構うな」と怒鳴られた。
そして怒り心頭の父が投げつけてきた灰皿が偶然額に当たり、傷ができたのだった。
(脳がぐらってなったし……当たり所が悪かったらマズかったかも………)
体がぞわっと震えた。
次の定期テストは1位になるように言われている。
里桜と初めて会った日は思い切り殴り倒され、今回は灰皿を打つけられた。
1位以外を認めてくれない父に、それより下の結果を見せたらどうなるのか……。
きっとただでは済まないと、万桜は理解している。
最悪殺されてしまうかもしれない。
生かしてもらうためにも、必ず1位を取らなければならなかった。
午後になると、万桜は塾に向かう。
土曜日でも授業がある。
さらに自習もしていくため、休日にも関わらず帰りは平日通りとなる。
万桜は歩きながらスマホを見た。
家を出る前、里桜とLINEで短い会話をしていたのだ。
『万桜は今日も塾?』
『午後からね。授業があって、さらに夜まで自習』
『またいつもの公園にいるよ。がんばって』
『ありがとう』
このやり取りを見ると、つい表情が緩んでしまう。
里桜に応援を貰い、さらに今日もまた会えると思うと、頑張れる気がしてきた。
(里桜に会えてよかった……)
そう思いながら、スマホを胸に当てる。
里桜と出会えなかったら、万桜は二度と笑えなかったとすら思っていた。
今までの陰鬱な日々が、嘘のようだった。
「…………ん?」
万桜は足を止める。
誰かに見られているような気がして、後ろを振り向いた。
特に誰かがいる様子もない。
「気の……せい………?」
万桜は首を傾げ、また塾の方へと歩き出した。
その背中を電柱の陰から見ている者がいることを知らずに。
夜22時頃。
公園のブランコに里桜は座っていた。
退屈そうに夜空を見上げている。
「里桜」
名前を呼ばれた万桜は、横を向く。
万桜が微笑みながら手を振り、歩いて来るのが見えた。
里桜も微笑み、手を振り返す。
それから万桜は、里桜の隣のブランコに座る。
「はぁ……。疲れた」
「万桜、お疲れ様。……って、おでこどうしたの!?」
「あぁ、……ちょっとぶつけちゃってさ。」
「………そっか。気をつけてね」
里桜は少し気になりながらも、そのまま流した。
「ずっとここで話していたいんだけど……。その、遅くなると怒られちゃうんだよね……」
「だったら急いで帰らないと。送るよ」
「ありがとう」
2人はブランコから降り、公園を出る。
ここからは歩きながら話すことになった。
「里桜は今日何してたの?」
「バイト」
「アルバイトしてるんだ。どこで働いてるの?」
「繁華街のハンバーガーショップ」
「そうなんだ。ハンバーガー作ってるの?」
「たまにね。大体接客の方やってる」
「今度、行ってみてもいい?」
「いいよ。待ってる」
この一時を、万桜は楽しみにしていた。
里桜といる時だけ、心を休めることができるからだ。
しかし、その時間は決して長くはない。
気づけばもう家に着いてしまっていた。
「もう着いちゃった……」
「着いちゃったね」
「もっと話したかったな……」
「また話せるよ」
「そう…だよね……。それじゃあ、またね。ここまでありがとう」
「うん、またね」
万桜も里桜も、お互い寂しそうに手を振った。
それから万桜は家に入り、里桜はそれを見送った。
「………?」
里桜はふと来た道を見た。
視線を感じたのだが、そこに人がいる様子はなかった。
里桜がこれを経験したのは、2回目だった。
「気のせい………だよね……?」
里桜は少し不気味に思いながらも、自宅に向かって歩き出した。
建物の角にその様子を見ている者がいるのを知らずに。
日付が変わり、深夜0時。
自習を終えた万桜は赤ペンを置き、軽くストレッチをした。
目の前の問題はほぼ全て正解。
間違っている部分の訂正も完璧に済んでいた。
「もう寝ようかな…………」
万桜は目を擦り、ベッドに座る。
何気なく枕の上に置いていたスマホを手に取った。
「……!」
スマホの通知を確認していると、里桜からメッセージが送られているのを目にした。
急いでLINEを開いてみる。
『万桜、元気に振る舞って見えてたけど、本当は相当疲れてるんじゃない?勉強を頑張るのはいいことだけど、無理はしないでね。これからも応援してるよ』
「………里桜」
また見抜かれてしまっていた。
里桜は人のことをよく見ているらしい。
あるいは自分が解りやすいだけなのか。
何だか面白くなって、万桜はクスリと笑った。
早速メッセージを返す。
『ありがとう。無理しないように頑張るよ。これからもよろしくね』
メッセージを送信して、スマホを置く。
それから万桜はベッドに横になった。
最初はなかなか眠れなかったものの、徐々に深い眠りに落ちていった。




