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八百万 怨念  作者: マー・TY
18/70

16.仕込まれた話 後編

 時間は少し遡る。


“ドン”


「きゃっ!」


 恭也は廊下で、魅杏が肩に掛けている鞄にぶつかった。

 自分がぶつかった訳ではないが、魅杏は大袈裟にリアクションをとる。


「ちょっとアンタ!どこ見てんのよ!」


「ご、ごめん」


 恭也は申し訳なさそうに笑って謝る。

 しかし魅杏の機嫌は直っていないようだ。

 恭也のことを睨みつけている。


「はぁ、……うざっ。結子、もう行こ」

 

「そだね。行こう行こう~」


 魅杏は一緒にいた結子と共に、教室の方に歩いて行った。

 恭也はひとまず小さく手を振って見送る。

 それから逆方向を向き、無表情で溜息を吐く。


「はぁ。……鞄にぶつかったくらいであんなに怒るか?」


 恭也は魅杏達のようなギャルが嫌いだった。

 大袈裟にはしゃぎ、騒ぎ、怒り散らすところが。

 特に先程のように被害者ぶる態度が気に入らなかった。

 鞄を持っている方にも問題があると考える。

 もっと落ち着けないものかと、普段から思っていた。


「引っ張んないでよ!自分で歩けるから!」


「黙れっつってんだろ!!!」


 不意に聞き知った声がした。

 恭也が振り返る間もなく、すぐ真横を声の主が通り過ぎていった。


「……九重さんと、明石君?」


 恭也が見たのは、雄大に無理矢理引っ張られていく里桜の姿だった。

 2人共恭也に気づくことなく先に行ってしまう。

 声をかける隙もなかった。


「何であの2人が……?」


 里桜と雄大。

 2人はもともと同じグループであることを恭也は知っていた。

 ある日を境に里桜がそのグループと連むのをやめたことも。

 その上で、今見た雄大が怒った様子で里桜の手を引いていくという光景は、予想外のものだった。

 何があったのかは定かではないが、里桜は雄大を怒らせてしまったらしい。

 このままでは、里桜はきっと酷い目に遭うことだろう。


「あっ、恭也!」


 里桜と雄大が来たのと同じ方向から、朱莉が駆けてきた。

 何やら慌てた様子だった。

 今日は廊下でいろいろある日だと、恭也は思った。


「今度は帳さんか。どうかしたの?」


「里桜見ぃひんかった?雄大に無理矢理連れてかれて……。このままだと絶対マズいことになんねん!」


 朱莉の口調から、かなり焦っていることが窺える。

 どうやら雄大に連れ去られた里桜を追ってきたようだ。

 恭也はひとまず、自分が見たことを正直に話すことにした。

 嘘を言う理由もない。

 何より、朱莉は敵に回したくはなかった。


「この先まっすぐ行ったよ。多分、人気のない場所に行ったのかも」


「さよか、おおきに。そうだ恭也、先生に伝えてくれへん?雄大が里桜を連れて行ったこと」


「えっ?…別にいいけど」


「おおきに!それじゃあ頼ねん!」


 朱莉はそれだけ言い残すと、里桜達を捜しに再び駆けていった。

 想定外の頼み事をされて残され、呆気に取られた恭也はまた溜息を吐いた。

 

「はぁ、面倒くさいなぁ。…………先生への報告は、後でいいよね」


 恭也は教室側に歩き出す。

 その目は不気味に耀いていた。




 男子トイレに並ぶ個室。

 恭也はそのうちのひとつに入り、便座に腰を下ろした。

 ポケットからスマホとイヤホンを取り出す。

 スマホを起動させ、慣れた手つきで操作する。

 そうすると画面に、今現在の教室の風景が映し出された。

 恭也が教室に仕掛けた隠しカメラと、このスマホが連動しているのだ。

 スマホにイヤホンのプラグを差し、イヤーピースを片耳にはめる。

 生徒の声や物音が聞こえてきた。


「さて、何してるのかな……」


 恭也が注目したのは、先程廊下で出会した魅杏と結子だった。

 行儀悪く席に座り、菓子パンを手に持って駄弁っている。

 恭也は試しに、耳を澄ましてみた。


『さっきのあいつ、マジキモくなかった~?』


『確かに~。ヘラヘラ笑っちゃってさ~。あいつ普段あぁやって媚び売ってんだよ』


『わかるわ~。どうせ心の中ではエロいこと考えてんだよ』


『うわキモ~』


 2人は恭也の悪口で盛り上がっているようだった。

 そんな2人に殺意を覚える。

 恭也はスマホを操作し、ボタンが映っている画面に切り替えた。


「勇二とだって連絡着かねェんだよ!お前が何かしたんだろ!!」


「だから、知らないって!」


 イヤーピースを付けていない方の耳に、男女の言い争う声が響き渡った。

 恭也はスマホとイヤホンを仕舞い、個室から出る。

 窓が開いていることに気づいた。

 声は外からだろう。

 恭也は窓から顔を出す。

 真下にいたのは、里桜と雄大だった。

 雄大は倒れた里桜の胸倉を掴んでいる。

 

「知らねェわけねェだろ!」


「本当に知らないから!」


 恭也は思わず顔を引っ込める。

 この2人が何を話しているのかが気になり、ひとまず話を聞いてみることにした。

 

「信吾達だけじゃねェぞ!萌花とだって連絡着かねェんだ!」


「……萌花」


 どうやら行方不明ということになっている仲間について、雄大は里桜に問い質しているようだ。

 恭也はそんなことをしても無駄だと知っている。

 里桜は何も知らないし、そもそも彼らはもう帰ってくることはない。


「テメェやっぱ知ってんだろ!!」


「萌花……萌花は…………」


 萌花の名前が出た途端、里桜は大人しくなった。

 何やら後ろめたさを感じているらしい。

 実は萌花のことも、恭也は知っていた。

 だからこそ思うのだ。

 里桜が自分を責める道理はないと。


「信吾達のこと知ってんだろ!?あァ!?オラ早く言えやコラァ!!」


 雄大が今日一番の怒鳴り声を上げた。

 恭也は再び窓から顔を出して下を見る。

 興奮状態の雄大が、里桜の首を絞めていた。


「言えや!何したのか!!信吾も竜平も勇二も萌花もテメェのせいでいなくなったんだろ!!」


「離…して………しっ………死ぬ………!!」


 雄大は今にも里桜を殺してしまいそうだった。

 死を危険を感じ、里桜が必死に藻掻いているのが見える。

 とはいえ、やはり男女の体力の差は明らかだ。

 里桜の抵抗は、だんだん弱々しくなっていった。


(……流石にマズいかな。しょうがない。…まぁいいや。絶好のチャンスだ)


 そう思った恭也は、掃除用具入れを開けて中からバケツを取り出した。

 それから中に設置されている水道の蛇口を捻り、バケツに半分くらいまで水を入れた。


(九重さんはお気に入りだからな~。死んじゃったら多分僕も死ぬ)


 水入りのバケツを持ち、窓に向かう。

 雄大が里桜に馬乗りになっている状態なため、狙いやすかった。

 恭也は雄大の頭目掛け、躊躇なくバケツを落とした。


“ゴッ!”


「う”っ!」


 鈍い音と、雄大の短い呻き声が響いた。

 バケツは水をぶちまけながら転がり、雄大は里桜に覆い被さるように倒れる。


「命拾いしたね。九重さん」


 恭也は再び個室に入り、スマホとイヤホンを取り出す。

 隠しカメラと接続し、教室の様子を見た。

 

「………は?」


 教室は教室で、想定外の事態になっていた。

 魅杏と結子が呆然として見ている前で、勇二が蹲っていた。

 勇二は家に引き籠もっている状態だと思っていたため、これは予想外のことだった。


「どうして羽田君が。……よくここまで来れたな……」


 恭也はそう呟きつつ、監視を続ける。

 クラスにいる者は皆勇二に注目している。

 そんな中、一人の生徒が勇二に近づいた。

 それは、恭也の親友である一喜だった。


『よっ、よぉ勇二…。久しぶりだなぁ。元気だったか?どうしたんだよ、そんなとこで』


『やっ……や…ろ…………やめ…よ……』


 質問に応えることなく、勇二は苦しそうな声でブツブツとそう呟いている。

 一喜は退かずに手を差し出そうとする。

 

『お~い大丈夫か?保健室行くか?』


『うわぁああああああああやめろってぇええええ!!!』


 勇二は滅茶苦茶に暴れ、一喜の手を振り払った。

 

『おっ…おい!』


『一喜!下がって!危ない!』


 そこに日和が入ってきて、一喜を止めに入った。

 勇二は左腕で目を覆った状態で、暴れ回っている。

 教室の所々から悲鳴が聞こえてきた。


『やめてよ勇二!怪我したらどうすんの!?』


『勇二落ち着け!俺達何もしねぇって!』


 日和と一喜が説得を試みるも、勇二が止まることはない。

 きっと何も聞こえていないのだろう。


『ねぇヤバくない?』


『ヤバいよね?勇二のヤツ薬でもやってたの?』


 勇二が暴れている中、魅杏と結子が怯えた顔を見合わせていた。

 今にもその場から逃げ出しそうだった。


「……そろそろ頃合いかな」


 恭也はスマホを操作し、再びボタンが映し出された画面に切り替えた。

 そしてボタンをタップしようする。

 しかしここで、指が止まってしまった。

 イヤホンからは未だに勇二やクラスメイトの悲鳴が聞こえ、そこに一喜の声が混ざっていた。


「一喜………」


 恭也は入学した頃のことを思い出していた。

 思えばこの高校で初めてできた友人が、一喜だった。

 趣味こそ合わなかったものの、恭也は次第に一喜の明るさに惹かれていった。

 一喜自身も、恭也のことを受け入れてくれた。

 喧嘩をすることもあったが絶交なんてすることはなく、今日まで仲良くしてこれた。


「………一喜、楽しかったよ」


 恭也は止めていた指を動かし、ボタンを押した。

 

『ドガァァァアア───────!!!!!』


 イヤホン越しに、耳を劈くような爆発音が聞こえて消えた。

 トイレの外からも同じ音がした。

 恭也は疲れた様子でイヤホンを外した。

 スマホを操作し、画面を隠しカメラの方に切り替える。

 しかしカメラが壊れてしまったのか、接続はできなかった。

 用がなくなり、恭也は個室から出た。

 外からは、生徒達の悲鳴や戸惑いの声が聞こえてきた。

 

【お疲れ様♪】


 背後からの甘美な声に、恭也は振り向いた。

 そこに立っていたのは、妖艶な笑みを浮かべている万桜だった。


「……見てたの?」


【まぁね♪ところで、良かったの?滝川君、親友なんでしょう?】


 恭也は一喜の顔を思い浮かべる。

 しかし、すぐにそれを掻き消した。

 穏やかな顔をして万桜の目を見て話し始める。


「いいんだ。君のためにやったことに後悔はないよ。一喜もいずれ、殺すつもりだったし。それにあのままだと、森谷さん達教室から出て行きそうだったから」


【あなたは、本当に私のことが好きなのね】


「うん。好きだよ万桜。君の全てが」


【何度も聞いたわ】


「何度でも言うよ。それに、君が死んだのは、僕のせいでもあるから……」


 恭也は暗い口調でそう言った。

 万桜もまた、無表情になる。

 少し目を瞑った後いつもの微笑みを取り戻し、恭也の肩に手を置いた。


【これからも、頑張ってね】


 万桜は恭也の耳元にそう呟いた。

 それから入り口の方に歩いて行き、煙のように消えていった。

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