15.仕込まれた話 前編
休日が明け、再び月曜日。
里桜はモヤモヤした気分で教室に入る。
先週土曜日、クラスメイトの室田純が肉叩きを持った男に襲われている場面に出会した。
里桜は自ら囮となって純を逃がした。
しかし、純は逃がしたっきり行方が解らなくなった。
連絡先を知らないため、この日に安否を確かめるしかなかった。
「里桜!おはよう!」
朱莉が教室に入ってきた。
人懐っこい笑みを浮かべ、里桜の背中を叩く。
「朱莉、おはよう……」
「おはよう!遊園地楽しかったな!また行こな!」
「そうだね…」
「ん?里桜どないしたん?朝から元気ないなぁ?何か考え事?」
「あぁ、……あのさ、室田って奴に会ってない?」
「室田?純がどうかしたん?」
「いや、ちょっと気になってさ……」
「ふ~ん。……純は今日見てへんなぁ……」
何となく、里桜は遊園地に行った後に起きたことは黙っておくことにした。
朱莉は不思議そうに教室を見渡している。
それから何か解ったようで、ニヤニヤして里桜に顔を向けた。
「里桜、もしかして、純のこと好きなん?」
「いやそういう訳じゃないから」
「しっ…塩対応……」
素っ気なく冷淡な返事に、朱莉は苦笑いをする。
その後、担任の若山が入室してきてホームルームが始まった。
結局、純が学校に来ることはなかった。
昼休み。
里桜は菓子パンを齧りながら、教室の様子を窺った。
今日の欠席は14人。
その分教室では、空いている席が多かった。
学食等に出掛けている者もいて、それが余計に目立っている。
「里桜も気になる~?ホントに今日休み多いよね~」
日和はのんびりそう呟きながら、棒状のスナック菓子を口に入れる。
「何か心配やなぁ。栄太、早苗……卓や鳴海もしばらく学校来てへんし。……一回先生に問いただしてみるかな……」
欠席の生徒が心配なのか、朱莉は眉を潜めていた。
3人は現在、机をくっつけ合って食事をしている。
とはいえ、表情はバラバラである。
純の安否が心配な里桜や違和感を覚えている朱莉に対し、日和は特に何も気にしていない様子だった。
「まぁまぁ2人とも。考えてもしょうがないよ。ほら、食べな食べな」
日和は鞄からポテトチップスを取り出した。
袋を破り、皿状にして机の真ん中に置く。
「日和は呑気やね」
「あたし考えるの苦手だし~」
「あはは…。ほんまに昔から変わらんなぁ」
朱莉はいつもの明るさを取り戻し、ポテトチップスを取って口に入れる。
里桜は朱莉の発言に気になるところがあり、首を傾げた。
「昔から?」
「うん。日和とは幼稚園の時から一緒やねん。ようは幼馴染みやね」
「そうそう♪」
「へぇ……。そんなに前から……」
朱莉と日和は互いに見つめ合って笑う。
里桜は思わずそこに、自分と万桜の姿を重ね合わせた。
万桜が生きていれば、こんな風に笑い合う日があったと考えると、何となく2人のことが羨ましく思えた。
「おい里桜ォ!!」
突然教室に怒号が響く。
その場に居た生徒達の視線は、声の主に向けられた。
名前を出された里桜も、反射的に入り口に顔を向ける。
そこには今日欠席の筈の雄大が立っていた。
「雄大…?今日休みだったんじゃ……」
「テメェ最近付き合いわりぃんだよ!ちょっと付き合えや!」
「待って……痛っ……!」
雄大は里桜の腕を無理矢理引っ張って立たせた。
そのまま教室の外に向かおうとする。
「ちょっと待って!里桜をどこに連れてく気なん!?」
居ても立ってもいられなくなった朱莉が、雄大を止めようと試みる。
「あァ?どこだっていいだろうがよ!」
雄大は怒鳴り、近くにあった机を蹴り上げた。
派手な音を立て、机が倒れる。
朱莉は体を震わせる。
雄大に気圧され、動けなくなってしまっていた。
「解った!解ったから雄大!言うこと聞くからやめて!」
このままでは朱莉と日和はにも危険が及ぶと感じ、里桜は雄大を止めに入った。
「最初から言うこと聞いてりゃいいんだよ。ほら行くぞ!」
雄大は里桜を引っ張り、出て行った。
2人が去った後も、教室は沈黙に包まれている。
「朱莉、大丈夫?」
心配した日和が、朱莉に声をかける。
朱莉は机に手を置き、苦笑する。
「あはは、大丈夫やで。ウチ、ちょっと2人のこと追いかけてくるわ」
「えっ?……危なくない……?」
「せやな。せやけど、里桜のこと心配やから。日和はそこで待っとって」
「うっ……うん。……朱莉、絶対生きて帰ってきてよ!」
「そんな軍人みたいに…。大丈夫。最悪先生を頼るから。里桜も連れて無事に帰ってくるからな。そんじゃあまた後でな」
朱莉は日和に手を振り、里桜と雄大の後を追いかけた。
これが日和との最後の会話になるとも知らずに。
「ッ……!」
里桜は校舎裏に連れて来られ、雄大に突き飛ばされた。
「おい、俺らのことほったらかしてあんな女共と遊んでんのかよ?」
雄大は倒れた里桜の髪を掴み、乱暴に顔を寄せる。
里桜は雄大を睨んだ。
これが今できる、せめてもの抵抗だった。
力で雄大に敵う筈がない。
「はっ!何だよその目ェ!」
雄大は里桜を嘲笑い、余った方の手で首を掴む。
「付き合い悪くなっただけじゃなく、ちょっと生意気になったんじゃねェか?前は無気力で簡単にヤらせてくれたお前がよォ!」
そう言いながら、雄大は里桜を無理矢理立たせた。
それから、彼女の左頬を撲つ。
殴られた里桜は、再び地面に倒れた。
「んっ……うぅ……」
「ハハッ。マジで表情豊かになったじゃねェか」
苦悶の表情を浮かべる里桜を、雄大は煽る。
左頬を庇いながら里桜は起ち上がり、雄大を睨み付けた。
「言いたいことはそれだけ?」
「はァ?」
「今のこと黙っててあげるから。それじゃあね」
これ以上は相手にしたくはない。
里桜は雄大に背を向け、校舎裏を去ろうとした。
「おい待てやコラァ!!!」
雄大は怒り、早足で里桜に近づいた。
里桜に追いつくと、制服の後ろ襟を掴み、元いた場所に引き倒す。
「用はまだ済んでねェんだよ!」
「……何?」
里桜は再び雄大を睨む。
その反抗的な目が気に入らなかったようで、雄大は倒れた里桜の胸倉を掴んだ。
「お前がまともに学校来るようになってからだっけなァ?信吾と竜平、勇二が消えたのは!」
「えっ……?」
予想外のことを聞かれ、里桜は呆気に取られる。
その雄大達と連むのをやめてからしばらく会ってなく、3人ともサボりかと思っていた。
しかし、雄大の発言からすると、そうではないらしい。
「信吾と竜平はあの夜、袋被った変な奴らに襲われたっきり行方不明だ!テメェそいつらについて何か知ってんだろ!?」
「袋?……何のこと?」
「勇二とだって連絡着かねェんだよ!お前が何かしたんだろ!!」
「だから、知らないって!」
身に覚えのないことを言われ、里桜は困惑する。
何があったのかは知らないが、全て里桜のせいだと思っているらしい。
「知らねェわけねェだろ!」
「本当に知らないから!」
「信吾達だけじゃねェぞ!萌花とだって連絡着かねェんだ!」
「……萌花」
最後に見た萌花の姿が、里桜の脳内に映し出された。
何かに怯えたような表情。
震える体。
突如驚き、繁華街へ走り去る姿。
朱莉が遊園地に誘ってくれたお陰で一時的に忘れられたが、今でも鮮明に覚えている。
急いで追いかけた後に見つけた、あの血溜まりも。
「テメェやっぱ知ってんだろ!!」
「萌花……萌花は…………」
「信吾達のこと知ってんだろ!?あァ!?オラ早く言えやコラァ!!」
雄大は里桜の首を締め上げる。
「言えや!何したのか!!信吾も竜平も勇二も萌花もテメェのせいでいなくなったんだろ!!」
「離…して………しっ………死ぬ………!!」
このままでは窒息させられてしまう。
死を予感した里桜は、本能に従って暴れた。
しかし雄大の力は強く、全く離れない。
(話が通じない!ヤバい…!殺される………!)
息苦しさで、意識が朦朧としてくる。
次第に力も入らなくなってきた。
女子高生絞殺事件として自分が新聞に載る未来を想像してしまう程、死が近づいてきていることが解った。
しかし……。
(死ぬ………。いや、……それも悪くないかな……)
そう思ってしまう程頭がボーッとしてきていた。
もはや雄大の罵声も、気にならない。
だんだんと生への執着も無くなってきた。
自分が死んでも、どうせ家族は悲しまない。
それに死ねばまた、万桜に会える気がしていた。
万桜に会えたら、助けられなかったことを謝ろう。
あの世で万桜と会った時のことで、頭がいっぱいになった。
“ゴッ!”
「う”っ!」
突然鈍い音が響き、雄大の短い呻き声も聞こえた。
それから何故か、雄大の体が里桜に覆い被さるように倒れる。
手も里桜の首から離れていた。
「えっ……?」
里桜は妄想から現実に引き戻された。
状況を把握しようと、雄大の下から抜け出す。
「……はっ?」
近くには掃除の時に使う金属製のバケツが転がっており、水が零れたのか、地面が濡れていた。
不審に思いつつ、雄大の方にも目を向けてみた。
「ゆっ……雄大………?」
呼び掛けてみても返事はない。
バケツと濡れた地面から最悪な事態を想像してしまう。
里桜は恐る恐る、雄大の体を仰向けにした。
「ひっ……!」
里桜は反射的に雄大から離れた。
彼は目を見開いたおり、口元からは舌がだらりと垂れ、泡が出ていた。
体もピクピクと痙攣している。
そんな姿を見て、里桜は声を出せずにいた。
「里桜!!」
そこへ、朱莉が慌てた様子で駆け寄ってきた。
里桜を気遣うように、抱き寄せる。
「里桜、大丈夫!?」
「朱莉……」
「……雄大、どないしたん?」
「解んない……。気づいたら…こうなってた………」
朱莉は里桜と雄大、それから周囲を見回し、状況を把握した。
そんな中、ふと目線を上げる。
3階の男子トイレの窓が開いていた。
朱莉はそこを怪しみつつ、里桜をゆっくりと起こした。
「雄大は先生達に任せるとして、里桜、保健室行って休もう。顔色悪いで。な?」
「………うん」
朱莉は弱々しく応える里桜の手を優しく引き、まずは保健室に向かおうとした。
するとその時………。
“ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!”
突如として、耳を劈くような爆発音が鳴り響いた。
「なっ…何!?」
朱莉は校舎を見た。
2年3組の教室がある辺りから、黒い煙が上がっていた。
後編あります。




