12.正夢の話
「……は?」
出席番号23番沼井孝は、暗い廊下にいた。
そこが自分が住んでいるアパートであると気づくのに、そこまで時間は掛からなかった。
廊下に付いている窓から、外の様子を窺ってみる。
真っ暗で、何も見えなかった。
「夜か……」
孝は目を擦る。
服装は部屋着。
寝ぼけて外に出てしまったようだった。
「うぅ~ん……もしかして俺、夢遊病とかじゃないよな?……つーか、廊下暗っ!」
孝が住むアパートは防犯のためか、夜間はいつも廊下の電灯が点いている。
しかし今は、一つも点いていなかった。
「電灯古くなったのか?……まぁいいか」
自分の部屋に戻るのに、電灯の有無は関係無かった。
目も部屋の番号が解る程度には、暗闇に慣れている。
孝は自分の部屋のドアノブに触れた。
「……ん?」
その時、孝は廊下の奥に人影があるのに気づいた。
太った女性のようだった。
人影はゆっくりと孝の方に迫ってくる。
(うわっ!……何かやべぇ!)
危機感を覚えた孝は、急いで自分の部屋に入ろうとした。
「………はっ?あれっ?」
しかし、ドアが開かない。
何度引いても開くことがなかった。
「何で!何で開かないんだよ!」
開けようとしている間も、人影はどんどん近づいてくる。
次第に焦りが募っていった。
「ヤバイって!ヤバイヤバイヤバイ!」
孝はガチャガチャとドアノブを鳴らし続ける。
………やがて、すぐ横からただならぬ気配を感じた。
孝はゆっくりと、顔を横に向けた。
そこには───────
「うわぁあああ!!!」
孝は叫び声を上げて、布団から飛び起きた。
体から夥しい量の汗が流れる。
周りを見回すと、間違いなく自分の部屋だった。
どうやら悪い夢を見ていたようだった。
「チッ、……何なんだよいったい」
孝は深く溜息を吐いた。
時刻は朝の10時。
里桜は遊園地の門の近くの壁に寄り掛かり、スマホをいじっていた。
既に開園しており、里桜と同年代の少年少女達や家族連れが次々と入園していく。
中でもはしゃぐ子供達の様子を、里桜は横目で眺めていた。
「里桜!お待たせ~!」
しばらくして、朱莉が走ってきた。
シャツの上にカーディガンを羽織り、フレスカートにローファーを履き、いつものサイドテールを下ろしてベレー帽を被っている。
里桜はそんな朱莉の姿に見蕩れていた。
「………」
「ん?どしたん?」
「いや、いつもと雰囲気違うなって………」
「えへへ。お洒落やろ~?てか、それなら里桜もやで?」
「えっ?」
里桜は黒いキャップに、スウェットにスキニーパンツ、スニーカーといった、ボーイッシュなファッションをしている。
ショートヘアーをポニーテールにしている。
「ええやん!格好ええやん!」
「あっ、ありがとう……」
里桜は戸惑いつつも礼を言った。
頬がむず痒い。
「それじゃあ早速入ろうや。チケット、しゃんと持ってきよった?」
「持ってきてるよ」
「よ~~し!それじゃあ今日は楽しむで~!」
朱莉は里桜の手を引いて入り口に向かう。
今日一日、朱莉に振り回されることになるだろう。
とはいえ里桜は、それはそれで良い気がしていた。
シャワーを浴びた後、孝は私服に着替えた。
それからショルダーバッグに財布諸々を入れていく。
「はぁ……。休日なのにバイトとかだりぃなぁ……」
孝は実家を離れ、このアパートで一人暮らしをしている。
仕送りは貰っているが、一緒に連んだり友人もいないため、暇潰し感覚でアルバイトを始めた。
とはいえ、慣れてくると怠いものだと最近思い始めている。
「まぁでも辞めるのもなぁ。店長も先輩達も優しいし」
グチグチと独り言を零しながらも、孝は玄関に向かう。
それからスニーカーを履いて外に出て、ドアに鍵を掛けた。
「……ん?何か暗くね?」
ふと孝は天井を見上げた。
廊下の電灯が消えていた。
このアパートは昼でも廊下が薄暗いため、電灯が点いている筈なのだ。
しかし今は点いていない。
「……まぁ、そういうこともあるのか」
特に気にせず、孝は階段に向かおうとした。
「……はっ?」
階段側の廊下に、人影があった。
いや、昼間であるお陰か、影の正体がはっきり見えた。
それは太った女性のようだった。
(………ちょっと待て)
その女性の姿に、孝は見覚えがあった。
先程見た夢に出てきた女性そのものだった。
女性はゆっくりと孝の方に迫ってくる。
(待て待て待て!何だよこれ!夢じゃねぇよな!?)
危機感を覚えた孝は、鍵を開け、部屋に戻ろうとした。
しかし、ドアは開かなかった。
ガチャガチャと必死にドアノブを引く。
何度足掻いても無駄だった。
その間も、女性は徐々に距離を詰めてくる。
(これあの夢の通りになるんじゃねぇか!ヤバい!マジでヤバい!)
これ以上やってもドアは開かないと予想した孝は、向かいの部屋のドアを叩き始めた。
「すいません!開けてください!ホントヤバいんです!開けてください!」
加減を考えずに思い切り叩き続け、拳が傷ついていく。
骨も折れているかもしれない。
しかしそんな痛みも気にならぬ程、恐怖の方が勝っていた。
“ガチャッ”
鍵が開く音がした。
それからゆっくりとドアが開かれる。
「はっ!早く!早く!」
ドアが開き切るのを待ちきれず、孝は無理矢理残りを開いた。
「…………はっ?」
孝は絶句した。
その部屋から出てきたのは、孝に迫ってくる女性とまったく同じ者だった。
こうして真っ正面から見ると、容姿がよく見えた。
女性は白いワンピースを着ており、肌は白く、水でふやけているようになっており、肥っている。
髪も濡れていて、脂肪が付いた顔で不気味に笑っている。
「はっ!?……あっ!?……なっ、……何で……!!!」
孝は素早く後退り、後ろのドアに背中を打ちつける。
ふと横を見ると、廊下の方から近づいてきていた女性が、顔を近づけていた。
ドアから出てきた女性も、顔を近づけてくる。
2人とも、顔も体形も、全く一緒だった。
「待って!何!?何なのアンタら!!」
すっかり怯えきっている孝。
そんな彼の頭と肩を、女性2人は両側から掴んだ。
それから、強く引っ張り始める。
物凄い力だった。
「いででででででて!痛い痛い痛い痛い!!!」
2人の女性は、孝を取り合っているように見えた。
両者はさらに手に力を込め、爪を食い込ませる。
肉がミシミシと音を立てる。
「やめろ!………やめろぉおおおおお!!」
それが孝の最期の言葉だった。
2人の女性は、彼を文字通り真っ二つにした。
血が噴水のように湧き出る。
どこにでもあるアパートの廊下が赤く染まった。
「つっ……疲れた………」
園内のフードコートの一席で、里桜はテーブルに頬を付けて座っていた。
入園して早々、朱莉はジェットコースター等の絶叫系のアトラクションばかり選び、里桜を振り回した。
朱莉はピンピンしているものの、里桜はこうしてぐったりしている。
「お待たせ~!ご飯持ってきたで~!待ちに待ったランチタイムや!」
朱莉が食べ物をトレイに乗せて戻ってきた。
フライドポテト、ホットドッグ、チキンナゲット、チーズハットグ、チュロス、グレープジュース。
テーマパークによくあるジャンクフードだ。
「いっぱい買ってきたね」
「これくらいあった方がええやん?それじゃ早速食べようや!いただきま~す!」
朱莉は手を合わせると、早速ホットドッグに齧りついた。
里桜もフライドポテトを口に入れる。
(あっ、美味しい)
カリカリした歯応えも癖になる。
丁度良い塩加減も食欲をそそった。
里桜はその後、何度もフライドポテトを口に入れた。
「美味しそうに食べるなぁ。里桜ってフライドポテト好きなん?」
「うん、まぁ……。美味しいから」
「ほんま?ウチにも頂~戴♪」
そう言いながら朱莉はフライドポテトを口に入れ、幸せそうに笑った。
そんな様子を見て、里桜も笑みを零す。
「ん?どうしたん?」
「いや、何でも。……朱莉、今日はありがとう」
「いやいやこちらこそ~♪一緒に遊んでくれてありがとな~♪」
「うん。でも、午後は絶叫系はもう、いいかな」
「そっか。それじゃお化け屋敷行かへん?」
「うっ……。……まぁ、いいや」
里桜は苦笑いをする。
けれど、この時ばかりは辛いことを忘れられた。
沼井孝
クラスにあまり馴染めていない。




