10.血溜まりの話
【フフフ。久しぶり?いやでも、あなたは私のこと覚えてないかしら?】
萌花は呆気に取られて動けなくなっていた。
目の前で親しげに話す少女、三日月万桜。
彼女は事故で亡くなった。
しかしこうして今、生前と変わらない風貌と制服姿で、萌花の前に現れたのだった。
「何で……アンタが……」
【あっ、私のこと覚えててくれた?嬉しいなぁ……】
「アンタ、死んだ筈でしょ!?」
【うん。死んじゃった】
万桜は坦々と応え、不敵に笑う。
そして、萌花に接近し、腹部を優しく擦った。
「なっ…何よ……!?」
【西村さんって、本当に性行為が好きだよね】
「何よいきなり!」
【そのせいで、一回堕ろしてるよね~?】
「ッ!?」
萌花は反射的に万桜から離れた。
顔からは、血の気が引いている。
「どうして……アンタがそれを………!?」
【う~ん。……西村さんのお腹の中から、悲しみの感情(?)みたいなのを感じるから。死んじゃってから解るのよね、そういうの】
「悲……しみ………?」
【そう、悲しみ】
万桜は妖艶な笑みを浮かべて言った。
萌花は言葉を失った。
彼女が言ったことは当たっていた。
高校生1年生の頃、一度雄大達と性行為を体験して快感を忘れられなくなった。
それから援助交際を始め、それが日常の一部となった。
気持ち良い思いができる上に、金が手に入る。
そのため、気づけば援助交際を行う生活から抜け出せなくなっていた。
そんなある日のこと。
萌花は、自分が子供を身籠もったことに気づいた。
当然と言うべきか、誰が父親かは解らなかった。
これからのことを考えると、萌花はその子供を産みたいとは思わなかった。
例え産んだとして、親に何と言われるか解らない。
そもそも、子育ても面倒くさく感じていた。
とはいえ、中絶するにも金は懸かる。
そこで萌花は、援助交際の相手に医者がいたことを思い出し、彼に相談をした。
彼は、今後無料で性行為を行うという条件の下、萌花の中絶手術を行った。
子に対しては、特に何の感情抱かなかった。
そのため、堕ろした後も萌花は援助交際を続けるのだった。
【きっと産まれることなく死んじゃった赤ちゃんの念が宿ってるんだろうねぇ。いや、「殺された」の方がいいか】
「なっ、何が悪いのよ!」
【確かに、産むか産まないかはあなたの自由でしょうね。……でも、幸せになるために産まれてくる筈だった赤ちゃんの気持ちはどこに行くのかしら?】
「アンタ……何言って…」
萌花は思わず言葉に詰まる。
赤ん坊の気持ちなど、今まで考えたことがなかった。
そんな時……。
「おぎゃー……おぎゃー…………」
突如聞こえた赤ん坊の声に、萌花は強く反応した。
体が小刻みに震え始める。
【あらら。見つかっちゃったみたいね】
次々と赤ん坊が、万桜の足元を通っていく。
2人が立つ路地裏に6人の赤ん坊が入り、萌花を追い詰めるような形で並んだ。
背中が折れ曲がった子と、首が曲がった子がいる。
6人とも萌花が出逢った赤ん坊で間違いないようだ。
万桜はまた、不敵な笑みを浮かべる。
【ねぇ西村さん、“七人ミサキ”って知ってる?】
「はぁ?何よそっ………う”っ!!!」
突然腹部が膨らんだと思うと、激しい痛みが走った。
「あ”っ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」
今まで味わったことのない痛みだった。
耐えることが出来ず、萌花は地面に転がりのたうち回った。
その間万桜は萌花の悲鳴も気にせず、話を続けた。
【7人組の妖怪と云われているわ。生きている人間を高熱で取り殺し、殺した人間が元の7人のうち1人と入れ替わるんだって。殺された7人の山伏が怨霊になったとか、落とし穴に落ちた平家の落人とか、海に捨てられた7人の女性とか、正体はいろいろ云われてるけど、現代で興味深い説が生まれたのよね】
万桜は赤ん坊に視線を向けて言った。
【援助交際で妊娠した女子高生達が中絶した後、その赤ちゃん達の怨念が七人ミサキとなり復讐を行うっていう都市伝説】
悲鳴が止み、産声が聞こえてくる。
万桜が視線をやると、そこには横たわって息を荒げて泣く萌花と、へその緒が繋がった一人の赤ん坊がいた。
萌花の脚からは、血が滴り落ちている。
赤ん坊は自らへその緒を千切る。
【あら、産まれちゃったね。出産おめでとう】
「…………なっ……何で…………。何で…………………」
萌花は痛みと異常現象で困惑していた。
中絶をしたのにも関わらず、自分のお腹から赤ん坊が産まれてきてのだ。
もう訳が解らなかった。
【フフフ。本当に不思議よね。……ていうか、そうやって寝てていいの?】
「………えっ?」
萌花は自分が7人の赤ん坊に囲まれていることに気づいた。
「なっ、何よ!?何なのよ!?」
【赤ちゃんにはお母さんが必要ってことじゃない?お乳をいっぱい飲んで、大きくなるんだから♪】
「お母……さんって………!?」
赤ん坊全員が口を大きく開いた。
中から赤黒い手が伸びてくる。
【フフフ♪子育て頑張ってね♪】
「いやぁあああああああああああああああああああ────」
路地裏から萌花の悲鳴が消えるまで、そう長くは掛からなかった。
約10分後。
路地裏には、里桜の姿があった。
「何……これ……………」
里桜はスマホのライトで地面を照らす。
そこにあったのは血溜まりと、血でできた複数の小さな手の跡だった。
血溜まりを指で触れてみると、べったりと血が付いた。
まだ新しかった。
それに、ここに来たときから血の臭いが漂っていた。
「何が起こったの?……萌花と、関係してる………?」
里桜は萌花が怪我をして、どこかに行ったのではないかと考えた。
しかし、あるのは血溜まりだけで、血はどこにも繋がっていない。
況してや手の跡も謎だった。
そもそもこの血の主が萌花かどうかも怪しい。
【優しいわね】
「!?」
風が通り抜けるように、聞き覚えがある声が耳元に響いた。
里桜は振り返ったが、そこには誰もいない。
「……万桜?……………いや、まさかね……」
否定しつつも、頭の中には今朝十海人が言っていたことが浮かんでいた。
その頃、出席番号19番寺窪卓はラジオを流しながら勉強をしていた。
卓は名門大学に合格するため、毎晩こうして勉学に励んでいる。
塾にも通っており、もう既に高校3年生の内容も学習していた。
「………ふぅ、まぁ……こんなところか……」
卓は机上に広げたノートの上に、ペンを放った。
一旦休憩するため、ラジオに耳を傾けた。
静かな状態だと逆に集中ができないため、毎回こうしてラジオを点けている。
丁度一つの番組が終わったところだった。
“ザッ……ザザザザ………”
「ん?」
何の前触れもなく、ラジオから雑音が流れてきた。
「えっ?何だ?」
壊れたのだと思い、卓はラジオに手を伸ばす。
するとそのタイミングで、雑音が消えた。
『─────こんばんは。本日お迎えの方を発表いたします』
女性の声が流れてきた。
冷たく、機械的な調子だった。
「何だこれ………?」
女性はその後、人の名前を読み上げ始めた。
『……赤坂洋介さん。……田口雄哉さん。……江頭瞳さん……』
どれも聞いたことのない名前だった。
とはいえこの不思議な放送が気になり、卓は聞き続けた。
『………吉行鳴海さん』
「……は?」
急に知っている名前が出た。
出席番号38番吉行鳴海は、卓のクラスメイトだ。
『以上です。それ程時間は掛かりませんので、しばしお待ちください』
それからまた雑音が鳴り、知っているラジオ番組の途中に戻った。
「何で吉行の名前が……」
今朝の十海人の件もあり、卓は嫌な雰囲気を感じ取っていた。
寺窪卓
名門大学を目指して猛勉強中。
吉行鳴海
ラジオ番組が好き。




