第一話
『コラー!起きろー!晃ー!』
俺が被っていた布団を強引に引き剥がされる。衝撃と寒さを感じ、俺は飛び起きる。
「何すんだよ姉貴。寒いだろ」
「あんたまたエアコンガンガンに効かせて布団被って寝て。体に悪いんじゃないの?」
「あー、医学的にはこの寝方が健康にいいんだよ」
「電気代的には?」
「ダメですね……」
電気代の話しされちゃあ流石に俺も黙るしかない。お金の話はズルいよ……
彼女の名は 白峰 渚 俺の姉だ。ハーフで金髪、そして美人と言えるような風貌をしている。で、実際モテるらしい。あー俺もモテてぇなぁ……。
「つーか何しに来たんだよ。起こしに来たのなら、アラームならかけてたから必要無かったぞ」
「あんた…今の時間分かってる?」
「んあ?分からん」
スマホを取り出し、ホーム画面の時計を見る。
AM 7:14
あれ〜?おかしいな。もう学校に行かなきゃいけない時間だぞ〜。見間違えたかな?
AM 7:15
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
や゛ら゛か゛し゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
「はぁ…気づいた?あんた寝坊したの」
マジかよ!やらかす奴とか馬鹿だなーとか思ってたら俺もやらかしてるじゃねえか!馬鹿かよ!
「ちなみに、仁美ちゃん迎えに来てるよ」
「最悪を上塗りし過ぎじゃねえか?」
いやもうほんと、何やってんだろうな俺。夏休み明けだからってたるみ過ぎだろ。
「そういう訳だから、40秒で支度しな」
「またすぐ使いたがる……」
こないだロードショーでやってたからって、そんなほいほい使ってたら面白くないでしょ…
まあ仁美を待たせる訳にもいかないし、40秒で支度するんだけどね。
☆
「その暑苦しい格好、やっぱりあまり好きじゃないんだけど」
「私も晃は半袖の方が似合うと思うんだけどな〜」
「別にいいだろ。長袖が好きなんだから。それにこれから涼しくなるだろうし」
「残暑って知ってる?」
「……知らん……」
「こら。目を逸らさない」
そう言って、姉貴は俺の頭を小突いてくる。それ地味に痛いんだが。
「じゃあ行ってくるわ。昼は外で食ってくる」
「りょーかい。あんまり夜は遅くならないようにね」
「もう子供じゃねえし、心配いらねえって。じゃあな」
「行ってきます!渚さん!」
姉貴にそう言い残し、俺と仁美は家を出る。
相変わらず子供扱いしやがって。まあ……多分まだ子供なんだろうが……。
「まさか晃が寝坊するなんて、珍しい事もあるんだね」
「休みの体になってんだよ。ほら体内時計とかあるだろ?」
「え!?あれってほんとにあるの!?」
「いや知らんけど」
「よく分からないことを言うな!」
仁美はポニテを揺らしながら、俺を指差して文句を言ってきた。確か体内時計に関しては、専門家が存在するとかなんとか言ってたような…まあどうでもいいか。
彼女は新津 仁美、小学校からの付き合いで、所謂幼馴染というやつだ。こいつのせいで、クラスの男子からまあ色々と恨みの視線を向けられている。まったく、なんでこうも男ウケのいい感じに育ってしまったんですかね。晃くんはそんな子に育てた覚えはありません!
「そういや俺さっき起きたばっかでよ。飯食ってねえんだわ。コンビニ寄っていいか?」
「ふふん。そんな事だろうと思って、良い物持ってきたんだ〜」
ん?なんだ?タマゴサンドでも買ってきてくれたのか?
「ジャーン!これだよ!」
そう言って仁美が取り出したのは、二つの海苔の巻かれたおにぎりだ。
「ああ、おにぎりか。上手に出来たな。ところで良い物ってどこだ?」
「これだよ!このおにぎりだよ!」
あー……それの事……。てっきりタマゴサンドでもあるのかと……。
「何そのあからさまながっかり顔…私泣くよ!泣いちゃうよ!」
「自分で泣くと言う奴は大抵泣かない」
「もういいもん!私いじけちゃうし!晃なんて知らない!」
「あっそ、じゃあタマゴサンド買ってきていいか?」
「食べてすらくれないの!?」
朝から元気な奴だ。
「すまんすまん。あんまり反応が面白いんでからかっちまっただけだ。ありがたく頂戴するよ」
「は、初めからそういえばいいの!はいっ!あげる!」
そう言って、仁美は俺におにぎりを手渡してくる。早速俺はそれを食べ始める。
「どう?美味しい?」
「……しょっぺぇ……」
「正直すぎか!」
と言うより、塩のかかり具合にむらがあって、なんとも絶妙に美味しくない。
「お前、作る前にちゃんと『おにぎり 美味しく作る』で、調べたか?」
「し、調べてない……で、でも、そこは嘘でも美味しいとか言ってくれてもいいんじゃない?」
「嘘がつけない性格なんだよ」
「すでに嘘じゃん!」
まあせっかく作ってきてくれたんだし、ちゃんと全部食べるんだけどね。晃くんやっさしー!……にしてもしょっぺえなこれ。
「そういやなんでおにぎりなんて作ってきたんだ?俺が寝坊したなんて知らないだろ?」
「え?電話したよ?で、出なかったから、あーこれ寝坊したな〜って思って」
「え?マジ?」
慌ててスマホを確認すると、仁美からの着信が5件ほどあった。
「ね。言ったでしょ」
「いや……その……ありがとうございました」
仁美の奴、変な所で気が効くんだよな。味の方にも気を効かせて欲しかった。
そうこう話しているうちに、駅に着いた。
改札を抜け、ホームに降りると、ちょうどいつも乗っている電車が来たところだった。寝坊したけど遅刻せずに行けそうだ。
「なんかこうやって一緒に学校行くの、久しぶりな気がする」
突然、仁美が変な事を言い出した。
「どうしたんだよ急に。らしくないな」
「小さい頃はさ、こうやってよく一緒に学校に行ってたから、懐かしいな〜って思ってね」
「夏休み前も何回か一緒に行ってただろ。今更どうしたんだよ」
「それはそうなんだけどね。ただ、これからも一緒に行けたらなって思って」
「お前がそんなことを考えるなんて、午後から槍が降るんじゃねーか?」
「ひどい!私だって考える時は考えるよ!」
「まあ考えても仕方ないだろ。人生長いんだから。出会いあれば別れもある。結婚あれば不倫もある」
「最後で全部台無しだよ!」
そのタイミングで電車は次の駅に着いた。
「よう晃、新津、元気か?」
そう言って、大柄な男が俺達に話しかけてきた。黒井 勝樹、中学からの友人だ。
「ああ、まあ、元気だ」
「ねえねえ、聞いてよ黒井くん。晃が酷いんだよ!私が少し真面目な話をしただけで槍が降るなんて言ってくるんだよ!」
「そりゃ大変だ。頑丈なヘルメット用意しなきゃな」
「降らないよ!槍降らないよ!それにヘルメットだけじゃ守りきれないよ!」
二人は男バスと女バスで仲がいい。俺も一応中学時代はバスケをやってて勝樹とはその頃からの仲だ。だからよくこの三人でつるんだりすることがあった。二人とも大事な俺の友人だ。
「なあ晃、今日の放課後、時間あるか?」
ふと、勝樹が真剣な顔で言ってきた。
「時間あるも何も、初めから一緒に飯食う約束だったろ」
今日は新学期初日ということで、授業は午前中で終わり。なので俺たちは昼を一緒にするという約束だったはずだ。
「ちょっと相談したいことがあってだな」
「相談?お前がか?珍しいな」
「ああ、まあ、なんというか、親友のお前にというか、お前だからこそというか」
「なんだよその変な言い回しは」
「しょうがねえだろ!は、恥ずかしいし……」
「……気持ち悪……」
「お前今ガチトーンでいったな!?表出ろ!ぶっとばす」
鳥肌がヤバい。いろんな意味で。
「なになに〜?相談?私も交ぜて!」
こいつ交ぜるとめんどくさそうだな。
「これは男と男の話じゃ。女子供は交じるべきじゃないぞよ」
「え?誰?こんな晃知らない」
諭そうと思って変な口調で話したが、よくわからない方向に行ってしまった。
「まあ、新津が聞いてもつまんないと思うからさ。いろいろ終わったら話すよ」
「むー。つまんなーい」
可愛くほっぺを膨らますな。ここは電車内だぞ。
そうこうしているうちに学校の最寄り駅に着いた。
駅の周りではうちの生徒が多く、ちらほらと知り合いも見かけることがある。
『あ、見てよ明!バスケ部の黒井くんと新津さんじゃない?』
『ほんとだ!お似合いだよね〜』
『なんで二人の間にあんな地味なのがいるのかしら。』
『きっと友達がいないから無理言って二人に付き合ってもらってるのよ。ほんと、うざいわよね〜』
余計なお世話だこんちくしょう。
確かに今の俺じゃあ二人と釣り合ってはいないだろう。でもさぁ……本人に微妙に聞こえるようにいうのは酷くない?俺だって傷つくんだよ?自業自得とも言えるし、反論出来ないんだけどね。
一学期、色々あって……というか殆ど俺の自爆だが、俺は同学年のほぼ全員に嫌われてしまった。二人がいるいないに関わらず、結構な頻度で陰口を言われる。主に女子に。まあ自分が蒔いた種だし、甘んじて受け入れるしかない。
「じゃあ俺、教室こっちだから。晃、放課後よろしくな!」
「おう、お前の恥ずかしい相談、楽しみにしてるぜ」
「じゃあね黒井くん」
二人で勝樹を見送る。
「じゃあ私達も行こっか」
こいつと一緒に行っても良いんだが、教室に入った途端クラスの男子連中が俺に向けて憎悪の視線を向けてくる事になる。それは避けたい。
「悪いが先に行っててくれ。喉乾いたから飲み物買いたい」
嘘はついていない。なんとかこれで乗り切ろう。
「えー、そんなの後でいいじゃん。いこーよ〜」
「誰のせいだと思ってんだよ……」
「えっと……それは……えへへ〜」
えへへ〜じゃねえよ。お前が持ってきたおにぎりのせいで、喉がめっちゃ乾いたんだよ。飲み物なしであれ食ったとかなんちゅう拷問だよ。よく食ったな俺。
「じゃあそういう訳で、また後でな」
「え?あ、ちょっと……」
何か言いたげな仁美を残し、その場から逃げる。あいつの事だから、ついていくとか言いそうだしな。いやそれはないか。
まあそんな事はとりあえず置いといて、何買うかを考えよう。
自販機に金を入れ、考える。甘いもの…は気分じゃないし、かといってお茶というのも少々味気ない…。ここは眼を覚ますという意もこめてブラックコーヒーだな。
俺がボタンを押そうとすると
ピッ
「あっ」
横から手が伸びて、俺が押すよりも先に、スポーツドリンクのボタンを押した。別に飲みたくもないスポーツドリンクが出てくる。こういう事をする奴を俺は一人しか知らない。
「何しやがる。健」
「ヘヘッ、悪いな」
自販機から取り出したスポドリを片手に、腹立たしいほど顔のいい男が、俺に笑いかけてくる。こいつは灰田 健ただの他人だ。勝手に人の金でジュースを飲もうとする奴なんか友人でも知り合いでもなんでもねえ。
「で、何の用だ」
「何の用だはねえだろ?親友を見かけたら声を掛けたくなるってもんだぜ」
そう言って、強引に俺の肩を組んでくる。
「俺の親友を名乗るなら、金勘定はきっちりして欲しいんだがな」
「親友って事で、奢ってくれ」
「親友って言葉を都合よく解釈するな」
「都合悪いよりはいいだろ?」
「その言葉絶対使い方間違ってるからな?」
その使い方する奴初めて見たわ。たまにこいつの発想から、こいつは天才なんじゃないかと思う。
「はは、冗談だ。今度何か奢ってやるよ」
「まあ、それならいいが」
俺は再度自販機に金を入れ、ブラックコーヒーのボタンを押す。
「それ美味いか?殆ど墨汁じゃね?」
「ふっ…お前にはこの深みが分からないようだな…」
ぶっちゃけ、ボトルコーヒーに大した深みなんてないけどな。まあ普通に美味しいけど。
「そういや今日席替えだな。すげー楽しみだ!」
「あー……席替えねぇ……」
そういや仁美もそんな事言ってたな。興味なかったからすっかり頭から抜けてたわ。
「ん?あまり乗り気じゃねえのか?」
「あー……まあ……な……」
今は隣の席が仁美、後ろの席が健だから問題は少ないが、席替えするとそうも言っていられなくなる。
大抵の奴は俺の事見るなり嫌な顔しやがるからな。席が隣になった場合どうなるか分かったもんじゃない。
「そんなに俺と離れるのが嫌か?可愛い奴め」
「ガチで気持ち悪いんで近寄らないでください。いやほんとに」
言葉の意味的には間違いではないんだが、こいつが言うとなんかこう…危ない感じがする。
「まあお互い可愛い子の隣になれるよう頑張ろうぜ!」
「俺は男でいいや……」
隣が男子ならまだ嫌な顔されるだけで済むが、女子の場合何されるか……。聞こえるように陰口言われたり、露骨に距離置かれたり、シャー芯全部折られたり……最後のが一番辛いな。
「大丈夫だって。お前はカッコいいし、大抵の女ならなんとかなるって」
「お前に言われると嫌味にしか聞こえねえよクソが…」
とりま鏡見てこい。俺とお前の顔の違いが凄いことが分かるぞ。そうじゃなくても、お前はサッカー部のエース候補、俺は元引きこもりなんだからよ。格差があるだろ格差が。
「まあお前がそういう奴だってのは分かってるけどよ、あんま卑屈になるもんじゃないぜ」
「卑屈になってるつもりはねえよ。あくまで客観的に見てだ」
「客観的に見ても、お前はいい男だと思うんだけどな」
「ちょっと近づかないでください。私は同性愛者じゃありません」
やっぱりこいつホモなんじゃねえか?だったら俺にしつこくまとわりつくのも合点が行く。付き合い方を考えなきゃいけねえな。
「つーか話してたらもう始業の時間じゃねえか!急ごうぜ!」
「あ、おい待てよ」
クソ……上手い具合に話をすり替えやがって……。まあ奴がその気だったらとっくに襲われてると思うし大丈夫だとは思うんだけどな。大丈夫だよね?
☆
『……以上をもちまして、放送による始業式を閉じます。礼』
つまらない始業式が終わり、いよいよ地獄の時間が来てしまった。
「席替え楽しみだな〜!仲良い子が近くだといいな〜!」
お前の場合仲良い子しかいないだろ。俺に対しての当てつけか?嫌味か?あぁ?
「お前ならどの席でも大丈夫じゃないか?俺はどの席でも死ぬと思うがな」
「もう、マイナス思考禁止!きっと晃にも仲良い子できるよ!」
「そもそもお前の場合寝るだけだからどの席でも大丈夫だと思うけどな」
「確かにそうだな。そう考えると気が楽になったわ。少し寝る」
「寝ちゃダメだよ!席替え始まっちゃうよ!」
「ははは!ほんと晃おもしれ〜」
そうこうしているうちに、福田が前に出て話し始めた。
「お前ら、えー、クジと席の番号は用意しておいた。あとは適当にやっといてくれ」
適当すぎる……せめて進行くらいはやるもんだと思ってたわ……。
「じゃあ引いてくるわ」
「おう、頑張れ」
早速健がクジを引きに行った。こういうところで男らしさを見せる事がモテるコツなんだろうなぁ。まあ俺がやれば絶対に空気を悪くするからやらないけど。イケメン運動部の特権だ。
「晃はいつも最後の方に引いてるよね」
「残り物には福がある理論というものがあってだな」
「それでいい席ってあったっけ?」
「むしろ悪い席しかない」
一番後ろとか引いた事ない。
ほんと、あのことわざ誰が言い出したんだよ。厄しかねーじゃねーか。福どこ行った。
「じゃあ私引いてくるね」
「おー、いてらー」
仁美がクジを引きにいく。それと同時に健が帰ってきた。
「どうだった?」
「やったぜ。窓際一番後ろだ」
どうやらイケメンはクジにも好かれるらしい。
「いい場所だな。授業寝放題だし」
「羨むとこそこかよ。少しは真面目に授業うけたらどうだ」
「お前が真面目という言葉を知ってる事にびっくりだよ」
「どういう意味だコラ!?」
「健ほど真面目と言う言葉に縁遠い存在はいないと思ってた」
「よーし、次の体育の時間、お前を徹底的にボコしてやる!」
「残念ながらその日は腹痛の予定だ」
健とどうでもいい事で喧嘩をしていると、仁美がクジを引いて帰ってきた。
「仁美、どうだった?」
「廊下側の後ろから二番目、もうちょっと真ん中の方が良かったな〜」
自分から真ん中の方行こうとするとは……ドMか?
「まあそんなに悪くない席だからいいだろ。俺だったら普通に大喜びだ」
「うーん、でも友達と一緒に話したいし」
友達がほとんどいない俺の目の前でその発言はNG。
「晃、そろそろ皆引き終わる頃じゃないか?」
確かに、どんどん前にいる人が減っていってるように見える。
「よし、じゃあ行ってくる」
「頑張れー!」「面白い展開を期待してるぜ!」
二人から声援(?)を受け、クジを引きに向かう。
箱を覗くとクジはあと二枚残っていた。俺と同じ考えの人がいるのかしら、と、周りを見渡すと、一人の女子が此方を見ているのが目に入った。
腰近くまで伸びた黒髪が特徴の大和撫子を体現したような見た目、校則通りきっちりと着られた制服。間違いない、委員長こと鈴井 玲華だ。
何故か彼女は俺の方をじっと睨んだまま、動こうとしない。
「クジ引いてないのか?先引くか?」
俺がそう声を掛けるが、やはりその場動こうとしない。それどころか、腕を組み、やや高圧的な態度を取ってきた。
俺が先に引けってか?はいはい分かりましたよ。
箱に手を突っ込み、適当に紙を一枚取る。
12番か、さて、どこの席かな〜、と。お、窓から二列目、後ろからも二列目だ。最後に引かなかったおかげかなかなかの席だ。残り物には福があると言う言葉は嘘と思った方がいいかもな。
「どうだ?一番前か?」
自分の席に戻ると、健がからかうように話しかけてきた。
「いや、お前の右斜め前の席だ」
「マジかよ。明日氷柱でも降るんじゃね?」
「なら今日中に見てないアニメ消化しとかんとな」
『皆それぞれ席を確認しただろうから、素早く席を移動するように』
そう福田が声をかけると、席の移動が始まった。
席が近いので、俺と健は一緒に席を移動する。
「隣の席、誰がだろうな」
「俺としては、女子じゃない方がいいな」
「なんでだ?可愛い子が隣だと、最高だろ?毎日がエブリディだろ?」
「俺の場合引かれるか、泣かれるか、キレられるかのどれかなんだよ……あと初めから毎日はエブリディだ」
「ははは!言えてる!」
言えてるってなんだよ。晃くんちょっと哀しくなっちゃったゾ☆
席の移動を終え、少し待っていると、
「え?隣あんた?え?マジ最悪なんだけど」
という、いかにもJK的な感じの声が聞こえてきた。成瀬 恵だ。肩を少し越すくらいのウェーブのかかった金髪セミロングが特徴で、見た目だけなら学年でもトップクラスのThe美人。しかし、男子には当たりが強く、だいぶ刺々しい口調が目立つ。なんでも、彼女に告白した男子の全てを『無理』の一言で片付けたという噂も。まあ他の男子の会話を盗み聞いただけなんで、信憑性もクソもないけど。
こいつ怖いから苦手なんだよな……とりあえず謝っとこ。
「いやなんというか、俺なんかが隣で不快な思いをさせてしまい、すいませんでした」
「は?別に謝って欲しいなんて言ってないんだけど。キモ」
そのさりげにキモって言われんの、なかなかに傷つくんだよね。
『あ!灰田くんが隣なんだ!』
『ああ!暫くよろしくな!』
『うん!!よろしく!!!』
後ろではラブコメが始まりそうだった。
マジで世界中のイケメンは爆発すればいいと思う。
そして隣では、
『恵って席ここだったんだ。いいな〜。』
「でも隣が最悪。せめて灰田くんとかだったら良かったのに」
『確かに、こんな根暗と一緒じゃ、鬱になりそう』
『恵!元気だして!私たちがついてるよ!』
なぜ席が隣になっただけでここまで言われなきゃならんのだろう。
というか成瀬さんあんた……女子とではそんなに明るく話せるんですね……。
ふと、教室を見回してみる。仁美の周りは女子みたいだな。
他は……委員長一番前かよ……残りもんにはやっぱり厄しかねえな。まあ今の俺の席もあまりいい席ではないけどな。まあ一応心の中で謝っておこう。いやなんかもう……生きててすいませんでした……。
『……えー、じゃあ二学期も頑張って行きましょう。解散』
席替えからは特に何もなく、放課となった。
「晃。飯食い行こうぜ。うまいラーメン屋見つけたんだ」
健のやつ、ほんとにラーメンが好きだな。まあ俺も好きなんだが。ありがたいお誘いだが、今日は他に先約がいる。
「すまん。今日は勝樹と先に約束しててな」
「あー…………そうか、じゃあまた今度な!」
「ほんとすまん」
「いいっていいって!俺とお前の仲だろ!」
そう言って健は他のやつを誘いに行った。
さりげないセリフがいちいちかっこいいからムカつく。
『灰田くんからのお誘いを断るとか何様?』
『ひっつき虫の分際でなに調子乗っちゃってんの?』
『死ねばいいのに』
最後の言葉はさすがに心を抉るものがあるな〜ははっ。
「ね、ねえ、晃。ちょっといい?」
不意に仁美が話しかけてきた。
「大丈夫だか、何の用だ?」
「えーっと、その……ここじゃちょっと……」
ほう、内緒の話とな。
しょうがない場所を移すか。
「じゃあ五階の多目的室へ行かないか?あそこなら誰も来ないだろ」
「う、うん!分かった!先に行ってるね!」
そう言って仁美は素早く教室を出て行った。さて、もう少し時間おいたら俺も行くか。
五分後、俺は仁美の待つ多目的室に向かった。
「良かった、来てくれた」
まあ、あんな風に言われたら断るなんて無理だわな。
「それで、話ってなんだ?」
「そ、それなんだけどね……」
ん?なんか下向いて、どうしたんだ?
「えっと、実は私ね……」
うつむいているので表情は伺えないが、若干頬が紅潮しているように見える。
「わ、私には、好きな人がいるの!」
うん、まあここまでは予想通りだ。それを何故俺に言ったかだが、まさか…!?
「私がその人のことを好きって気付いたのは最近でね。初めはこの気持ちがよくわからなかったの」
ほーん。最近ときましたか。まあ人の気持ちなんて人それぞれだし、時期なんて関係ないよね!
「それでね、最近友達の話を聞いて、それでやっとこの気持ちに気付けたの!」
なんだあいつら、俺に悪口言うだけだと思ってたわ。いいとこあるじゃん。
「それでね晃。お話ってのはここからなんだけど」
やっと本題か。まあ、もう大体わかってるけどね。仁美は可愛いし、性格もいいし、最高の女の子だと思う。そんな子に思いを寄せられてるなんて幸せだな〜、そいつ。万が一、告白なんてされたら大抵の男はコロッといっちゃうね。
「実は私……」
ようやく俺にも春が訪れるのか。良かった……生きてて良かった……生きててもいいことなんてろくにないと思ってたけどこれで
「実は私!黒井くんのことが好きなの!!」
……うん、俺なんかに春がくるなんてありえないってわかってたよ…好きな人の前で赤裸々に自分のエピソード語るとかありえないってわかってたよ……。
「そ、それで、晃には、黒井くんと付き合えるように手伝って欲しいんだけど…」
やっぱりね。そんな事だろうとと思ったよ。
「話は分かったけど、俺じゃなくても、他にもっとそういう事に詳しいやついるんじゃないか?お前の友達とかにも」
「いるにはいるんだけど……その……恥ずかしいし……」
なるほど、友達間でも色々あるのだろう。下手に突っ込まない方がいいな。
「こんな事相談できるのは晃しかいないの!……手伝ってくれる……?」
普通はそんなめんどくさい頼みなんて断るに決まってる。
「ああ。もちろんいいよ。俺に任せろ!」
無理だよ!上目遣いでそんな風に言われたら普通に考えて断れる訳ないだろこの卑怯者!
まあどんなにめんどくさかろうが、仁美に頼まれたらどんなことでもオッケーしちゃうんですけどね。
「え?本当!?ありがとう!晃大好き!!!」
そういう発言は俺にするべきではないと思うんですけどね。まあこいつの場合天然だろうからなんとも思わんのだけど。
「じゃあ俺、勝樹と約束あるから行くわ。あんまり遅くなるとあいつに悪いしな」
「あ、うん。ごめんね、時間取らせちゃって」
「気にすんな俺とお前の仲だろ?」
健の真似して言ってみたけど、俺が言っても気持ち悪いだけだな。うん。
というか仁美からの返事が全く返ってこない。あーこれドン引きされてんな。
「私と晃の……仲……」
何ぼやいてんだ。もしかして、俺の魅力にあてられた?んなわけ。普通に引いてるだけだろうな。
「仁美?どした?」
「え?あ、ううん。何でもないよ」
「そうか、ならいいんだが。じゃあ俺、勝樹と約束あるから」
「うん!じゃあね!ありがと!」
「おう、じゃあな」
仁美は俺に笑顔で手を振っている。女の子の笑顔って、いいよね。
さて、もう一つの相談とやらを聞きに行くとしますか。
『私と晃の仲って……何……?』
☆
校門前には鞄を持って退屈そうにスマホをいじっている勝樹がいた。
「遅え」
「すまん、ちょっと星を見てた」
軽いジョークを交えて謝罪する
そういや今日謝ってばかりな気がする。
「今昼だろ!星なんか見えねーよ!」
「ちょっと地球の裏側行ってた」
「ルパンか!」
今日の勝樹はツッコミがキレキレだな。
「で?どこ行く?喫茶店か?カフェか?カフェテリアか?」
「全部同じじゃねーか……普通にファミレスにしよう」
「男二人でファミレスかぁ……」
「じゃあ俺が女になるか?」
「ホモはほんと勘弁してください」
健一人ですら満腹どころか戻しそうなくらいなのに、勝樹まで入ってきたら私のキャパではとても処理しきれません。
「まあ、ファミレス行くのはいいが少し遠めのとこにしようか。近くだと知り合いがいるかもしれんしな」
「晃……お前……気が使えたんだな……」
「よく言われる」
俺の評価はどこまで低いのだろう。
俺たちは、学校から二駅ほど離れた場所にあるファミレスにいる。ここなら知り合いに会う事はないだろうとのことだ。
今はお互い料理を食べ終わったところだ。
「それで、相談とやらを聞こうか」
大体落ち着いたところで俺は本題に入った。
「ああ、そうだったな」
勝樹が話し始める。
「相談というと少し違うかもしれないが、一つ聞きたいことがあってな」
「ああ。で、早く本題に入ってくれ」
「そうだな……」
俯き、なかなか話そうとしない。そんなに俺に言いたくない事なのか?
「お前さ……仁美のこと、どう思ってる?」
「どうって……特になんとも。仲のいい幼馴染だな」
俺と仁美との関係は、ただの幼馴染というだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「そうか、じゃあ……」
勝樹は俯いていた顔を上げ、こちらを一直線に見てくる。
「俺が、仁美を獲っても、いいってことだよな?」
獲るって……すげー言い方だな。ん?いや待てよ?それって……
「お前、まさか……仁美の事?」
「あ、ああ、そういう事だ……」
いやマジかよ。勝樹が仁美を?つーか両思いって事か?何だよそれ。何つータイミングだよ。晃くんビックリだよ。
「一応、あいつと付き合いの長いお前には知っておいて欲しかったんだ」
「そういう事か。お前なら安心だよ。あいつアホだから、変な男に引っかからねーか心配だったからな」
「悪いな…」
「何謝ってんだよ。それより、なんか手伝ってやろうか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか。頑張れよ」
「ああ。ありがとな」
手助けは要らないか。男らしいな。
それからは特にその話に触れる事なく、解散となった。
☆
夜八時、俺はベッドの上で考えていた。
まさか二人が両思いだとは。しかもまったくの同時。これはいわゆる運命と言うやつかもしれないな。
面倒事に首を突っ込むのはあまり好きじゃないが、今回は立場が立場だし、仕方ない。
俺は携帯をとり、あいつに電話をする。
「仁美か?昼のあの件だけど…その事その事、相談したいと思ってな」
2人の為にも、人肌脱ぐとしますか。