第二話
翌日、時刻は七時過ぎ。普段ならちょうど家を出るくらいの時間なのだが、すでに学校に着いている。理由は単純、二人に二人きりで登校してもらうためだ。正直、こんな早く来る必要はないとは思うが。いつもより一時間も早く起きたから、姉貴に熱があるんじゃないかと疑われたりとかした。中学の時の事をすっかり忘れられてるようで、少しショックだったなぁ……。
二人にはまずは、俺抜きで登下校してもらう事から始めてもらう。仁美に何時の電車の何号車に乗ればいいかと言う事を伝えている。ついでに俺について聞かれたら、先生に呼ばれてるらしいみたいな事で誤魔化せとも伝えた。
俺?もちろん一人で学校に来たさ。先生にも特に呼ばれていない。
別に一人が寂しくはない。一学期の前半は一人で登校してたし、二人とも朝練があるので、誰かと登校なんて、そんなに多かった訳じゃない。
ただ、二人と登校するというある種特別な事がもう起こらないとなると、少し思うところはある。
まあ深く考えても仕方ない。今は恋のキューピットとして、二人を全力で応援しよう。
俺は考えるのを一旦やめ、教室に入る。
朝早くの教室には、一番前の席で静かに本を読む委員長がいた。
委員長はこちらを一瞬見やると、すぐに本に目を落とした。
一言も無しですかそうですか……。
いやまあ、そんな挨拶なんかする仲じゃないし、妥当な反応だとは思うんだけどね。ただね、そうあからさまに目を逸らされるとさ……いや別にいいんだけどね……。
俺は自分の席に座り、朝読もうと思っていたラノベを取り出し読み始める。積んじゃってたし、丁度読みたいと思ってたんだよな。
…………
空気が重い……。耐えられん……。
普段なら無視してお終いなんだが、これから毎日顔を合わせるとなると、そうも言ってられない。こんな重い空気を毎日味わうなんて、ストレスで胃に穴が空いてしまう。
「おはよう委員長。早いな」
「…………」
こっちに見向きもしねぇ……。せめてなんか反応くらいはしてくれよ…
だがしかし、ここで諦める俺ではない。日頃から悪口陰口を言われ慣れてる俺の精神力を舐めるなよ。
「ところで、何の本読んでんだ?教えてくれない?」
「…………」
ちくしょう、この話題でも駄目か。あとは……委員長が興味ありそうな事は……。
「今日はいい天気だな。いい天気すぎて、暑いくらいだけど」
俺の話の引き出しが少なすぎて、天気デッキ(最悪手)を使ってしまった。恥を知れ!俺!
「……はぁ……」
だが何故か委員長は、本をそっと閉じ、ため息をつき、こちらを見てきた。え?天気の話に興味があったの?
「よくもまあ、これだけ無視され続けて諦めないのね。その鋼メンタルだけは尊敬するわ」
反応したかと思えば、キッツイこと言ってきた。割と傷ついちゃったゾ☆
「こんなんで挫けてたら、もうとっくに学校に来てねーよ。舐めんな?」
「不覚にも少しカッコいいと思ってしまったわ……。とても誇れる内容ではないのだけど」
「ほっとけ」
哀れみの目で俺を見るな。なんか色々考えちゃうだろうが。
「で、なんで無視してたんだよ。俺と話したくないならそう言ってくれればいいのに」
それはそれで傷つくんだが、虚空に向かって話し続けるよりはマシだろう。多分……。
「はぁ……。あなた、以前私に言った事、忘れたの?」
「え?俺、なんか言ったっけ?」
ヤッベェ、なんも覚えてねぇ……。そういや、何回か委員長に話しかけられた事あったな……。あん時の俺なんて言ったんだ?
「はぁ……。覚えてないのね。猿でももう少しマシだと思うのだけれど」
「鶏よりは記憶容量あるんだな。安心したわ」
「どこに安心できる要素があるのかが全く分からないのだけど……」
トリ頭ではないってだけで安心してしまうのは、流石に自分でも末期だとは思ってる。
「覚えてないなら教えてあげるわ。あなた私に、二度と話しかけるなって言ったのよ?」
「え?あー…………言ったかもな……」
ぶっちゃけ思い出した訳じゃないんだけど、言っててもなんら不思議じゃないんだよな……。というか言った方より言われた方が覚えてるとも言うし、多分言ったんだろうな。言うという言葉にゲシュタルト崩壊起こしそうだ。
「それで、何か言う事は?」
「た、確かに話しかけるなとは言ったかもしれないが、反応してはいけないとは言って……」
「私は言い訳を望んでいるわけでは無いの。分かるわよね?」
ですよねー……。でもこいつの態度からして普通に謝っても許してくれなさそうなんだが……。いや、こっちに選択権なんかないな。
「えー、この度は、鈴井 玲華様に不快な思いをさせてしまい。大変申し訳ありませんでした」
「形だけやたら丁寧な謝罪ね。心がまるで感じられないわ。相手の事をまるで考えていない、最低な人間ね」
心込もってなかったかな……。精一杯込めたつもりだったんだけど……。しかし酷い言われようだな。でも人間として見られてるだけまだマシな気はする。他の奴は人として扱ってくれない時まであるし。
「お詫びに俺が出来ることなら何でもするのでどうか」
「許してあげるわ」
「いや返事早えな」
「良かったわね。今の私が機嫌が良くて」
「とても機嫌が良いようには見えないんだがな」
「また私を怒らせたいの?」
「すいませんでした」
せっかく許してくれたんだし、余計な事は言わない方がいいな。
「ところで、あなたは何故こんな朝早くに?」
「ん?ああ、別にただの気まぐれだよ」
「そう。てっきり私に会いに来てくれたのかと思ったわ」
「そもそもお前がいるなんて知らなかったよ」
知ってたらむしろ教室になんかきてねーよ。胃が痛くなるわ。いやまあ、どっかで時間潰すのも時間帯的に難しいし、結局来るんだろうけどね……。
「うぃーっす、ってなんで晃がいるんだ?俺に会いにきたのか?」
健が軽い挨拶とともに入ってきた。
「おー。まあいろいろあってこれから早くくる事になったんだ」
「いろいろという言葉に失礼よ。土下座しなさい」
「俺がいろいろあっちゃダメなのか……」
「相変わらず委員長は厳しいなぁ」
「あなたたちがルーズ過ぎるだけよ」
今の会話にルーズな部分はないと思うんだが……。普段の生活?知らん。
「晃、ちょっといいか?」
何故か健が手招きして俺を呼ぶ。
健のもとに向かうと、強引に肩を組み、教室の端の方へ連れて行かれる。やだ!晃くんカツアゲされちゃう!
「なあ、お前いつのまに委員長と仲直りしたんだよ」
「はぁ?いやそもそも喧嘩してないし、喧嘩するほど仲良くもないんだが」
「おま……まあいいや。ちゃんと仲良くやれよ」
「ああ、分かってるよ」
そう答えると、健は俺の肩から手を離した。
「じゃあ俺朝練行ってくっから。また後でな!」
「おーいてらー」
「またね。灰田君」
なんか俺の時と対応違くねえか?いや、俺が他人に普通の対応求めちゃいかんな。
「ところで、何故あなたはこんな朝早くに?」
「いやさっき話しただろ。ただの気まぐれだって」
「そんな嘘で私を騙そうだなんて、随分と甘く見られたものね。それともあなたの頭がお粗末すぎて上手な嘘が思い浮かばなかったのかしら?」
「騙そうだなんて思ってねーよ」
「はぁ……。まああなたが言いたくないのなら、これ以上は何も聞かないけど」
なんでこんなにしつこいんだ?俺の事が好きなのか?んなわけ。
だがこれから毎日顔を合わせるのに、隠し事をしているるのも気が引ける。正直に話しとくか。
「やっぱ一応話しとくわ。この話内緒だけどな」
「やっぱり隠してるじゃない。早く教えて」
俺は仁美と勝樹の事を丁寧に話す。鈴井は口を挟むことなく静かに聞いていた。
「成程。そういう事ね」
「さっきも言ったけど内緒にしてくれ」
「分かっているわ。貴方にもいい所あるのね」
「うるせー」
それからは会話をする事なく、お互い自分の席で本を読んでいた。
しばらくして、教室が人で賑わってきた時、一人の女の子がこちらに向かってきた。
「おっはよー!」
「おう、おはよ」
仁美は俺に向けて、やたらご機嫌に挨拶をしてきた。朝からテンション高えな。おかげで色んなとこから憎悪の視線が飛んできてる気配がするぞ。
「晃凄いね!黒井くんの乗ってくる場所、ドンピシャだったよ!なんで分かったの?」
「あいつ結構几帳面なところあるからな。同じ時間の電車の、同じ車両の、同じドアに必ず乗ってくるんだよ」
「へー、よく見てるね」
昔から人の行動とかを見るのが癖だったからな。もはや習性に近い。
『仁美〜、あんた週番でしょ〜。朝礼の準備しときなよ〜』
「忘れてた!じゃね晃。また後で!」
「おー、じゃーな」
あいつの様子を見るに、とりあえず順調ではあるようだな。この調子で頑張ってほしい。
『……はぁ……』
隣の席から、あえて俺に聞かせているような、かなり大きめのため息が聞こえてきた。相当お怒りっぽいぞ?俺何かしたっけか?
「あの……私、あなたのご機嫌を損ねる様なことをしてしまいましたでしょうか?」
隣の席の、ものっすごい機嫌の悪そうな金髪美女に、なるべく怒りを買わない様に丁寧な言葉遣いで話しかける。この話し方は、自分は敵ではないと示すことができ、下手に出ることで相手のご機嫌をとる事ができる。我ながら完璧な行動だ。
「別に。あんたには関係ないし。あとその喋り方、気持ち悪いから二度としないで」
「あ、はい……。すいませんでした……」
そっか……。気持ち悪いよな……。そうだよな……。とても同い年の相手にする言葉遣いじゃないよな……。