第十話
「なあ鈴井、俺はこの世で一番凄い食べ物はこんにゃくだと思うんだ」
「そうね」
「原材料のこんにゃく芋って植物性の毒素を大量に含んでいて、食ったら最悪死に至るほどらしいな」
「そうね」
「それをさ、先人たちは何とかして食べれないかって色々試行錯誤した訳よ。それこそ常軌を逸した方法でな」
「そうね」
「そうして出来たのが今のこんにゃくだ。人類の英知が詰まっているといっても過言ではないよな」
「そうね」
「そんなこんにゃくの素晴らしさをお前にも知ってほしいんだ。だから……」
「このこんにゃくパンを半分食べてくれるよな!?」
「絶対に嫌」
「そこはそうねって言わないんかい」
俺のクソ長ったらしい話なんて聞いていないと思っていたんだが……。別に文句とかは無いけどさ……。じゃあもうちょいバラエティに富んだ相槌して欲しいです。
「あなたの言葉を私が聞き流していると思う?」
「何だよその宣言……。俺の事好きなの?」
「話は好きよ。話は」
「成程、それ以外は嫌いってことか」
「そんな事ないわ。あなたの襟足の変な癖も好きよ」
「なんだろう。俺の身体的な事のはずなのにちっとも嬉しくない」
確かにちょっとだけ外跳ねしてる変な癖あるけど、マジでどうでも良すぎて何の感情もわかないレベル。本当に絶妙なとこついてくるな。
「ところで、何故あなたはわざわざ私の隣で食事をしているの?」
「だって俺の席占拠されちゃってるし」
「普段教室外で食べる事の方が多いでしょう?確かに、毎日お手洗いで食べるのは気が引けるでしょうけど、わざわざ私の隣にいるのは何故?」
「おいちょっと待て。何で俺が便所飯してる事になってんだよ」
「少女漫画では、主人公が個室で一人寂しくお弁当食べているところに、いじめっ子が水をかけるのが定番ではないの?」
「もうどこからツッコめばいいか分かんねえよ……」
少女漫画じゃねえし俺男だし今日びそんな漫画ねえしそのテンプレを俺に当てはめる事もおかしい。頭痛くなってきた。
「まあ外で食べないのは気まぐれだとしても、私の隣にいるのは何故?」
「あー……そんな気になる?」
「当たり前よ。いきなり隣に居座られたら不気味でしょう」
「だよな。……怒らない?」
「ええ。約束するわ」
よし。言質も取れた。正直に言ってしまおう。
「お前が人避けの案山子だからだ」
「歯を食いしばりなさい」
「ステイステイ。暴力反対。話し合いをしよう」
めっちゃ怒るじゃん。まさか手を出そうとしてくるとは思わないじゃん。やべーじゃん。
「はぁ……。期待はしていなかったけど、斜め下どころか地面を抉る角度の回答をしてくるとは思ってもみなかったわ」
「悪かったな」
「絶対思ってないでしょう?」
「もちろん」
「少しは思いなさい……」
鈴井は前に向き直り、会話は打ち切られる。こんにゃくパンの押し付け失敗しちゃったなぁ。はぁ……残りどうしよ。
俺も前を向くと、何故か俺の方を見ていた荒川と目が合う。何でこいつここに居んだよ……。まあいいか……。食べかけのこんにゃくパンを再度口に運ぶ。パンのふわふわとした食感とこんにゃくのにゅむっとした食感が、奇跡のマリアージュを引き起こし、地獄への扉を開い……
「今目合ったよね!?なんで無視するの!?」
「ん?荒川か。居たの?」
「目!合った!絶対!無視!ダメ!」
何故カタコト……。それくらい怒ってるって事か。知らんけど。
「悪かったよ。何の用だ」
「用?特にないけど」
「じゃあ何でここ居んだよ。座敷わらしか何かか?」
「面白そうな事話してるな〜って」
「そうか?つーかそんな適当な理由で俺んとこいていいのかよ」
「何で?」
「見られてるぞ」
俺と鈴井が話している時も多少なりとも視線を集めていたが、お互いほぼぼっち同士だから大した騒ぎにはならないだろう。だが俺と荒川となると話が変わる。クラスの中心とも言える、特に俺に不快感を露わにしていた、成瀬ギャルズ(俺命名)の一員である荒川。そんな奴と俺が関わっていることを快く思わない者は大勢いるだろう。主に俺の席辺りに居る方々からの視線がえげつない。
「言ったじゃん。私は気にしないって」
「少しは気にしろ。お前の立場の為にも」
「大丈夫。こんなので立場?悪くなるとかないし、私は付き合いたい人と付き合う。それだけだよ。それとも迷惑だったりする?」
「迷惑……ってことは無いが」
「無いが?」
言葉を濁すと荒川は逃がさないと言わんばかりに詰めてくる。逃がしてよぉ……。グイグイ来られるの苦手なんだよぉ……。
「一応心配……するんだよ。俺がきっかけでハブられたりとか」
「だから大丈夫だって。気にしないで」
「それが出来ないから……」
「やっぱ白峰くんて優しいね」
「は?微塵も心配とかしてねーし?うざったいくらいにしか思ってねーし?」
「あはは、変なの。まあ迷惑みたいだし、今日のところはこの辺にしといてあげる。またね!」
そう言い残し、荒川は教室を後にする。今日のところはって、また来る気満々じゃん。俺の心を弄ぶのがそんなに楽しいか?楽しいから来るのかチクショーめ。
ふと背筋に感じたことの無い悪寒が走る。何だこれは……。この指先が凍りつくような感覚は……。まさかこれが……恐怖か……?
「ねぇ」
「はい」
背後からの声に条件反射的に返事をする。怖くて後ろは振り向けない。よくあるバトル漫画の強者風な反応を心の中でしてみたが微塵も恐怖が柔がない。後ろの方はよしえさんか何か?
「あんたさ、ほのかに何したの?」
「何って、別に何も」
「ふーん、そ」
声の主はそれ以上聞いてくることは無く、午後の授業が始まっても、放課後になっても、特に言葉を交わすことはなかった。詮索されないのはいいんだけど、それはそれで怖い。何もしなくても怖いって、もうホラゲキャラに転身した方がいいんじゃないかな?




