第九話
さて、今日私が昼食を取る場所は、手のつけられていない校舎裏の花壇の側です。ここは普段殆ど人が通らず、日陰で風通しが良いので夏場でも涼しく、穴場的な感じになっている。食事はいいねぇ。人間の生み出した文化の極みだよ。俺はそれを余すこと無く堪能すべく、一人で食事をする事が多い。す、好きで一人なんだからな!モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……
「白峰くん見っけ!」
「うおおおおぉぉぉぉい!!!」
「そんなに驚く!!?」
完全に油断しきっていたところにいきなり声を掛けられたもんだから、思わず俺らしくもない大声を出してしまった。いや割と俺大声出してるな。つーか俺らしさってなんだよ。感情が薄い的な感じの厨二病?何それクソダサい。
「ご、ごめんね。そんな驚くと思わなくて」
俺の様子に心配してか、荒川が申し訳なさそうに聞いてくる。
「いやもうマジで驚きすぎて心臓止まるかと思ったわ。大丈夫?口から飛び出てない?」
「ふふっ、大丈夫。何も出てないよ」
「なら良かったわ」
危ねー。心臓はありえないとしても、ヨダレとか出ててもおかしくないからな。安心だわ。
「で、何の用だ」
「へ?」
「用があるから俺を探してたんだろ?」
「あー、うん。いやー、ね?」
「なんだよそれ。相槌以外の語彙喪失したのかよ」
「察して欲しいな〜、なんて……思ったり?」
察しろだと?考えれば分かるということか。よし、一つ一つ情報を整理しよう。まず今の状況、二人きり。場所、人目がつかず人通りも極めて少ない。つまり暗殺にうってつけの状況……。ともすれば導き出される答えは……。
「なるべく苦しまない方法でお願いします」
「だからエージェントでも何でもない!!!あーもう!!!」
怒りながら痒いのか首を掻く。普通そこ頭じゃねと思ったが、俺も気まずくなると首が痒くなるので多分同種の人間なのだろう。
荒川は首を振って両手で顔を叩き、深呼吸をする。それはさながら人を殺めることをを心に決めたようなそんな行動だった。
俺は咄嗟に身構え、荒川の次の行動に備える。最低限抗ってやる。荒川は深く息を吸い込み、言葉を紡ぐ。……来る……!!!
「私は、白峰くんと一緒にお昼食べようと思ったの!!!」
「何でもするのでどうか命だけはお助け下さい!!!」
空気が……凍った。確実にこの学校にヒエヒエの能力者がいる事が確定した瞬間だった。
「どうしてそうなるの!!!」
先に動いたのは荒川だった。俺?想定外の行動に致命傷を食らって動けなかっただけだ。気にするな。
「いや、冷静に考えれば、荒川がエージェントだって結論に……」
「それならクッキーに毒でも入れるでしょ!!!こんな遠回りなことしないよ!!!」
「確かに一理ある」
「一理どころの話じゃないよ!!!」
荒川の冷静な分析に舌を巻く。いやーマジでそこは盲点だったわ〜。晃君一生の不覚。
「はぁ……。なんか凄く疲れた。白峰くん本当に何考えてるか全然分かんないから大変」
そう言いながら隣に腰掛ける。いやちょっと待てい!
「待て待て待て待て、俺は一緒に食べることは許可してないぞ」
「私は白峰くんのせいで精神的にとても疲れました。白峰くんには癒えるまで慰める義務があります」
「さいですか……」
「さいです」
その使い方は絶対間違ってるからな。と、思いつつ今日くらいいいかと思い、俺は包みを解き弁当を取り出す。
「白峰くんもお弁当なんだ。見せて〜」
「別に大したものなんて入ってないぞ」
荒川に見られながら弁当の包みを解く。少し大きめな二段弁当で下には米、上にはおかずを入れている。今日は確か……卵焼き、ほうれん草の胡麻和え、きんぴらごぼう、唐揚げだったはず。蓋を開けると、荒川はあっ……と声を漏らしていた。
「美味しそう!白峰くんって朝早いんだよね?これ自分で作ってるの?」
「いや、半分は昨日の残り、もう半分は冷凍食品を適当にぶち込んでる」
「へー。夜はやっぱりお母さんが作ってるの?」
「姉貴だ。母さんは居ないし、俺も料理はあまりしない……というかさせて貰えない」
「あ……。ご、ごめん」
「悪い。変な誤解させたな。家には居ないだけでちゃんと生きてるから、心配はしないでくれ」
「そうなんだ。となると、お姉さんと二人きり?それともお父さんはいるの?」
「両親とも、ついでに妹も今は家には居ない。姉貴と二人暮しだ」
「へー。ちょっと複雑?なのかな?」
両親と、ついでに妹は今は海外に居て、今はだだっ広い家に姉貴と二人暮し。俺も一緒にと言われたが、家族で俺だけ英語が話せないのでアメリカでの生活に不安があり、また姉貴が残るので俺も残ることにした。
「じゃあお姉さんとは仲良いんだ?」
「まあ、いい方じゃないか?他の家庭の事は知らんけど」
「いいなぁ。私なんか事ある毎にお兄ちゃん達と喧嘩してるから。私もお姉ちゃん欲しかったなぁ」
「達?」
「うん。三人。六つ上と三つ上と二つ上がいるよ」
「賑やかそうだな」
「うるさい位には……ね……。そう言う白峰くんも賑やかそうだけど?」
「俺の場合上はともかく、下はかなり離れてるから賑やかとは少し変わるかな。やんちゃで可愛いって感じか」
「そうなんだ。いつか会ってみたいかも」
「まあ……機会があればな」
会話が途切れ、沈黙が流れる。いや~気まずい。話しかけようにも、話題が全く思いつかない。こんな重っ苦しい食卓で申し訳ない……と思ったけど、そもそも荒川から来てるわけだから別に俺が気を使う必要ねーじゃんへっへっへっ……。そう割り切れたら良いんだけどなぁ……。
「あの……一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
どんな質問でも答えられるようしっかりと烏龍茶で喉を潤しておこう。そういや緑茶と紅茶と烏龍茶って同じ茶葉から作られるらしいね。ふっしぎー☆
「鈴井さんといつから付き合ってるの」
「グエフッ!ゲホッゲホッ……ゴホッ!」
「だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫に見えるか……?」
「ご、ごめん……」
予想外の質問に驚きすぎて飲んでいた烏龍茶が気管に入り盛大にむせ返る。大丈夫?内臓出てないこれ。
「で、なんだって?」
「鈴井さんといつから付き合ってるのかなって」
聞き間違いではなかった。俺の耳がおかしくなったと思ったが、そうではないようで一安心。……できる状況ではないよなぁ……。
「ちなみにそう思った理由は?」
とりあえず探りを入れてみる。恐らくからかいかなんかだとは思うが。『ねぇねぇ、付き合ってるんでしょ~?言っちゃいなよ~』的なあのノリな。あれマジで苦手。
「朝二人っきりで皆に内緒で会ってて、しかも仲良さそうに話してて、付き合ってるのかなって」
「大分根拠薄いな」
「そんなことないよ!普通はそう見えるって!で、どうなの?」
「そもそも付き合ってねーよ。どこ見りゃそう見えんだよ」
「なんだろう。白峰くんって自分のこと客観的に見れない感じがする」
「俺ほど自分を客観的に見えてる奴はいないと思うけどな」
「ふーん。じゃあ、放課後空き教室で男女二人っきりでお話してるところを見ました。二人の関係は?」
「……ちょっと何言ってるか分かんない」
「コラ。とぼけない!」
冷静に考えると確かに只ならぬ関係見えますね……。いやでも反論の余地は少なからずあるか。
「まあ待て。俺と鈴井だぞ。何かあると思うか?」
「え?うーん……。まあ、ギリギリ?」
「その反応俺は喜んでいいの?悲しめばいいの?」
気を使われていないのならギリ可能性あると思われている分まだ喜ぶ余地はあるが、面と言われている以上気を使われている可能性が高い為、悲しむべきではないかと思ってしまう。
「だって白峰くんの事全然分かんないし、下手な事言えないじゃん?もしかしたら私の知らない良いとことか、鈴井さんが好きになったとことかあるかもだし」
「あるかぁ?」
「あるよ!……多分」
「多分かよ。泣いていいか?」
「あぁ!!違う違う!きっとあるよきっと!!!
あぁ……、優しさが刺さる……。言うほど傷ついてないけど。
それからは、他愛のない会話をして昼休みを過ごした。驚いたのが、荒川は話し上手、聞き上手で、月並みな感想にはなるが、凄く話しやすかった。成瀬のいるグループで、一人だけタイプが違うような気がしていたが。人に合わせるのが上手いんだろうが、あえてあのグループに属しているのは甚だ疑問だ。恐らく人の悪口とか嫌うであろう彼女が、あのグループの俺に対する態度をどう思っていたかは、どこか怖くて聞くことができなかった。