18.悔いの話
「………う~ん」
朱莉が目を覚まして最初に見たのは、白い天井だった。
照明の眩しさに、三度瞬きをする。
頭がグラグラし、眩暈がした。
それに耐えつつも、恐る恐る体を起こした。
「朱莉!……良かった。目が覚めて」
朱莉はゆっくりと視線を、声がした方に向ける。
パイプ椅子に座った里桜が、心配そうに朱莉のことを見つめていた。
朱莉は手元の方も見てみる。
ここで、自分がベッドの上に寝ていたことに気がついた。
「里桜……ここ、どこなん?」
「病院だよ。爆発で起こった火事の中、先生が助け出してくれたんだって」
「……先生………火事…………爆発……」
朱莉は一つ一つの単語を口にする。
それらが頭の中でパズルのピースのように組み合わさり、記憶が形作られていく。
そして朱莉は、学校で起こったことを鮮明に思い出した。
クラスメイト達の死体までリアルに。
「うっ……」
「朱莉!?」
朱莉は吐き気を覚え、口を押さえる。
頭もガンガンと痛み出した。
里桜が慌てて朱莉の背中を摩り、介抱した。
「ゼェ……ゼェ…………」
「朱莉!大丈夫!落ち着いて!大丈夫だから!」
里桜は朱莉を安心させるために言葉を投げかけ続ける。
それだけではダメだと思い、朱莉の頭を撫でたり、抱き締めたりもした。
その甲斐あってか、朱莉の呼吸が安定してきた。
やがて朱莉は、落ち着きを取り戻した。
「もう大丈夫。ごめん里桜。おおきに……」
朱莉は冷静さを取り戻し、そう言った。
首筋を汗が伝っている。
「落ち着いた?」
「うん……。落ち着いた……」
朱莉は頭を抱え、そう呟いた。
まだ頭がズキズキと痛む。
意識を失う前の記憶も完全に戻ってきていた。
そこで朱莉は、今一番気になっていることを問うた。
「里桜、日和は?」
「………」
「日和もおるんやろ?この病院に。できたら会わせてほしいんやけど」
「……」
日和の名前を出すと、里桜は俯いてしまった。
朱莉は首を傾げる。
「里桜、日和はどないしたん?」
「……」
「教えて。……黙っとるんじゃ……解らへんよ………」
朱莉の声に、嗚咽が混ざり始めた。
里桜は顔を上げる。
手で頭を抑えたまま、朱莉は咽び泣いていた。
「朱莉……」
「……なに?」
「本当は、解ってるんじゃないの?」
「…………」
里桜の言うとおりだった。
爆発した教室で最後に見た日和。
彼女は、下半身が無くなっていた。
今となって考えてみれば、そんな状態で人が生きていられるとは思えなかった。
「里桜の、言うとおりやで。……せやけど、未だに思うてまうの。……何事もなく、日和が、顔を見せてくれるんやないかって」
「朱莉………」
「解っとる。……解っとるけど……どうしても……認められへん。……日和が死んでもうたって、認めたくない自分がおんの……!」
「………朱莉」
やるせなさで、朱莉はベッドに拳を打ちつける。
里桜は何も言わず、朱莉の手に自分の手を重ねた。
神凪高校2年3組で起きた謎の爆発。
当然事件になり、警察も動くようになった。
爆発での死亡者は日和を初め、一喜、勇二、魅杏、結子、それから、出席番号5番岡田幹太、11番相模奈津子、27番日江井友香、31番馬門杏子の9人。
当時教室にいたその9人全員と、校舎裏で死亡した雄大含めて10人が犠牲になったのだ。
担任若山がまともに連絡が取れる生徒は15人。
元は38人だったが、今では半分以下の人数になってしまっていた。
「………はぁ」
午後6時過ぎ。
事情聴取を終えた若山が、警察署から出てきた。
警察からは、明日また残った2年3組の生徒達を含めて話を聞くと言われた。
今回の爆破事件は、何者かが意図的に行ったとして間違いない。
それがいったい誰なのか。
警察はどうなのかは知らないが、若山自身、見当が付かなかった。
「くそっ……。誰があんなことしやがった……?いったい何が起こってんだよ……」
若山は苛立っていた。
自分のクラスの生徒を殺した人物に。
それから、生徒の死を止めることのできなかった自分に対して。
「……そもそも、何でこんなことになったんだっけな……」
若山は教師という職業に誇りを持っていた。
苦労する場面も多々あったが、生徒のことを考えれば、キツいとは思わなかった。
生徒達は友好的に接してくれて、皆に愛着を持てた。
多くの生徒達を皆立派に育て、社会に送り出す。
そんな目標を立てていた矢先、あの事故が起きた。
若山の生徒………三日月万桜が交通事故で亡くなったのだ。
万桜は夜中に突如車道に飛び出し、車と衝突したのだという。
指導が不充分だったと、この時の若山は自分を責めた。
それから2度と同様の事故が起きないよう、生徒の指導により力を入れた。
しかしその努力と裏腹に、生徒が次々と不登校、または行方不明になっていった。
残念なことに若山には彼らを救うことはできず、ついには今回の爆破事件が起きてしまった。
こんなことがあって、教師を続けていけるのか。
若山は憂鬱な気分になった。
【若山先生】
「ッ!!?」
聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
目の前に、死んだ筈の万桜が立っていた。
「三日月……お前……どうして……?」
【先生、私、寂しいの………】
「三日月!?」
万桜の瞳から、涙が零れる。
【助けて】
若山に聞こえるようにそう呟いた後、万桜は背を向けて走り出した。
「ッ!?三日月待て!待ってくれ!!」
若山は万桜の後を追う。
どうしても、話がしたかった。
今回の件について何か知っているのかもしれない。
いや、それ以前に、教師として謝りたかったのだ。
警察署の前の、車道側の歩道。
万桜はそこに、背を向けたまま立っていた。
「三日月……」
【………】
「……俺自身、お前がここにいるってことに、正直混乱している…が……聞いてくれないか……?」
【………】
「あの夜何があったかは、俺には解らない。だが、お前が亡くなったのは、俺のせいでもある。教師としての責任が、あの時の俺には足りなかったんだ。赦してほしいとは言わない。だが、言わせてほしい。……すまなかった……!!」
若山は万桜に謝り、頭を下げた。
実際万桜の死に、若山はそこまで深く関わっていない。
しかし、謝罪せずにはいられなかった。
【先生】
再び呼ばれる。
若山が顔を上げると、万桜がすぐ目の前に立っていた。
「三日月……?」
【こっちだよ♪】
「ッ!!?」
万桜は不気味な笑みを浮かべ、若山の腕を掴む。
それから、困惑する若山を引っ張り、車道に出た。
「おい三日月!……ッ!!?」
迫ってくる大型トラックに気づいた時には、もう遅かった。
生まれてから今に至るまでの記憶が、一瞬にして脳内に浮かび上がる。
それが走馬灯なのだと、若山はすぐに理解した。
時間の流れが遅く感じられたにも関わらず、一歩も動くことはできなかった。
大型トラックは若山に勢いよくぶつかり、何メートルも先に撥ね飛ばした。
【フフ……フフフ………】
万桜は嗤いながら若山に近づく。
若山は、手脚が折れ曲がった状態で、仰向けに倒れていた。
頭が割れたせいなのか、顔中血だらけになっており、全身痙攣していた。
また、若山の体を根源に、血が四方八方に飛び散っていた。
変わり果てた若山の姿を見て、万桜はまた不気味に笑った。
【またね。先生。……ちゃんと指導してね……】
万桜はそう呟き、闇の中に消えていった。
岡田幹太
坊主頭の男子。球技が得意。
相模奈津子
ゲーム好きの女子。
日江井友香
アイドル好きの女子。
馬門杏子
オカルト好きの女子。
若山健二
2年3組の担任。




