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八百万 怨念  作者: マー・TY
22/70

20.ブランコの話

「はぁ……。万桜、また2位なのか」


 リビングで、呆れた様子で溜息を吐く父親が成績表を破る。

 生気の宿っていない瞳で、万桜はその様子を見ていた。


「普段何をしているんだお前は?まともに勉強をしていれば、こんな成績にはならんだろう?まさかサボっていたんじゃあるまいな?」


「ごめんなさい、お父さん」


「謝罪が聞きたいんじゃない。次はどうするんだ?何が問題だったのか解っているのか?」


「………」


「これだからお前は出来損ないなんだ。秀一と違ってな。あいつは1位を取るのは当然だったぞ?」


「はい………」

 

「いいか?秀一と比べてお前はただの出来損ないだ。それならそれらしく人一倍努力しろ。解ったな?」


「はい……」


「次結果が変わらなければ、飯はないと思え。お前に使う金が無駄だ」


「はい……」


 万桜は覇気のない返事をし、リビングを出た。

 部屋に戻る途中で、兄の秀一と出会した。

 丁度今帰ってきたところらしい。


「……お帰り、兄さん」


「あ?何だ?また親父に怒られてたのか?」


「うん……」


「フッ、どうせまた1位になれなかったんだろ?それくらい簡単にできるのにな」


 秀一は万桜を嘲笑う。


「まっ、出来損ないなんだから頑張れよ。俺、お前みたいな妹を持って恥ずかしいんだからな」


 それだけ言うと、秀一は自室に戻っていった。

 万桜もまた、自室に戻る。

 それから、すぐに自分の机に向かった。

 机には、教材や問題集が山積みになっている。


「………」


 万桜は無言のまま、問題集を手に取った。




 大きな病院の医院長である父。

 名門大学の医学部に主席で入学した兄。

 それに対し、どうしても1番になれない自分。

 万桜はそんな家族と共に居て、常に憂鬱な気分だった。

 父に出来損ない扱いされ、兄に見下される日々。

 そんな2人が嫌になってしまったのか、母は万桜が中学1年生の頃、出て行ってしまった。

 現在三日月家では、家政婦が雇われている。

 万桜自身、母には自分も連れて行ってほしいと思っていた。

 何でも1位を求められる家から、抜け出したかった。

 何故1位でなければならないのか。

 2位ではダメなのか。

 2位は凄くないのだろうか。

 万桜の頭の片隅は、いつもそのことで埋まっていた。




「………」


 翌朝。

 万桜は死んだ目をしながら、教室に入った。

 ホームルームが始まる前の間は自由な時間。

 そのため、教室にいる生徒達は皆、自由に過ごしていた。


「三日月さん、おはよう」


 自身の席に向かう途中、恭也が挨拶をしてきた。

 万桜には仲のいいクラスメイトはいなかったが、彼だけはいつも挨拶をしてくれていた。


「おはよう……」


 万桜はか細い声で応え、即座に席に着く。

 鞄から問題集とノート、筆記用具を出し、自習を始める。

 これが万桜の日課だ。

 始めは周りの雑音をうるさく感じるが、問題に集中すればあまり気にならない。

 また2位になり、何か言われるのが嫌だった。

 しかも今度は食事を抜かれ兼ねない。

 ましてや3位以下にでもなれば、家から追い出されてもおかしくない。

 そのため、次のテストでは必ず1位になりたかった。


“ポスッ”


 何処かからくしゃくしゃに丸められた紙が飛んできて、万桜の机に落ちた。

 

「………」


 万桜は勉強の手を止め、紙を開く。

 『ガリ勉キモッw』

 紙の真ん中にそう書かれていた。

 紙が飛んできた方に視線をやる。

 華絵、晶子、乃愛の3人が、万桜の方を見てクスクスと嗤っている。


「うるさい……」


 万桜は紙を放置し、自習に戻った。

 傷ついていないと言ったら嘘になる。

 クラスメイトにこうして馬鹿にされること自体、惨めなことだった。

 集中が途切れたせいか、他のクラスメイトの話し声もよく聞こえてくるようになった。

 早苗の惚気話を聞く鳴海。

 ふざけ合っている栄太や幹太、それから一喜。

 昨晩のドラマの話をする朱莉と日和。

 各々楽しそうに会話をしている。

 学年トップの成績を誇る卓でさえも。

 

「うるさい……」


 万桜は目の前の問題に集中しようとする。

 しかし、乱れた心では何も考えられなかった。




 学校が終わると、万桜はすぐ塾に向かう。

 授業を受け、自習をし、閉館22時に帰路につく。

 一日中勉強漬けで、万桜の頭はボーッとしている。

 そんな状態で夜道を歩いていた。


「はぁ……」


 疲れからなのか、先程から溜息ばかり零れる。

 思い返してみれば、今日も一日勉強ばかりだった。

 1位になるための勉強。

 この先も、1位を狙うだけの人生になるのだろうか。

 万桜自身、今の自分に疑問を抱いていた。


「………あっ」


 気づけば万桜は、公園の入り口に立っていた。

 それ程ボーッとしていたことだろうか。

 万桜は自分のことが心配になってきていた。


「……ちょっとだけ」


 そう呟くと、万桜は公園に入った。

 幼い頃、この公園で母と遊んでいたことを思い出す。

 街灯の灯りしかなかったが、当日の情景を思い浮かべることができた。

 遊具の改装はされているが、昔と変わっていなかった。


「………!……あれって……」


 万桜の目に入ったのはブランコ。

 この公園で一番のお気に入りが、ブランコだった。

 幼い頃、万桜がブランコに座り、母が背中を押して揺らす。

 当日の万桜は、それが大好きだった。


「懐かしいな………」


 万桜はブランコに近づき、座った。

 背中を押してくれた母は、もう何処かに行ってしまった。

 また母に会いたい。

 そう願うが、母が今の自分を受け入れてくれるのだろうか。

 何となく、万桜は自信が無かった。


“ギシッ”


 落ち込んでいると、突然音がした。

 反射的に横を見る。

 隣のブランコに、誰かが座っていた。


「あっ………」


「……え?」


 その人物と目が合った。

 金髪ショートに赤いメッシュが印象的な少女だった。

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