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新たな家族

 一頻り泣いたシルヴァとローリアが落ち着いた後、デイヴとスージーは二人を連れて食卓についた。用意された食事からは白い湯気が立ち上り、それをみたシルヴァは、静かな部屋に腹の音を響かせる。


「さあ、早く食べろ」

「あ、ああ」


 微笑をこぼしながらデイヴが言うと、シルヴァは頷いてゆっくりとご飯を食べ始めた。暖かいそれは、シルヴァの心を溶かしていくようだった。鼻を啜り、目元を腕で拭ってさらにそれを口に運んでいく。


「うまいか?」

「……ああ、うまい」


 静かに答えて、シルヴァは食事を続けた。デイヴとスージーは顔を見合わせて笑みを浮かべると、遅れてご飯を食べ始める。ローリアもどこか嬉しそうにその姿を見てから、三人と同様に食事を始めた。

 名前も知らない、ここがどこなのかすらもわからない。しかしシルヴァにとって、そこにいる三人の存在は暖かく、それは暗くなった心を照らす蝋燭のようにも感じられる。一人黙々と食事を続けるシルヴァの周りで、デイヴたちは静かに、何を聞くこともなかった。


 食事を食べ終えた後、スージーが片付けを始めローリアがそれを手伝い始めると、食器がぶつかり合う音が不規則に響き始めた。和やかな空気の漂う部屋の中で、空腹を満たしたシルヴァは横に座るデイヴの顔を覗き込んで恐る恐る問いかける。


「……結局、あんたたちは、誰なんだ?」


 その静かな問いかけに対し、デイヴは思い出したように笑みを浮かべて自らの名前を名乗り始めた。


「俺はデイヴだ、それでここはオルテアの城下町。お前も知ってるだろ?」

「知ってる。……ダミアから一番近い街だって、聞いた」


 確認するように呟くシルヴァに、デイヴは無言で頷く。それを見たのちに、今度はスージーが口を開いた。


「私はスージー。一応、デイヴの妻ね」

「おいおい、一応ってなんだよ」

「冗談よ」


 驚いた様子で尋ねるデイブに、スージーは笑みを浮かべて返事をした。二人のやり取りを見ていたシルヴァも僅かな笑みをこぼしつつ、彼はローリアに視線を向ける。目が合った瞬間、ローリアは一瞬慌てたように目を逸らし、赤らんだ彼女の顔を見たスージーは「あらあら」と声を漏らした。


「まさかローリエ、こいつのことが……」


 ショックを受けたように立ち上がるデイヴだったが、ローリアは怒ったように口を開いた。


「ち、違う! そうじゃなくて……その、髪とか、目とか、すごく綺麗だなって思って」

「確かに、透き通るような白い髪に、真紅の瞳って随分と珍しいわね。ダミアでもあまり見たことないと思うけど……」


 同調するようにスージーが呟くと、ローリアは「でしょ!」と強く頷く。自覚のなかったシルヴァは首を傾げながらも自身の髪を軽く弄り、その様子を見ていたローリアは「そうだ」と思い出したように声をあげた


「自己紹介だったね。私はローリア。今は十二歳。よろしくね……えっと……」


 満面の笑みを浮かべて自己紹介をしたのちに、ローリアは人差し指を顎に当てて考える素ぶりを見せる。その様子に首を傾げながらも、シルヴァはハッとして口を開いた。


「シルヴァ。今は十歳」

「そっか。よろしく、シルヴァ」


 改めて笑みを浮かべるローリアに対し、シルヴァはどこか照れ臭そうに返事をする。続けてデイヴに向き直ったシルヴァは、彼にもう一つ問いかけた。


「どうして、連れてきたんだ?」

「あー、そのことなんだが……」そこまで言うと、デイヴは真剣な表情でシルヴァの方へむきなおり、一息吸って彼に1つの提案をする。「単刀直入に言う。シルヴァ、うちの家族にならないか?」


 シルヴァの問いかけに対し、デイヴは簡潔にそう伝えた。しかししばらくの沈黙ののちに、シルヴァから返ってきたのは、その提案を否定するものだった。


「……いやだ」

「どうして?」


 聞き返したのはローリアだった。デイヴが確認をとったとき、最も喜んでいたのは彼女だったから。期待とは裏腹な答えに戸惑うローリアに対し、シルヴァは淡々と語る。


「みんな死んだのに……それなのに俺だけがこんな……こんな恵まれた環境で生きてて、いいのかな」


 そこにはシルヴァの思いが全て詰め込まれているようだった。枯れた涙はでなくとも、その言葉の一つ一つには、確かな重みがあった。地獄とも呼べるような惨劇を目の当たりにし、目の前で全てを壊されたシルヴァの苦悩が感じられた。


「村の人は正式に埋葬することが決まった。一人一人ってわけにはいかない、まとめてという形にはなるが、ちゃんと墓の下で眠ることになった。シルヴァは悪くない。それなのに、お前が過去に縛られる必要はないんだぞ?」

「それは……そうかもしれないけど……」

「後ろばかり見ずに、前を見据えて判断しろ。それでも嫌ならいい。ただ、その場合は孤児院に預けることになる。そして俺は毎日そこに通ってシルヴァを口説きに行こう」


 そう言うと、デイヴは笑みを浮かべる。そのすぐ側で、ローリアは同調するように「私も」と口を開いた。スージーも面白がるように口を開くと、「それなら私も行こうかしら」と言葉をこぼす。シルヴァは全員の顔を順に見つめてから、呟いた。


「どうしてそこまでして……」

「それだけ本気ってことだよ」


 言ったのはローリアだった。顔をあげれば、全員が優しげに笑みを浮かべている。その暖かさは、まるで本物の家族のようにも感じられた。


「わかった……。わかったけど、そんなすぐには受け入れられない」

「ああ、ゆっくりでいいさ。シルヴァが俺たちを受け入れたとき、その時は俺のことを父さんと呼び、スージーのことを母さんと呼べ。ローリアのことは姉さんと呼べ。それで俺たちは本当の家族だ」


 大きな手が肩に乗る。シルヴァの白髪がわずかに揺れると、それはデイヴの手をくすぐった。スージーとローリアが遅れてシルヴァの元に歩み寄ると、そっと二人で抱きしめる。心の中に僅かな迷いを抱えながらも、今だけは、その温もりに甘えることにした。

 想起されるものは、ダミア村に住んでいた人々の顔ばかりだった。

 

 翌朝。シルヴァはデイヴに叩き起こされるようにして、目を覚ました。


「いつの間に眠ってた?」

「さあな、スージーとローリアに抱かれているうちに眠ってたよ。腹も満たされて、落ち着いたんだろう。とにかく起きろ。朝飯を食べたらすぐ家を出るからな」


 慌ただしいデイヴを目の前にして、シルヴァは首を傾げて問いかけた。


「どこか行くのか?」

「ああ、言っただろ? 村の人を埋葬することが決まったって。だからそこまで案内してやる」

「そうか」


 デイヴの説明を聞いた瞬間、シルヴァは飛び上がって返事をした。急いで朝食を摂り、家族揃って家を出ると、シルヴァは初めて見る街の景色に唖然とした。


「広いな……」

「来たことないか?」

「ああ。初めて来た」

「それじゃあ、案内ついでに軽く説明してやろう」


 自慢げに言うと、デイヴは人差し指を立てて街について語り始めた。

 デイヴらの住むオルテアは、城を中心にして円状に広がっており、四つの区画に分けられ、それぞれ東区、西区、南区、北区とされている。デイヴたちが住むのは北区。騎士たちはその能力に応じて各区に配属されるため、事案が起きた場合はそこに最も近い区に配属された騎士団が処理するということになっている。


 一通りの説明をデイヴが終え、道すがら通りかかる店や公共施設なども紹介していくと、やがて一行は墓地までたどり着いた。墓地の一角には一際大きな墓石が置かれ、その後ろは木材で作られた柵に囲われている。その広さを見たシルヴァは、唖然として声を漏らした。


「一人一人、埋めてくれたのか……?」

「そりゃそうだ。まとめてとは言ったが、流石に一箇所に埋めるのは失礼だからな。北区に住む騎士団も協力して、一人一人埋めた」

「そうか……ありがとう」


 震える声で礼を言うと、デイヴは笑いながら声をかけた。


「おいおい、また泣くんじゃないだろうな。しゃんとしろ。男だろ」

「ああ……」


 必死に涙を堪えるルークの肩を置き、デイヴは言葉を続けた。


「そうそう、一人、女の子がいただろ? 大切そうにしてた」

「ヴィネットか?」

「名前はわからんが、最後に抱えてきた子だ。その子は暮石のすぐ後ろに埋めてあるからな。家族ぐらいは確認して別にしようと思ったんだが、その子以外はほとんどひどい状態だったから、もう一度見せようとは思えなかった。すまんな」

「いや、十分だ。ありがとう。デイヴ」


 精一杯の笑みを浮かべるシルヴァに対して、デイヴも優しくほほえみかえす。その後四人は、暮石の前で左胸に手を当てると、数秒間の黙祷を行った。


「それじゃあ、俺は仕事があるから、シルヴァは帰って風呂にでも入れ」

「ああ、わかった」


 デイヴと別れ、シルヴァはローリア、スージーと共に帰路を歩いた。新たな家族、そして新たな日常を前にして、彼の運命は、また大きく動き始めた。

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