第十五話
「ボンゴレパスタと、ブイヤベース、あとフィッシュアンドチップスで。あんたは?」
「俺は……いいや」
「はぁ?何?ダイエットでもしてんの?」
「いやしてないけど」
「じゃあ何か頼みなよ」
「腹減ってねえんだよ……」
食事が喉通る訳ねえだろうが。俺の置かれてる状況わかってる?……俺もよく分かんねえや。
「ふーん、まあいいけど。麗華は?」
「私は……イカ墨パスタと海鮮サラダ……」
お前は結構ガッツリ食うな。なかなかに図太い。
「以上で」
「かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。ボンゴレビアンコ、ブイヤ……」
時刻は十二時過ぎ、館内にあるレストランに来ていた。鈴井を連れて。まあ確かにあそこだと目立っていたので移動するのは賛成だったけど、何でこんな重苦しい食卓を囲まなきゃいけないの?
「以上でよろしいでしょうか」
「あ、はい。大丈夫です」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
店員のお姉さんは終始笑顔で対応していたが、時々俺を品定めするかの様にチラチラ覗き込んでいた。いやうん、気持ち分かるよ。ギャル系美女と清楚系美女を連れた陰キャとかいう意味分からん組み合わせだ。どういう男か確認したくもなるよな。
「で、何処から話す?」
店員さんが去り、少しばかり沈黙が流れた後、その空気を破るかのように成瀬が言う。何処から……まあ聞きたい事は色々あるけど、一番気になったのは……。
「どうして鈴井がストーキングしてたかだな」
理由はいくつか考えられなくもないが、鈴井の性格を考慮に入れると、その全てが考えにくい。まあ鈴井との親交が浅い以上知ってる事も然程多くはないので、俺の認識が間違っているとも言えなくはないが。
鈴井は一つ小さく深呼吸をして言葉を紡ぐ。
「ストーキングなんかしてないわ」
鈴井はしらばっくれたように言った。あまりに自然にシラを切るから一瞬俺の方がおかしいかと思ったぜ。
「いやしてたろ」
「決めつけないでくれない?根拠はあるのかしら」
「無理があるだろ……」
「そこまで言うなら根拠を提示しなさい」
それで押し通す気かよ。この娘怖い……。だが、俺もここで怯む訳には行かない。しっかりとカウンターは用意してある。
「じゃあ何で俺と顔を合わせるなり逃げ出したんだよ。後ろめたい事があったんじゃねーか?」
「愚問ね。死んだ目の男と目を合わせて恐怖を覚えない訳ないでしょう」
「そこは否定はしないが、何も逃げることは無いだろ。普段から俺を避けてるなら分かるけどな」
「それは私が知り合いだと認識していた前提の話でしょう?あなただと気が付かなかっただけ。あなたと分かっていれば逃げることなんてしないわ」
尽く尋問を躱される。仕方ない。あまりこの手は使いたくなかったんだが、本人の性格を利用しよう。
「ところで、お前普段からそういう格好してるのか?」
「……どういう意味かしら」
どう考えてもカモフラージュの為であろう、鈴井の少年の様な服装を突っつく。すると鈴井の口角が僅かに動いた気がした。よし、食いついたな。
「別に深い意味はねーよ。学校での雰囲気と大分違う服を来ているなと思ってな」
「……馬鹿にしているの?」
「してないしてない。似合ってる(笑)まさかそういう趣味があるとは思わなかったけどな」
「………………何を勘違いしているのかしら……」
その言葉に俺は内心ガッツポーズをする。勝ったな。
「勘違い?」
「ええ。普段から男装をしている訳ないでしょう常識的に考えて」
男装言っちゃってんじゃん。いくら俺に煽られたのが悔しいからって、頭に血が登りすぎだ。
「へー、じゃあ何で男装なんかしてたんだ?」
「そんなの決まっているでしょう。あなた達にバレない……よう……に……」
話している途中で自分の失敗に気付いたのか、言葉尻が萎み、顔が赤くないっていく。あなたもそんな反応するですね。可愛いかよ。
「バレないように。何だ?」
俺はすかさず追い打ちをかける。普段散々詰られてる分こういう時に反撃しとかないとね!
「……そうよ。あなた達を尾けていた。それが何か?」
「開き直りやがった……」
「別にあなた達の邪魔をした訳でも怖がらせた訳でもない。なら何も問題は無いはずよ」
「いや多分こいつは怖かったから追いかけたんだと思うけど」
「…………」
まさかの所から援護射撃が放たれた。成瀬、助けてくれるのか!?
「その視線やめて。恥ずい」
嘘つけ。真顔じゃねーか。全く恥じてねえだろ。
とは言え、別に俺は怖がってた訳じゃないが、そういう事にしておこう。真実は時に話をややこしくする。……どういうキャラなん俺。
「で、どうして尾けてたんだよ。わざわざ変装までしてんだ。それなりの理由があるんだろ?」
色々遠回りしたけど、ようやく本題に入る事が出来た。何が鈴井をこんな行為に駆り立てるのか、私、気になります!
鈴井は二度三度、目を俺と成瀬の間を泳がせ、小さく深呼吸をし、話し始めた。
「心配……だったから……」
返ってきた返答は、あまりにも拍子抜けするものだった。何そのありふれた女の子らしい理由。全く似合わねー。
「あんた今酷いこと考えてなかった?」
「いいえ考えてません」
「本当?……まあ追求しても仕方ないし信じるけど」
キッショ、なんで分かるんだよ。女の勘ってやつは本当に凄いですねえ本当に。怖すぎ……。
「つか成瀬の為にここまで追って来るって、本当に健気というか真面目というか」
「いえ、その……あなたも……」
「はあ!?」
「ちょっ、声でかいよ」
意味不明な言葉に思わず声を荒げてしまった。反省反省……いや馬鹿な事考えてる場合じゃない。真意を確かめねば。
「お前が?俺を?嘘だろ?」
「何故私がこんなに恥ずかしい嘘を吐かなければいけないの?」
「普段のお前からは考えられない思考だから」
「私を何だと思っているの?」
「冷徹非道凶悪無比」
「私を何だと思っているの……」
まあ流石にそこまでは思ってないけど、俺への態度を鑑みると、疑うのは当然の事じゃない?あと成瀬、笑い噛み殺してるの、見えてるぞ。
「まあ要するに、麗華はあたし達が何か問題というかいざこざ?起こさないか心配で、だけどバレたくなかったから、変装して様子を伺ってた。って感じ?」
「そ、そうね。そんなところかしら」
「なら成瀬の代わりにお前が来てくれたら良かったのにな」
「ちょっとそれどーゆー意味?」
「そうしたいのは山々だったのだけど、黒井君だったかしら。彼が居るから……」
「勝樹?あいつが何か問題でもあんのか?」
「え、ええ。少しだけ……」
なんかやたら言葉を濁しているな。過去に何か一悶着でもあったんだろうか。まあ詮索するほどの事でもないし、触れないでおこう。
「つーか何?あんた、あたしと一緒は嫌だったっての?」
「当たり前だろ」
「…………えい」
「がっ!……ってぇ……」
「……フン!」
「馬鹿なの?」
成瀬のやつ、思いっきり脛蹴ってきやがった。クソ痛い。お前も俺と一緒は嫌だろうに……。女心ってやっぱり分かんねー……。




