20.ブランコの話
「はぁ……。万桜、また2位なのか」
リビングで、呆れた様子で溜息を吐く父親が成績表を破る。
生気の宿っていない瞳で、万桜はその様子を見ていた。
「普段何をしているんだお前は?まともに勉強をしていれば、こんな成績にはならんだろう?まさかサボっていたんじゃあるまいな?」
「ごめんなさい、お父さん」
「謝罪が聞きたいんじゃない。次はどうするんだ?何が問題だったのか解っているのか?」
「………」
「これだからお前は出来損ないなんだ。秀一と違ってな。あいつは1位を取るのは当然だったぞ?」
「はい………」
「いいか?秀一と比べてお前はただの出来損ないだ。それならそれらしく人一倍努力しろ。解ったな?」
「はい……」
「次結果が変わらなければ、飯はないと思え。お前に使う金が無駄だ」
「はい……」
万桜は覇気のない返事をし、リビングを出た。
部屋に戻る途中で、兄の秀一と出会した。
丁度今帰ってきたところらしい。
「……お帰り、兄さん」
「あ?何だ?また親父に怒られてたのか?」
「うん……」
「フッ、どうせまた1位になれなかったんだろ?それくらい簡単にできるのにな」
秀一は万桜を嘲笑う。
「まっ、出来損ないなんだから頑張れよ。俺、お前みたいな妹を持って恥ずかしいんだからな」
それだけ言うと、秀一は自室に戻っていった。
万桜もまた、自室に戻る。
それから、すぐに自分の机に向かった。
机には、教材や問題集が山積みになっている。
「………」
万桜は無言のまま、問題集を手に取った。
大きな病院の医院長である父。
名門大学の医学部に主席で入学した兄。
それに対し、どうしても1番になれない自分。
万桜はそんな家族と共に居て、常に憂鬱な気分だった。
父に出来損ない扱いされ、兄に見下される日々。
そんな2人が嫌になってしまったのか、母は万桜が中学1年生の頃、出て行ってしまった。
現在三日月家では、家政婦が雇われている。
万桜自身、母には自分も連れて行ってほしいと思っていた。
何でも1位を求められる家から、抜け出したかった。
何故1位でなければならないのか。
2位ではダメなのか。
2位は凄くないのだろうか。
万桜の頭の片隅は、いつもそのことで埋まっていた。
「………」
翌朝。
万桜は死んだ目をしながら、教室に入った。
ホームルームが始まる前の間は自由な時間。
そのため、教室にいる生徒達は皆、自由に過ごしていた。
「三日月さん、おはよう」
自身の席に向かう途中、恭也が挨拶をしてきた。
万桜には仲のいいクラスメイトはいなかったが、彼だけはいつも挨拶をしてくれていた。
「おはよう……」
万桜はか細い声で応え、即座に席に着く。
鞄から問題集とノート、筆記用具を出し、自習を始める。
これが万桜の日課だ。
始めは周りの雑音をうるさく感じるが、問題に集中すればあまり気にならない。
また2位になり、何か言われるのが嫌だった。
しかも今度は食事を抜かれ兼ねない。
ましてや3位以下にでもなれば、家から追い出されてもおかしくない。
そのため、次のテストでは必ず1位になりたかった。
“ポスッ”
何処かからくしゃくしゃに丸められた紙が飛んできて、万桜の机に落ちた。
「………」
万桜は勉強の手を止め、紙を開く。
『ガリ勉キモッw』
紙の真ん中にそう書かれていた。
紙が飛んできた方に視線をやる。
華絵、晶子、乃愛の3人が、万桜の方を見てクスクスと嗤っている。
「うるさい……」
万桜は紙を放置し、自習に戻った。
傷ついていないと言ったら嘘になる。
クラスメイトにこうして馬鹿にされること自体、惨めなことだった。
集中が途切れたせいか、他のクラスメイトの話し声もよく聞こえてくるようになった。
早苗の惚気話を聞く鳴海。
ふざけ合っている栄太や幹太、それから一喜。
昨晩のドラマの話をする朱莉と日和。
各々楽しそうに会話をしている。
学年トップの成績を誇る卓でさえも。
「うるさい……」
万桜は目の前の問題に集中しようとする。
しかし、乱れた心では何も考えられなかった。
学校が終わると、万桜はすぐ塾に向かう。
授業を受け、自習をし、閉館22時に帰路につく。
一日中勉強漬けで、万桜の頭はボーッとしている。
そんな状態で夜道を歩いていた。
「はぁ……」
疲れからなのか、先程から溜息ばかり零れる。
思い返してみれば、今日も一日勉強ばかりだった。
1位になるための勉強。
この先も、1位を狙うだけの人生になるのだろうか。
万桜自身、今の自分に疑問を抱いていた。
「………あっ」
気づけば万桜は、公園の入り口に立っていた。
それ程ボーッとしていたことだろうか。
万桜は自分のことが心配になってきていた。
「……ちょっとだけ」
そう呟くと、万桜は公園に入った。
幼い頃、この公園で母と遊んでいたことを思い出す。
街灯の灯りしかなかったが、当日の情景を思い浮かべることができた。
遊具の改装はされているが、昔と変わっていなかった。
「………!……あれって……」
万桜の目に入ったのはブランコ。
この公園で一番のお気に入りが、ブランコだった。
幼い頃、万桜がブランコに座り、母が背中を押して揺らす。
当日の万桜は、それが大好きだった。
「懐かしいな………」
万桜はブランコに近づき、座った。
背中を押してくれた母は、もう何処かに行ってしまった。
また母に会いたい。
そう願うが、母が今の自分を受け入れてくれるのだろうか。
何となく、万桜は自信が無かった。
“ギシッ”
落ち込んでいると、突然音がした。
反射的に横を見る。
隣のブランコに、誰かが座っていた。
「あっ………」
「……え?」
その人物と目が合った。
金髪ショートに赤いメッシュが印象的な少女だった。




