第十一話
「晃!聞いて聞いて!いい物貰った!」
朝、席で本を読んでいると、突然仁美が話しかけてきた。
「ん?なんだ?卵サンドか?」
「違うよ!もっといい物だよ!」
卵サンドよりいい物なんてそうそう無いと思うが。あれ?俺の中で卵サンドの地位高くない?
「ジャーン!これ!オーシャンパークのペアチケット!しかも二組!」
「へー、確かにいい物だな」
オーシャンパークは県下最大の水族館で、イルカショーや日本最大級のクラゲ水槽などがあり、デートスポットとしても人気を博している。
「そうでしょそうでしょ!スーパーのガラガラで二回当たったんだ!」
「へー、そいつは凄い……というより普通に引くレベルだな」
「引かないで!褒めてよ!」
「褒めてるよ」
性格、見た目、運動神経、オマケに運もいいとか神はこいつに何物与えてんだよ。不公平だろ。全く、どうしてこんな完璧超人……でもないな。その全てを台無しにするくらい頭が悪かったわ。よし、イーブン。
「今なんか変な事考えてない?」
「別に。そういやお前頭悪かったなって思ってただけだ」
「酷!それ今考える事なの!?」
怒らせてしまった。まあそりゃ面と向かって馬鹿って言われたら怒るか。ごめんちゃい☆
「そんなこと言う人はオーシャンパークに連れてってあげません!」
「そうか。そりゃ残念だ」
特別行きたかった訳でもないし、俺がいると他の人を誘えなさそうだしな。俺は行かない方がいい。
「え?」
何故か驚く仁美。何で言った本人が驚いてんだよ。
「つ、連れてってあげないよ?いいの?行かないの?」
あー、これあれだ。本気じゃなくて意地悪してみたかったってやつだ。俺を誘うつもりではいたんだな。行きたくない訳では無いけど、一度断った手前、はい行きますとは……言えねえよなぁ……。
「ほら!おっきいカニさんとか、マンボウとか!次いつ見れるか分かんないよ!」
考えていると、仁美は焦ったようにアピールを始めた。これで行かないって言ったら最低だな。……タカアシガニ居たかな……。
「ごめんな。やっぱ俺も行きたいよ。連れてって欲しい」
「ほんと!?やった!」
仁美は俺の言葉にぱあっと花開いたように喜ぶ。機嫌を直して貰えたようで何より。
「で、面子はどうすんだ?俺とお前の二人な訳ないだろ」
「えっと、とりあえず勝樹はもう誘ってて、あと一人なんだけど……」
「目処は立ってないってとこか」
「うん……」
いつの間にか名前呼びになっている。進展したんだなぁ……(しみじみ)。
まあ二人の関係は置いておくとして、あと一人をどうやって探すかだよなぁ。人数バランス的に女子が好ましいんだが、クラスメイトは絶望的。他クラスにも当然あの件は広まってるだろうから望み薄。中学の時の同級生とは一人も連絡取ってない……つーか取る手段もない。こうなると姉貴を召喚とかいう最悪の展開が待っている。そうなるのは出来るだけ避けたいところだが……。
「やっぱ俺居ない方がいんじゃね?」
やっぱりどう考えても俺が居ない方が都合がいい。仁美には悪いが今回は見送って……。
「ダメ。晃も一緒に来るの」
「何でそう頑なに……」
「何でもなの!」
仁美がここまで我儘言うのは珍しい。普段は意外と自分の我を通すタイプでは無いんだが。
「分かったよ。とりあえず、ダメ元で一通り来てくれそうな人探してみて、もし見つからなかったら姉貴呼ぶ。姉貴もダメなら勿体ないけど三人で。それでいいか?」
「うん!分かった!早速探してくる!」
仁美は言い終わらないうちに行動に移す。電光石火の早業、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
しかしああは言ったものの、既にそれなりの人数には『ねぇ』声を掛けているだろうし、あいつ自身特別交友関係『ねぇ』が広い訳でもない。あと一人とはいえ『聞けって』見つけるのは至難、というか多分無理だ『聞けっての!』痛って。耳引っ張んなって俺が悪かったから。
「はぁ……。何でいつも無視すんの?」
「話したくないか……待て、拳を仕舞え。俺が悪かったから」
暴力、ダメ、絶対。いや悪いの俺だけど。
「何の用だよ」
「さっきの話、あたしが行ってあげてもいいけど」
「…………」
「何その露骨に嫌そうな顔。ムカつくんだけど」
だって絶対何かしら裏があるじゃん。はいそうですかありがとうございますとは言えないでしょ。まあ勝樹絡みだろうが、キッパリ断るのも後が怖いし、話くらいは聞いておこう。
「ここで話すのもあれだし、場所を変えよう」
「ん。分かった」
成瀬を連れ教室を出て、適当な空き教室に入る。途中すれ違った生徒、特に女子から怪訝な視線を向けられた。うん、皆の言いたい事、何となく分かるよ。成瀬綺麗だもんね。
「で、人気の無いところに連れ込んで、どうするつもり?」
「何もしねーよ。今以上に立場悪くなりそうな事する訳ねえだろ」
「だろうね。あんたにそんな度胸無いの知ってるし」
「……。言っとくが、お前を連れてくつもりは無いぞ」
「ふーん。一応理由を聞いとこうか」
「勝樹が居るからに決まってんだろ。お前を勝樹に近付けるなんて馬鹿な真似誰がやんだよ」
「あー、黒井君居るんだ。はいはいそーゆー事ね」
成瀬は何故か今知ったみたいな反応をする。白々しい。知ってるから声掛けて来たんだろうが。
「つー訳で、お前を連れていくつもりは無い。諦めろ」
「パンツ」
「あ?」
唐突に飛び出したワードに思わず突っかかる様な反応をしてしまった。パンツ……?はて、何のこ……あ……。
「あーあ、折角覗かれた事水に流してあげようと思ったのに」
「ちょ……おま……あれは事故だろ?」
「確かにそうかもね。でも、あんたの話、聞く人いると思う?」
「卑怯だぞ!」
「あたしは何も言ってないけど?」
成瀬は底意地悪そうに笑う。本来であれば憎たらしくてイラついていそうなもんだが、美人であるが故に魅力的にすら思えてくる。うーんずるい。
今の状況は非常にマズイ。拒否れば地獄、受けても地獄、どうすれば……。ん?待てよ?俺以外が断る方向に持ってけばいいんじゃないか?例えば、勝樹に断らせるとか。あれ?もしかして俺って天才?
「はぁ……。条件がある。いいか?」
「いいけど、碌な事じゃないでしょうね」
渋々、といった体で頼んだら上手く騙せた様だ。我ながら演技の上手さに惚れ惚れするぜ。
「別に大した事じゃないんだが。仁美と勝樹、二人に直接、行く旨を話して欲しい。そんで二人から許可を貰ってくれ」
「……そーゆー事。いいよ、それで」
成瀬は一瞬考えた様な素振りを見せたが、直ぐに止め了承した。もう少し渋ると思ったが意外だ。
「じゃあそういう事で宜しくな」
「ちょっと待って」
話が終わったので部屋を出ようとすると、成瀬に腕を掴まれた。お腹痛くなってきたから早く逃げたいんだけど……。
「何だよ」
「私からも一ついい?」
「内容による」
成瀬が俺に頼み事なんて意外だ。一体何を言ってくるか想像しようとしたが、何故だか変な悪寒が走ったので考えるのは辞めた。呪怨よりスリルあるぜ……。
成瀬は俺の腕を掴みながら、言葉を紡ぐ。
「絶対に……逃げないでよ」
「何からだよ」
「あたしから」
一体何をされるのだろうか。いや二人が居る場で余程のことはしないとは思うが……。そもそもサシなら負ける事は無いだろうし、最悪力ずくで何とかなるか。他に誰か居たら……土下座で切り抜けりゃいいだろ。
「逃げねーよ」
「そっか」
俺の言葉に納得したのか、成瀬は俺の腕を掴んでいた手を離し扉へ向かう。いやお前が先に帰るんかーい。別にいいけどね。成瀬は扉に指を掛けたところで、俺の方を振り返った。
「言質取ったから」
イタズラな笑みを浮かべてそう言い放った後、扉を開け出ていった。怖いというかかなり不気味で、何を企んでるか想像もしたくない。だが残念だな成瀬。お前の思いどうりには行かせない。俺はすかさずスマホを取り出し、勝樹へのチャットを開始。
《いきなり悪い。後でお前のとこに成瀬って奴が行くと思うんだが……》




