16.仕込まれた話 後編
時間は少し遡る。
“ドン”
「きゃっ!」
恭也は廊下で、魅杏が肩に掛けている鞄にぶつかった。
自分がぶつかった訳ではないが、魅杏は大袈裟にリアクションをとる。
「ちょっとアンタ!どこ見てんのよ!」
「ご、ごめん」
恭也は申し訳なさそうに笑って謝る。
しかし魅杏の機嫌は直っていないようだ。
恭也のことを睨みつけている。
「はぁ、……うざっ。結子、もう行こ」
「そだね。行こう行こう~」
魅杏は一緒にいた結子と共に、教室の方に歩いて行った。
恭也はひとまず小さく手を振って見送る。
それから逆方向を向き、無表情で溜息を吐く。
「はぁ。……鞄にぶつかったくらいであんなに怒るか?」
恭也は魅杏達のようなギャルが嫌いだった。
大袈裟にはしゃぎ、騒ぎ、怒り散らすところが。
特に先程のように被害者ぶる態度が気に入らなかった。
鞄を持っている方にも問題があると考える。
もっと落ち着けないものかと、普段から思っていた。
「引っ張んないでよ!自分で歩けるから!」
「黙れっつってんだろ!!!」
不意に聞き知った声がした。
恭也が振り返る間もなく、すぐ真横を声の主が通り過ぎていった。
「……九重さんと、明石君?」
恭也が見たのは、雄大に無理矢理引っ張られていく里桜の姿だった。
2人共恭也に気づくことなく先に行ってしまう。
声をかける隙もなかった。
「何であの2人が……?」
里桜と雄大。
2人はもともと同じグループであることを恭也は知っていた。
ある日を境に里桜がそのグループと連むのをやめたことも。
その上で、今見た雄大が怒った様子で里桜の手を引いていくという光景は、予想外のものだった。
何があったのかは定かではないが、里桜は雄大を怒らせてしまったらしい。
このままでは、里桜はきっと酷い目に遭うことだろう。
「あっ、恭也!」
里桜と雄大が来たのと同じ方向から、朱莉が駆けてきた。
何やら慌てた様子だった。
今日は廊下でいろいろある日だと、恭也は思った。
「今度は帳さんか。どうかしたの?」
「里桜見ぃひんかった?雄大に無理矢理連れてかれて……。このままだと絶対マズいことになんねん!」
朱莉の口調から、かなり焦っていることが窺える。
どうやら雄大に連れ去られた里桜を追ってきたようだ。
恭也はひとまず、自分が見たことを正直に話すことにした。
嘘を言う理由もない。
何より、朱莉は敵に回したくはなかった。
「この先まっすぐ行ったよ。多分、人気のない場所に行ったのかも」
「さよか、おおきに。そうだ恭也、先生に伝えてくれへん?雄大が里桜を連れて行ったこと」
「えっ?…別にいいけど」
「おおきに!それじゃあ頼ねん!」
朱莉はそれだけ言い残すと、里桜達を捜しに再び駆けていった。
想定外の頼み事をされて残され、呆気に取られた恭也はまた溜息を吐いた。
「はぁ、面倒くさいなぁ。…………先生への報告は、後でいいよね」
恭也は教室側に歩き出す。
その目は不気味に耀いていた。
男子トイレに並ぶ個室。
恭也はそのうちのひとつに入り、便座に腰を下ろした。
ポケットからスマホとイヤホンを取り出す。
スマホを起動させ、慣れた手つきで操作する。
そうすると画面に、今現在の教室の風景が映し出された。
恭也が教室に仕掛けた隠しカメラと、このスマホが連動しているのだ。
スマホにイヤホンのプラグを差し、イヤーピースを片耳にはめる。
生徒の声や物音が聞こえてきた。
「さて、何してるのかな……」
恭也が注目したのは、先程廊下で出会した魅杏と結子だった。
行儀悪く席に座り、菓子パンを手に持って駄弁っている。
恭也は試しに、耳を澄ましてみた。
『さっきのあいつ、マジキモくなかった~?』
『確かに~。ヘラヘラ笑っちゃってさ~。あいつ普段あぁやって媚び売ってんだよ』
『わかるわ~。どうせ心の中ではエロいこと考えてんだよ』
『うわキモ~』
2人は恭也の悪口で盛り上がっているようだった。
そんな2人に殺意を覚える。
恭也はスマホを操作し、ボタンが映っている画面に切り替えた。
「勇二とだって連絡着かねェんだよ!お前が何かしたんだろ!!」
「だから、知らないって!」
イヤーピースを付けていない方の耳に、男女の言い争う声が響き渡った。
恭也はスマホとイヤホンを仕舞い、個室から出る。
窓が開いていることに気づいた。
声は外からだろう。
恭也は窓から顔を出す。
真下にいたのは、里桜と雄大だった。
雄大は倒れた里桜の胸倉を掴んでいる。
「知らねェわけねェだろ!」
「本当に知らないから!」
恭也は思わず顔を引っ込める。
この2人が何を話しているのかが気になり、ひとまず話を聞いてみることにした。
「信吾達だけじゃねェぞ!萌花とだって連絡着かねェんだ!」
「……萌花」
どうやら行方不明ということになっている仲間について、雄大は里桜に問い質しているようだ。
恭也はそんなことをしても無駄だと知っている。
里桜は何も知らないし、そもそも彼らはもう帰ってくることはない。
「テメェやっぱ知ってんだろ!!」
「萌花……萌花は…………」
萌花の名前が出た途端、里桜は大人しくなった。
何やら後ろめたさを感じているらしい。
実は萌花のことも、恭也は知っていた。
だからこそ思うのだ。
里桜が自分を責める道理はないと。
「信吾達のこと知ってんだろ!?あァ!?オラ早く言えやコラァ!!」
雄大が今日一番の怒鳴り声を上げた。
恭也は再び窓から顔を出して下を見る。
興奮状態の雄大が、里桜の首を絞めていた。
「言えや!何したのか!!信吾も竜平も勇二も萌花もテメェのせいでいなくなったんだろ!!」
「離…して………しっ………死ぬ………!!」
雄大は今にも里桜を殺してしまいそうだった。
死を危険を感じ、里桜が必死に藻掻いているのが見える。
とはいえ、やはり男女の体力の差は明らかだ。
里桜の抵抗は、だんだん弱々しくなっていった。
(……流石にマズいかな。しょうがない。…まぁいいや。絶好のチャンスだ)
そう思った恭也は、掃除用具入れを開けて中からバケツを取り出した。
それから中に設置されている水道の蛇口を捻り、バケツに半分くらいまで水を入れた。
(九重さんはお気に入りだからな~。死んじゃったら多分僕も死ぬ)
水入りのバケツを持ち、窓に向かう。
雄大が里桜に馬乗りになっている状態なため、狙いやすかった。
恭也は雄大の頭目掛け、躊躇なくバケツを落とした。
“ゴッ!”
「う”っ!」
鈍い音と、雄大の短い呻き声が響いた。
バケツは水をぶちまけながら転がり、雄大は里桜に覆い被さるように倒れる。
「命拾いしたね。九重さん」
恭也は再び個室に入り、スマホとイヤホンを取り出す。
隠しカメラと接続し、教室の様子を見た。
「………は?」
教室は教室で、想定外の事態になっていた。
魅杏と結子が呆然として見ている前で、勇二が蹲っていた。
勇二は家に引き籠もっている状態だと思っていたため、これは予想外のことだった。
「どうして羽田君が。……よくここまで来れたな……」
恭也はそう呟きつつ、監視を続ける。
クラスにいる者は皆勇二に注目している。
そんな中、一人の生徒が勇二に近づいた。
それは、恭也の親友である一喜だった。
『よっ、よぉ勇二…。久しぶりだなぁ。元気だったか?どうしたんだよ、そんなとこで』
『やっ……や…ろ…………やめ…よ……』
質問に応えることなく、勇二は苦しそうな声でブツブツとそう呟いている。
一喜は退かずに手を差し出そうとする。
『お~い大丈夫か?保健室行くか?』
『うわぁああああああああやめろってぇええええ!!!』
勇二は滅茶苦茶に暴れ、一喜の手を振り払った。
『おっ…おい!』
『一喜!下がって!危ない!』
そこに日和が入ってきて、一喜を止めに入った。
勇二は左腕で目を覆った状態で、暴れ回っている。
教室の所々から悲鳴が聞こえてきた。
『やめてよ勇二!怪我したらどうすんの!?』
『勇二落ち着け!俺達何もしねぇって!』
日和と一喜が説得を試みるも、勇二が止まることはない。
きっと何も聞こえていないのだろう。
『ねぇヤバくない?』
『ヤバいよね?勇二のヤツ薬でもやってたの?』
勇二が暴れている中、魅杏と結子が怯えた顔を見合わせていた。
今にもその場から逃げ出しそうだった。
「……そろそろ頃合いかな」
恭也はスマホを操作し、再びボタンが映し出された画面に切り替えた。
そしてボタンをタップしようする。
しかしここで、指が止まってしまった。
イヤホンからは未だに勇二やクラスメイトの悲鳴が聞こえ、そこに一喜の声が混ざっていた。
「一喜………」
恭也は入学した頃のことを思い出していた。
思えばこの高校で初めてできた友人が、一喜だった。
趣味こそ合わなかったものの、恭也は次第に一喜の明るさに惹かれていった。
一喜自身も、恭也のことを受け入れてくれた。
喧嘩をすることもあったが絶交なんてすることはなく、今日まで仲良くしてこれた。
「………一喜、楽しかったよ」
恭也は止めていた指を動かし、ボタンを押した。
『ドガァァァアア───────!!!!!』
イヤホン越しに、耳を劈くような爆発音が聞こえて消えた。
トイレの外からも同じ音がした。
恭也は疲れた様子でイヤホンを外した。
スマホを操作し、画面を隠しカメラの方に切り替える。
しかしカメラが壊れてしまったのか、接続はできなかった。
用がなくなり、恭也は個室から出た。
外からは、生徒達の悲鳴や戸惑いの声が聞こえてきた。
【お疲れ様♪】
背後からの甘美な声に、恭也は振り向いた。
そこに立っていたのは、妖艶な笑みを浮かべている万桜だった。
「……見てたの?」
【まぁね♪ところで、良かったの?滝川君、親友なんでしょう?】
恭也は一喜の顔を思い浮かべる。
しかし、すぐにそれを掻き消した。
穏やかな顔をして万桜の目を見て話し始める。
「いいんだ。君のためにやったことに後悔はないよ。一喜もいずれ、殺すつもりだったし。それにあのままだと、森谷さん達教室から出て行きそうだったから」
【あなたは、本当に私のことが好きなのね】
「うん。好きだよ万桜。君の全てが」
【何度も聞いたわ】
「何度でも言うよ。それに、君が死んだのは、僕のせいでもあるから……」
恭也は暗い口調でそう言った。
万桜もまた、無表情になる。
少し目を瞑った後いつもの微笑みを取り戻し、恭也の肩に手を置いた。
【これからも、頑張ってね】
万桜は恭也の耳元にそう呟いた。
それから入り口の方に歩いて行き、煙のように消えていった。




