21.名前の話
「……こ、こんばんは」
「……あ、ども…」
夜の公園のブランコ。
万桜と金髪赤メッシュの少女は、戸惑いながらも挨拶した。
万桜はまじまじと少女の様子を見る。
彼女は下を向いて、軽くブランコを漕いでいる。
よく見ると、万桜のものと同じ制服を着ていた。
それに暗闇の中とはいえ、少女の顔に少し見覚えがあった。
「……ねぇ」
「……何?」
「あなた、神凪高校2年3組の生徒?」
「は?何で解ったの?」
「やっぱりそうなのね。私も3組なの。何となくあなたの顔に見覚えがあって……」
「……そうなんだ。何かごめん」
「ううん。気にしないで。……えっと、……九重…里桜さん?」
「……うん。当たり」
そこまで接点が無かったため、名前を間違えたらどうしようかと思っていたが、無事当たっていたようだ。
万桜はそっと胸を撫で下ろす。
すると今度は里桜が、地面を見つめたまま尋ねた。
「……ねぇ」
「な、何?」
「悪いけどアタシ、アンタの名前知らないや」
「あ~……。三日月万桜よ。よろしくね」
「みかづきまお……漢字で書くと、どうなるの?」
「えっとね……まず“三日月”はそのまま夜に見える三日月で……、それで、一万円札の“万”に“桜”で“万桜”」
「……“桜”か。……アンタの名前にも、“桜”が付くんだ」
「えっ……」
「アタシも……。“里の桜”で“里桜”だから」
「そうなんだ。お揃いね」
「だね……」
名前の共通点を見つけ、万桜は微笑む。
里桜もまた、満更でもなさそうだった。
「……何だか、九重さんとは仲良くなれそう」
「アタシもそう思う……」
「そう言えば九重さんって、あんまり学校で見ないな……。来てくれると嬉しいんだけど」
「気が向いたらね」
「……学校、嫌いなの?」
「解らない。好きでも嫌いでもない。……ていうか、アタシなんかが行っても意味がないんじゃないかって」
「……そう………なんだ……」
「……そんなことよりアンタ、家に帰らなくてもいいの?もう随分夜遅いけど」
「あっ……うん。…………そうね……」
今度は万桜が俯く。
里桜は首を傾げ、顔色を窺う。
「万桜?」
「……あっ…う、うん……!そうよね!帰らないとね!」
万桜は速やかにブランコから降り、荷物を持った。
「九重さんも気をつけて帰ってね!それじゃあまたね!」
「う、うん。またね……」
万桜は早口で挨拶し、公園の入り口へと駆けて行った。
残された里桜は、少しポカンとしていた。
それからしばらくして我に帰り、ブランコに座ったまま夜空を見上げた。
曇っているせいで、星は見えなかった。
「……帰りたくないんだけどな」
里桜はボソリと呟いた。
「ただいま……」
万桜は暗い声でそう言い、こっそりと家に入った。
時刻は23時前。
リビングはまだ灯りが点いている。
万桜はリビングには行かず、自室に行こうとした。
「待ちなさい、万桜」
リビングから出てきた父親に見つかり、呼び止められる。
その冷たい声に万桜は驚き、思わず足を止める。
「随分遅かったじゃないか」
「あっ……えっと……」
「いったい何をしていた?」
父は万桜を睨み、責め立てる。
万桜は体を震わせた。
「何をしていたんだ?言ってみなさい」
「あっ……あの………」
「言うんだ!」
痺れを切らした父が、怒鳴り声を上げた。
万桜は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。
何か答えなければならない。
しかし、公園に寄り道をしてクラスメイトとお喋りをしていたなんて言える筈がなかった。
万桜は父が納得するような言い訳を考えた。
「えっと……。塾で…………自習をして…ました……」
頭を絞り、必死になって考え出した言い訳。
しかし、どうやらそれは苦しいものだったようだ。
万桜は父に左頬を殴られた。
バランスを崩し、床に尻餅を着いた。
「嘘を吐くな!お前が通っている塾は22時に閉まるはずだぞ!やはり遊んでいたようだな!」
「ち……違………」
「違うのなら本当のことを言ってみろ!言えないな!?どうせ言えないだろう!」
「……」
「塾が終わり次第すぐに帰宅するように言っていた筈なのだがな。お前は言いつけも守れないのか?だからいつまで経っても出来損ないなんだ!」
「…」
「解ったらさっさと部屋に戻って自習でもするんだな。次もまた、1位以外は赦さんぞ」
父はそう言い残し、その場から去って行った。
万桜は壁に寄り添い、ゆっくり立ち上がる。
殴られた箇所が、まだヒリヒリと痛んだ。
「頑張らなきゃ…………」
万桜の意思とは関係なく、そんな言葉が口から零れた。




