23.思いがけない話
翌日もまた、万桜にとって憂鬱な一日が始まった。
気づけば制服に着替えて荷物を持ち、学校に向かっていた。
今日も勉強漬けの日になることだろう。
昇降口に上がり、靴箱を開ける。
幸い上履きは無くなっていなかった。
少しホッとしつつ、上履きを取り出す。
「万桜?」
上履きに履き替えたところで、万桜は名前を呼ばれた。
万桜に話しかけてくる人物といえば恭也くらいしかいないが、彼は苗字で呼んでくる。
それに、今万桜を呼んだ声は女のものだった。
万桜は声の主の方に顔を向けた。
そこに立っていたのは里桜だった。
「里…桜……?」
「おはよう」
里桜は静かにそう言った。
一方、万桜の心の中は響めいていた。
里桜とは夜の公園でしか会えないと思っていた。
今日もまた会う約束をしていたが、まさかこうして朝から会えるとは夢にも思わなかった。
里桜は先程からキョトンとした様子で、首を傾げている。
「万桜、どうしたの?」
「い、いやぁ…。まさか里桜と学校で会えるなんて思ってなかったから、驚いちゃって」
「あ~なるほど。……アタシ全然学校来ないもんね」
「自分で言う?」
「あはは……。まぁ、アタシだって学校来るよ。留年しない程度にはね。もし留年したら家族に何されるか解らないし」
里桜は自虐気味に笑い、靴を履き替えた。
2人は並んで廊下を歩き始める。
「ちゃんと毎日授業に出て、テストで良い点を採ったら留年なんてしないよ」
「正直、学校つまらなくてさ……」
「つまらない?」
「勉強してると、何だか惨めな気持ちなるっていうか……」
「そういうものなの?」
「うん……」
そう言って、里桜は俯いてしまう。
彼女にとって学校や勉強は、辛いものなのだろう。
「万桜は、どう?」
「え?何が…?」
「学校、楽しい?」
「えっ?………あ~………」
どちらかと言うと、楽しくはない。
万桜自身、友達を作って楽しく学校生活を送りたいと思っている。
しかし休み時間も勉強ばかりしているせいで、仲の良い友達はいない。
それどころか、嫌がらせを受けている始末だ。
「楽しいよ」
「本当?」
「うん。里桜も毎日来たらいいのに……」
「……その方が、いいのかな?」
「絶対いいよ」
万桜は敢えて嘘を吐いた。
ひとりぼっちの身としては、里桜には毎日学校に通ってほしかった。
そうなれば、自分は嫌がらせを受けなくなるかもしれないし、何よりもっと里桜と居たかった。
昼休み。
万桜は里桜と一緒に食事をすることになった。
里桜の方から誘ってくれたことが嬉しかった。
喜びつつも、万桜は鞄を持って里桜を連れて教室から移動する。
着いたのは屋上前の階段だった。
「食べようか」
「えっ?……あっ、うん」
2人は階段に座り、それぞれ食べ物を出す。
万桜は家政婦から手渡された弁当を。
里桜はメロンパンとコーヒー牛乳を。
「あれ?里桜、それだけなの?」
「えっ?うん……」
「足りる?」
「あんまりお腹空かなくてさ……。気にしないで」
そう言いながら、里桜はメロンパンが入った袋を破る。
万桜もまた、弁当箱を開けた。
半分が梅干しが一つ乗った白米、残りの半分は唐揚げや揚げちくわ、ミートボルトのような惣菜が入っている。
「………ねぇ、万桜」
「えっ?何?」
「いつもここで食べてるの?教室で食べないの?」
「……」
万桜は口籠もった。
今でこそ里桜がいるが、いつもは一人で食べる。
ただ、教室でひとりぼっちで食べるのは、どこか惨めな気分になるのだ。
しかし、それを里桜にストレートに言えない。
「何だか、教室うるさくて……。私、そういうの、苦手なのよ……」
「………そうなんだ」
「ほら、ここなら静かだし……滅多に誰も来ないし……」
「……そうだね。…静かすぎる気もするけど」
里桜はキョロキョロと周りを見渡す。
2人が出す以外の音は、何も聞こえない。
明かりは、窓から射し込む太陽光だけだ。
「でも、こういう雰囲気は嫌いじゃないかな。アタシがいつも居る公園と変わらない気がするし」
「……そういえば、里桜は公園で何してるの?それも真夜中に」
「………別に……何にも」
里桜はそっぽを向いて、コーヒー牛乳を飲む。
その様は、どこか悲しげだった。
放課後。
部活動生は部活動へ。
そうでない者は、家に帰ったり、教室に残って駄弁っていたり、話題のカフェに行ったりと、自由な時間となる。
万桜は家に帰ることなく、塾に直行する。
そんな彼女に、里桜は着いてきてくれた。
「学校で散々勉強したのに、まだやるんだよね。万桜って勉強好きなの?」
「……う、うん、もちろん!」
ここでも嘘を吐いてしまう。
塾にだって、無理矢理行かされているのだ。
「……勉強好きって、凄いなぁ」
里桜はそう呟く。
万桜が見る限り、授業中の里桜はほとんど机に突っ伏して眠っていた。
今から代わりに塾で勉強してきてほしい程に。
「……里桜も頑張れば、好きになるよ」
「そうかな………」
「うん。だからまず授業で寝ないこと」
「うっ……バレてたか……」
「真面目にね」
「あはは………はっ…」
突然里桜は前方を凝視した。
目の前から、素行の悪そうな2人の少年が歩いてきた。
万桜はその2人に見覚えがあった。
どちらもクラスメイトの筈だ。
少年2人は、万桜達の前で止まった。
「雄大……勇二……」
「あ?里桜じゃねぇか」
「今日は真面目に学校行ってたのかよ?」
雄大と勇二は制服姿の里桜を見て、ニヤニヤと嗤っている。
この2人はクラスで評判の不良で、里桜と同じでようにあまり学校では見たことがなかった。
すっかり戸惑っている万桜に、雄大が目を向ける。
「あ?何だコイツ?里桜、お前こんなトロそうなのと連んでんのかよ?」
「いやでも雄大、この娘なかなか悪くないぜ」
軽い口調で勇二も絡んでくる。
万桜は助けを求めるように、里桜を見つめた。
里桜は冷たい目で雄大と勇二を見ていた。
「まぁ何でもいいわ。てか里桜、お前今日もヤらしてくれんだろ?あぁ?」
「お前どうせこのあと暇だよな?さっさと行こうぜw何ならそっちの娘も─────」
「待って」
里桜がピシャリと言い放ち、万桜に伸ばされた勇二の手を払った。
「この娘は今から予定あるの。ヤるなら別に、アタシ一人でもいいでしょ?足りないなら、萌花達も呼べば?」
「あ?ンだよその口の訊き方は!?」
里桜の態度が気に入らなかったようで、雄大が食ってかかる。
大柄の雄大に凄まれても、里桜は顔色を変えなかった。
「………」
「ハッ!!上等だ!殺すつもりでヤってやるから来いや!!」
「うわやっちまったな里桜w雄大機嫌わりーのにwまっ、俺も混ぜてもらうけどなぁw」
里桜は雄大に腕を掴まれ、引っ張られていく。
相変わらず軽い調子の勇二もそれに続いた。
万桜は何もできず、その光景を見続けることしかできなかった。
連れ去られる最中、里桜は万桜に顔を向ける。
先程の冷めた表情から、どこか陰のある笑顔へと変わっていた。
まるで万桜を安心させるように。




