14.眩ます話
“バァン!!”
夜道に破裂するような音が鳴り響く。
男が振りかざした肉叩きを、里桜が袋で上手くガードした。
「反応いいねぇ!若いっていいねぇ!」
そう言いながら、男は肉叩きを振り回す。
里桜はそれに併せ、袋を盾にして防いでいく。
「でもちょっと鬱陶しいねぇ!」
男は肉叩きを左手に移すと、里桜が持つ袋を掴んだ。
奪われてはならないと、里桜も必死になって抵抗する。
「離そうねぇ!それ離そうねぇ!邪魔なんだよねぇ!」
「ッ!?」
男は里桜の腹部に蹴りを入れた。
不意を突かれた里桜は、そのまま蹴り飛ばされる。
地面に尻餅を着くも、すぐに立ち上がった。
男が奪った袋を投げ捨てるのが見えた。
「いいねぇいいねぇ!もう盾にできるもの無さそうだねぇ!」
「……アタシさぁ、今日友達と遊園地に行って来たんだ。それで、久々に楽しい思いができたんだ……」
「楽しそうだねぇ!それでどうしたのかなぁ!?」
「だからさぁ、…今日一日楽しいままで終わらせてほしかったんだよ!台無しにすんなよ変態おやじ!」
里桜は男を怒鳴りつけた。
男は不敵な笑みを浮かべる。
「いいねぇいいねぇ。活きが良いのは良いことだよぉ。でも、女の子がそんなに口が悪いのは良くないよぉ」
「人を殴ろうとする方が悪質でしょ!」
「だって若い子の肉は特別柔らかいんだよねぇ!さっきの太っちょの子まではいかないかもだけどね!君のタンもカシラもモモもバラも上質そうだねぇ!」
「ッ!?」
男は部位の名前を言う度に、里桜の身体の中でそれに該当する箇所を舐るように見た。
里桜は寒気を感じつつ、ポケットからスマホを取り出した。
「おじさんそれは困っちゃうねぇ!」
通報されると思ったのか、男は肉叩きを振り上げ、里桜目掛けて突進してきた。
「ッ!!」
里桜は素早く指を動かし、スマホのライトを起動させた。
薄暗い中眩しく輝く光を、男の顔に向ける。
眩い光が男の目に当たった。
「う”ぅ”っ!」
男は反射的に、片腕で両目を覆った。
混乱しているのか、その状態のまま肉叩きを滅茶苦茶に振り回す。
里桜はその間に先程男に投げ捨てられた袋を拾い、全力で駆けだした。
「はぁ……はぁ………。眩しいねぇ。眩しかったねぇ………」
目眩ましが解けた男は、片腕を離して目を開ける。
しかし時既に遅く、そこには里桜の姿は無かった。
「ゼェ……ゼェ…………」
橋の上まで逃げてきた純は、手摺りにもたれ掛かって休んでいた。
脚がパンパンで、膝が重い。
しばらく走れそうになかった。
「ゼェ……ゼェ………きっ………キツすぎる……。………てか………あいつ、大丈夫………なのか………?……俺の…………せいで………」
純は走ってきた方を見た。
道は暗く、誰かがいる様子もない。
里桜が囮になってくれたと考えると、罪悪感が込み上げてきた。
「あれ?室田君?」
「ヒィ!!」
純は来た道とは反対方向からした声に驚く。
そこに立っていたのは、恭也だった。
人の良さそうな笑みを浮かべている。
「何だ矢野口かぁ…。驚かすなよ~」
「フフフ。ごめんね」
純は脱力し、橋の手摺りに突っ伏した。
「こんな時間にどうしたの?何だか辛そうだよ?」
「いや、それがなぁ……。頭おかしい男に追いかけられてな、それで、九重に助けてもらって、……逃げてきたんだ………」
「九重さんに?」
「そうなんだよぉ……。あいつ、俺を助けるために囮になってくれたんだよぉ……」
「凄いね九重さん。勇気あるなぁ」
「あいつ無事かなぁ?怖ぇけど気になるんだよな……」
「そうだね~。でも、君はもう九重さんの安否なんて、知る必要はないよ」
「え?……ッ!!?」
恭也は突然、純の両足を持ち上げた。
橋の手摺りが支点となっており、体重が重い純でも簡単に持ち上がった。
純の顔が、川の方に向く。
「ちょっ、ちょっと待てよ!お前何すんだよ!」
「じゃあね。室田君」
先程とは違って恭也は無表情で、声も冷たかった。
純の両足を限界まで上げ、前に突き出す。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああ───!!!」
純は川に真っ逆さまに落ちていった。
“ドボン”と大きな音が鳴り、激しく水が飛び散る。
恭也は川に背を向け、橋の手摺りにもたれ掛かった。
(上手く溺死してくれるといいな……)
恭也は溜息を吐き、橋から立ち去ろうとした。
その時………。
「あっ、恭也!」
「?」
恭也の体が、ピクリと反応する。
向かい側に、里桜の姿があった。
息を荒くしながら、恭也の方に駆け寄ってきた。
「九重さん……。どうしたの?こんな暗い時間に」
「まぁ、……いろいろあってさぁ……。……それより、室田見てない?こっちに逃げてきたと思うんだけど……」
「さぁ?見てないけど……」
「ホントに?」
「うん」
「そうか……。あいつちゃんと逃げたのかな…………」
里桜は頭を掻き、川の方を見つめた。
恭也は苦笑し、話を逸らしにかかる。
「きっと月曜日、また会えるよ。だから今日はもう帰った方がいい」
「……そうだね。………それじゃあ、また」
「うん、また学校でね」
里桜は来た道を引き返していく。
その背中を見送り、恭也は反対方向に歩き出した。
(見られてはなさそうだな……。できれば九重さんは殺したくないんだよなぁ……)
恭也はスマホを起動させる。
「………君の、友達だからね」
恭也のスマホの画面には、万桜が映っていた。




