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八百万 怨念  作者: マー・TY
14/70

12.正夢の話

「……は?」 


 出席番号23番沼井孝は、暗い廊下にいた。

 そこが自分が住んでいるアパートであると気づくのに、そこまで時間は掛からなかった。

 廊下に付いている窓から、外の様子を窺ってみる。

 真っ暗で、何も見えなかった。


「夜か……」


 孝は目を擦る。

 服装は部屋着。

 寝ぼけて外に出てしまったようだった。


「うぅ~ん……もしかして俺、夢遊病とかじゃないよな?……つーか、廊下暗っ!」


 孝が住むアパートは防犯のためか、夜間はいつも廊下の電灯が点いている。

 しかし今は、一つも点いていなかった。


「電灯古くなったのか?……まぁいいか」


 自分の部屋に戻るのに、電灯の有無は関係無かった。

 目も部屋の番号が解る程度には、暗闇に慣れている。

 孝は自分の部屋のドアノブに触れた。


「……ん?」


 その時、孝は廊下の奥に人影があるのに気づいた。

 太った女性のようだった。

 人影はゆっくりと孝の方に迫ってくる。


(うわっ!……何かやべぇ!)


 危機感を覚えた孝は、急いで自分の部屋に入ろうとした。

 

「………はっ?あれっ?」


 しかし、ドアが開かない。

 何度引いても開くことがなかった。


「何で!何で開かないんだよ!」


 開けようとしている間も、人影はどんどん近づいてくる。

 次第に焦りが募っていった。


「ヤバイって!ヤバイヤバイヤバイ!」


 孝はガチャガチャとドアノブを鳴らし続ける。

 ………やがて、すぐ横からただならぬ気配を感じた。

 孝はゆっくりと、顔を横に向けた。

 そこには───────


「うわぁあああ!!!」


 孝は叫び声を上げて、布団から飛び起きた。

 体から夥しい量の汗が流れる。

 周りを見回すと、間違いなく自分の部屋だった。

 どうやら悪い夢を見ていたようだった。


「チッ、……何なんだよいったい」


 孝は深く溜息を吐いた。




 時刻は朝の10時。

 里桜は遊園地の門の近くの壁に寄り掛かり、スマホをいじっていた。

 既に開園しており、里桜と同年代の少年少女達や家族連れが次々と入園していく。

 中でもはしゃぐ子供達の様子を、里桜は横目で眺めていた。


「里桜!お待たせ~!」


 しばらくして、朱莉が走ってきた。

 シャツの上にカーディガンを羽織り、フレスカートにローファーを履き、いつものサイドテールを下ろしてベレー帽を被っている。

 里桜はそんな朱莉の姿に見蕩れていた。

 

「………」


「ん?どしたん?」


「いや、いつもと雰囲気違うなって………」


「えへへ。お洒落やろ~?てか、それなら里桜もやで?」


「えっ?」


 里桜は黒いキャップに、スウェットにスキニーパンツ、スニーカーといった、ボーイッシュなファッションをしている。

 ショートヘアーをポニーテールにしている。


「ええやん!格好ええやん!」


「あっ、ありがとう……」


 里桜は戸惑いつつも礼を言った。

 頬がむず痒い。


「それじゃあ早速入ろうや。チケット、しゃんと持ってきよった?」


「持ってきてるよ」


「よ~~し!それじゃあ今日は楽しむで~!」


 朱莉は里桜の手を引いて入り口に向かう。

 今日一日、朱莉に振り回されることになるだろう。

 とはいえ里桜は、それはそれで良い気がしていた。




 シャワーを浴びた後、孝は私服に着替えた。

 それからショルダーバッグに財布諸々を入れていく。


「はぁ……。休日なのにバイトとかだりぃなぁ……」


 孝は実家を離れ、このアパートで一人暮らしをしている。

 仕送りは貰っているが、一緒に連んだり友人もいないため、暇潰し感覚でアルバイトを始めた。

 とはいえ、慣れてくると怠いものだと最近思い始めている。


「まぁでも辞めるのもなぁ。店長も先輩達も優しいし」


 グチグチと独り言を零しながらも、孝は玄関に向かう。

 それからスニーカーを履いて外に出て、ドアに鍵を掛けた。

 

「……ん?何か暗くね?」


 ふと孝は天井を見上げた。

 廊下の電灯が消えていた。

 このアパートは昼でも廊下が薄暗いため、電灯が点いている筈なのだ。

 しかし今は点いていない。

 

「……まぁ、そういうこともあるのか」


 特に気にせず、孝は階段に向かおうとした。

 

「……はっ?」


 階段側の廊下に、人影があった。

 いや、昼間であるお陰か、影の正体がはっきり見えた。

 それは太った女性のようだった。


(………ちょっと待て)


 その女性の姿に、孝は見覚えがあった。

 先程見た夢に出てきた女性そのものだった。

 女性はゆっくりと孝の方に迫ってくる。

 

(待て待て待て!何だよこれ!夢じゃねぇよな!?)


 危機感を覚えた孝は、鍵を開け、部屋に戻ろうとした。

 しかし、ドアは開かなかった。

 ガチャガチャと必死にドアノブを引く。

 何度足掻いても無駄だった。

 その間も、女性は徐々に距離を詰めてくる。


(これあの夢の通りになるんじゃねぇか!ヤバい!マジでヤバい!)


 これ以上やってもドアは開かないと予想した孝は、向かいの部屋のドアを叩き始めた。


「すいません!開けてください!ホントヤバいんです!開けてください!」


 加減を考えずに思い切り叩き続け、拳が傷ついていく。

 骨も折れているかもしれない。

 しかしそんな痛みも気にならぬ程、恐怖の方が勝っていた。

 

“ガチャッ”


 鍵が開く音がした。

 それからゆっくりとドアが開かれる。


「はっ!早く!早く!」


 ドアが開き切るのを待ちきれず、孝は無理矢理残りを開いた。


「…………はっ?」


 孝は絶句した。

 その部屋から出てきたのは、孝に迫ってくる女性とまったく同じ者だった。

 こうして真っ正面から見ると、容姿がよく見えた。

 女性は白いワンピースを着ており、肌は白く、水でふやけているようになっており、肥っている。

 髪も濡れていて、脂肪が付いた顔で不気味に笑っている。

 

「はっ!?……あっ!?……なっ、……何で……!!!」


 孝は素早く後退り、後ろのドアに背中を打ちつける。

 ふと横を見ると、廊下の方から近づいてきていた女性が、顔を近づけていた。

 ドアから出てきた女性も、顔を近づけてくる。

 2人とも、顔も体形も、全く一緒だった。


「待って!何!?何なのアンタら!!」


 すっかり怯えきっている孝。

 そんな彼の頭と肩を、女性2人は両側から掴んだ。

 それから、強く引っ張り始める。

 物凄い力だった。


「いででででででて!痛い痛い痛い痛い!!!」


 2人の女性は、孝を取り合っているように見えた。

 両者はさらに手に力を込め、爪を食い込ませる。

 肉がミシミシと音を立てる。


「やめろ!………やめろぉおおおおお!!」


 それが孝の最期の言葉だった。

 2人の女性は、彼を文字通り真っ二つにした。

 血が噴水のように湧き出る。

 どこにでもあるアパートの廊下が赤く染まった。




「つっ……疲れた………」


 園内のフードコートの一席で、里桜はテーブルに頬を付けて座っていた。

 入園して早々、朱莉はジェットコースター等の絶叫系のアトラクションばかり選び、里桜を振り回した。

 朱莉はピンピンしているものの、里桜はこうしてぐったりしている。

 

「お待たせ~!ご飯持ってきたで~!待ちに待ったランチタイムや!」


 朱莉が食べ物をトレイに乗せて戻ってきた。

 フライドポテト、ホットドッグ、チキンナゲット、チーズハットグ、チュロス、グレープジュース。

 テーマパークによくあるジャンクフードだ。


「いっぱい買ってきたね」


「これくらいあった方がええやん?それじゃ早速食べようや!いただきま~す!」


 朱莉は手を合わせると、早速ホットドッグに齧りついた。

 里桜もフライドポテトを口に入れる。

 

(あっ、美味しい)


 カリカリした歯応えも癖になる。

 丁度良い塩加減も食欲をそそった。

 里桜はその後、何度もフライドポテトを口に入れた。


「美味しそうに食べるなぁ。里桜ってフライドポテト好きなん?」


「うん、まぁ……。美味しいから」


「ほんま?ウチにも頂~戴♪」


 そう言いながら朱莉はフライドポテトを口に入れ、幸せそうに笑った。

 そんな様子を見て、里桜も笑みを零す。


「ん?どうしたん?」


「いや、何でも。……朱莉、今日はありがとう」


「いやいやこちらこそ~♪一緒に遊んでくれてありがとな~♪」


「うん。でも、午後は絶叫系はもう、いいかな」


「そっか。それじゃお化け屋敷行かへん?」


「うっ……。……まぁ、いいや」


 里桜は苦笑いをする。

 けれど、この時ばかりは辛いことを忘れられた。

沼井孝ぬまいたかし

クラスにあまり馴染めていない。

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