8.悪態の話
午後6時前。
繁華街は寄り道する学生や帰宅中のサラリーマン等でごった返していた。
その中に、神凪高校の女子生徒3人がいた。
彼女達はいずれも2年3組の生徒だ。
3人広がった状態で、道の真ん中を歩いている。
「そういえばさぁ、今朝の蛇石ヤバくなかった?」
出席番号8番の栗山晶子は、クスクスと笑いながら言った。
「ホントそれ!ヤバかったよね~。乃愛怖かった~」
出席番号34番の明利乃愛は、あざとい仕草を見せながら言葉を返す。
「全くね。陰キャがイキって調子乗んなって話よ」
出席番号12番の白川華絵は不愉快そうに呟く。
3人共、今朝の十海人が起こした行動をよく思っていない。
正確に言えば、十海人自体を毛嫌いしていた。
「あいつたまに一人で不気味に笑ってるし、グロい本見せびらかすみたいに読んでるし。ホントキモいわ~」
「乃愛この間見ちゃったんだけど~、蛇石中庭で笑いながらアリ踏んづけてたよ~。何回も~」
「そんなことしてたの?普通に引くんですけど」
気づけば十海人の気持ち悪さという話題で盛り上がっていた。
3人共、十海人についての目撃談や噂を言い合い、笑い飛ばして消化していく。
その途中で晶子が、話を今朝の出来事に戻した。
「思ったんだけどさぁ、十海人が言ってたこと、本当かな?」
「ん?何が?」
「ほら、万桜が里桜と組んでウチらのクラス呪ってるって話」
「あ~~、それねw」
乃愛は可笑しそうに嗤っている。
どうやら信じていないようだ。
それは華絵も同様だった。
「あんなのイキり陰キャの戯言でしょ。信じる必要無くない?」
「でもさぁ、ウチら万桜に恨まれるようなこと、けっこうやってなかった?」
そう言って心配性の晶子は不安がる。
生前の万桜に、3人共嫌がらせをしていたからだ。
乃愛は少し考え込むような仕草を見せたが、華絵は一蹴した。
「馬鹿ね。あいつが今まであたし達になんかしてきたことあった?何も無かったでしょ。あいつビビりだったからね~。ていうか、こんな話はもういいわ。ほら、あそこで食べてくわよ」
華絵はハンバーガーショップを指差して言った。
今日は3人共外食して帰ることになっている。
晶子と乃愛は頷き、先頭を歩く華絵に続いた。
「いらっしゃいませ~」
明るく、それでいて控えめな挨拶が華絵達を出迎えた。
注文をしようとカウンターに近づいた時、3人は目を見開いた。
「はっ?…里桜………?」
カウンターに立っていたのは里桜だった。
ハンバーガーショップの制服を身に纏い、丁寧な姿勢を取っている。
里桜は貼り付けた笑みを浮かべ、首を傾げる。
「へ~、アンタここでバイトしてたんだ。いつも無表情の癖に、無理して笑顔なんか作っちゃって。今までそうやって男に媚びてたってわけ?」
華絵は苦笑し、憎まれ口を叩いた。
それに対し里桜はいつもの表情に戻り、右手でメニュー表を指した。
「ご注文は何でしょう?お客様」
先程の挨拶と打って変わって、抑揚が無く冷たい声で言う。
全く動じていないように見えた。
華絵達は顔を見合わせて、ひとまず食べたいものを注文をした。
「以上ですね。お持ち帰りですか?」
「いや、食べてく…」
「畏まりました。3点で1700円になります。ポイントカードはお持ちですか?」
「持ってないわよ……」
華絵達は金を出し合い、里桜に渡す。
里桜は金をレジの入金口に入れ、レシートを出した。
「お待たせしました。番号が呼ばれるまでお待ちください」
里桜はレシートを華絵に手渡す。
ここまで終始同じペースを保っていた。
3人はカウンターから離れ、注文をしたものを待った。
「何なのあいつ。面白くない」
「ね~。調子乗ってるよね~」
「うざっ」
華絵は遠くから里桜を睨み付ける。
次の客の相手をしている里桜は、笑顔の仮面を付け直していた。
その頃、勇二は部屋に籠もっていた。
塞ぎ込むような形で座り、左手で頭を抱えている。
そんな彼の悩みの原因は、彼自身の右手の甲にあった。
「何なんだよこれぇ………」
勇二の右手の甲には、男の顔が浮かび上がっていた。
それは口や目を動かすことができ、明らかにただの痣や傷痕ではなかった。
「へははは……。死ねぇ……死にさらせぇ…。お前みたいなモンは生きる価値ねぇんだ……」
顔は話すこともできるようで、勇二が存在に気づいた時から、このように悪態を吐いていた。
黙っている時が一切なく、顔はずっと喋り続けている。
「死ねぇ……へはは……死んじまえよぉ………。この生きる糞溜めがぁ……」
「あ~~~っくそ!うるせぇなぁ!!」
勇二は右手の甲を思い切り床に叩きつけた。
「い”っ!」
激痛を感じ、勇二が床を転がった。
手の顔の鼻からは血が垂れていた。
「痛ぇなぁ……痛ぇだろぉ……。死ねぇ……。そのまま死んじまえぇ………」
「痛ぇ!マジで痛ぇ!……コイツ血ぃ出んのかよ!」
顔の神経は右手と繋がっているらしい。
勇二は右手を庇いながら自室から出た。
他の部屋で救急箱を見つけ出し、中から包帯を取る。
それから急ぎ足で自室に戻った。
「くそぉ……!畜生!」
勇二は包帯を、右手の上に巻いた。
そこに宿っている顔が埋もれ、何も見えなくなった。
包帯に滲み出た血が顔の目印になっている。
「そうやって逃げるのかぁ……。そうやって目を背けるんかぁ……」
「ッ!?」
それでも尚、顔は勇二に呪詛を浴びせ続けた。
包帯を巻かれる前と調子は変わっていない。
ただ、顔が見えなくなるだけに過ぎなかった。
「へははははは……。逃げろ逃げろぉ……。どうせ逃げられないがなぁ……。死ねぇ…。死ねぇ…。死ね死ね死ね死ね死ねぇ…」
「うるせぇ!黙れぇ!!」
勇二は崩れ落ち、両耳を塞いだ。
それでも顔の声は小さくなることはなかった。
白川華絵
気高い女子。万桜に嫌がらせをしていた。
明利乃愛
ぶりっ子。万桜に嫌がらせをしていた。
栗山晶子
華絵の腰巾着。万桜に嫌がらせをしていた。




