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脅威はいつだって唐突に訪れる

 道を歩き村が見え始めた頃、そこから大きな爆発音とともに、黒煙が上がるのが見えた。遅れてやってくる爆風は、シルヴァとヴィネットの髪を大きく靡かせる。二人は不安げに顔を見合わせ、シルヴァの胸には底知れない焦燥感が漂った。


「急ごう!」

「うん」


 すぐに走り出し、二人は村へ向かった。繋いだ手は、決して離さなかった。離してしまったら、それを失ってしまう気がしたから。

 焦燥感と不安感の中で、シルヴァの脳裏にはシャーロットの言葉が過ぎっていた。


 ——これから先、いくつもの災難が君を襲うだろう。いくつもの大切なものを失うだろう。すくい上げる指の隙間からは、かけがえのないものがたくさんこぼれ落ちていく。脅威はいつだって唐突に訪れる。決して気を抜くな。


 今までの生活から、到底理解にも及ばないその言葉が、シルヴァに想像したくもないものを想像させた。


 息を切らして村に到着したとき、すでにそこは半壊状態となっていた。あたりを見渡しても、血を流す人ばかり。誰一人として、無事なものはいなかった。家が燃え、畑は荒れ果て、逃げ延びた家畜と、殺された家畜。絶望とも呼べる状況で、シルヴァはヴィネットの手を強く握る。

 恐る恐る足を踏み入れ、その先にある家へ向かう。舞い散る火の粉に注意を払い、汗を拭って一歩を踏み出す。蔓延する煙に咳を吐き、見たこともない人間の死体に恐怖を抱く。

 食べたものを吐き出して、腰を抜かしたヴィネットを背中に負ぶって村を歩いた。


 ようやくたどり着いた家にいたのは、殺された両親の姿。


 ——小さな幸せが、壊れるような音がした。


 駆け寄り、両親の死を確かめる。それだけすると、シルヴァは立ち上がった。これだけで終われないと思ったから。まだ、この先にはヴィネットの家があり、せめて彼女の家だけでも無事であって欲しかった。


 重い足取りで辿り着いたヴィネットの家は、やはりすでに半壊状態。その傍に立っていたのは、黒い影に覆われた何か。人の形をしながらも、人ならざる何かだった。

 その異様な気配に、シルヴァは思わずもの影に身をひそめる。その何かがゆっくりと歩み寄る先には、一人の女性がいた。


「おか——」


 叫ぼうとするヴィネットの口を反射的に防ぎ、シルヴァは彼女の体を抑えた。大粒の涙を流すシルヴァの姿を見たヴィネットは、ハッとして大人しくする。嗚咽すらも漏らさないよう、ただ強く歯を食いしばり、しかしその両の目からは涙がこぼれ落ちる。


 見なくても、異様な気配が移動するのがわかった。ヴィネットの母親が、声にもならないような音を発し、やがてそれは小さな破裂音とともに無くなる。直感で、彼女が死んだのがわかった。

 互いの口を必死に両手で多い、シルヴァとヴィネットは声を抑える。地獄を感じた。毛は逆立ち、悪寒を感じて冷や汗が頬を伝う。正面に倒れたジャレッドの死体には、右腕が無かった。


 しばらくして、異様な気配は消えて行った。確認をするようにして、シルヴァとヴィネットは揃って物陰から顔を出す。そこにあの異様な物がいないのを確認すると、二人はヴィネットの両親の元へと駆け寄った。


「……ごめん、何もできなかった」

「……ううん。私なんて、歩くこともできなかった」


 しばらくして落ち着いたヴィネットに謝ると、彼女は泣きながらそう答える。それからふたりは、互いに生きていることを確認するように手を繋いだ。


「ヒュー! お熱いねー!」


 声とともに感じたのは、先ほどの異様な気配。女性がわざと低い声を発し、状況にもそぐわない声音とセリフを口にしたようだった。

 シルヴァとヴィネットが揃って後ろを振り向くと、そこに立っていたのは先ほどの何か。今は正確に女性の姿をした何かが、男の顔を持って腹話術でもするかのように遊んでいた。


「驚いた? ねえ、驚いた?」


 腰を抜かして後ずさるシルヴァとヴィネットを面白がるように、目の前の女は問いかける。シルヴァは焼け落ちた木の棒を握ると立ち上がり、ヴィネットを守るようにしてそれを構える。


「おー、かっこいいかっこいい。羨ましいなー、こんな男の子に守ってもらえるなんて」


 赤いツインテールを揺らし、影を纏う女ははしゃぐように口を開く。しかし次の瞬間、女の表情は一転して冷たいものとなった。光も刺さないような表情で、冷たく鋭い声音で女は言葉を続ける。


「私、嫉妬しちゃうなぁ」


 歩み寄る女に木の棒を振りかぶるシルヴァだが、彼女は容易くそれを受け止める。握られた木の棒をへし折り、シルヴァを払いのけてヴィネットの目の前に立った。

 女を目の前にしてもなお、ヴィネットは一歩も動くことができない。ただ愕然として、腰を抜かし、失禁してしまっていた。


「んーよいしょ」


 肩の下に両手を入れて、女はその小さな体を持ち上げる。表情こそ笑みを浮かべてはいるものの、その裏には底知れない狂気が隠されているように感じた。


「めて……あめて……いや……やめて……!」


 呂律すらもうまく回らず、かろうじて発する事のできた短い言葉を、当然女が受け入れることはなく、力なく振るわれる拳を、もがくように動かす足を、ただ楽しそうに見つめるだけ。立ち上がったシルヴァが、すぐに駆け寄り、彼もまた、力なく拳を振るう。


「やめろ! 離せ!」

「いーやーだー」


 子どものように反論する女に対抗して、シルヴァはヴィネットの足を掴んだ。


「あー、そんなところ引っ張ったら足がもげちゃうよ。ほら!」


 そう言うと、女は勢いよくヴィネットの体をより高く持ち上げる。鈍い音とともに、足が脱力する感覚がした。


「————ッ!」


 声にもならないヴィネットの悲鳴が響いた。


「おお、もげなかったね。丈夫な子だ」


 依然楽しそうな女の姿と、悶えるヴィネットの姿を見ていることもできなくて、シルヴァはとうとう腰を抜かして座り込む。その様子を見て、拍子抜けしたような表情を浮かべると、女はため息を吐いた。


「もう終わり? しょうがないなぁ。じゃあ最後に、高い高いしてあげよう」

「やめ——」

「そーれ!」


 シルヴァの声も届かず、空高く放り投げられたヴィネットの体は宙を舞い、脱臼した足は力なく垂れ下がっていた。


「あ……あ……」


 呆然としながら手を伸ばすシルヴァだが、当然その手が届くことはない。


「ほーら、落ちてくるよ。しっかり見ててね、少年」


 楽しそうに語りかける女に対し、シルヴァは廃人のようになっていた。ゆっくりと空から落ちてくるヴィネット。自分が木から落ちるときも、彼女はこんな気持ちで見ていたんだろうかと考える。

 目を瞑ったヴィネットの頭が、落下しながらゆっくりと地面を向いた。真っ逆さまになり、地面と衝突する寸前、ヴィネットは確かにシルヴァの方を見て笑みを浮かべた。動く口がなんて言っているのか、シルヴァには今度こそわかった。


「——大好きだよ」


 その瞬間、ヴィネットは鈍い音を響かせて地面と衝突した。

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