腐敗ビハインド
論理は幼子の手のようなものであり、わずかな力でも生じればいい方だろう。倫理は脳内の放送のようなものであり、それこそ流すのは理解に苦しむものである。何にせよ、人は人であることに傲慢であり、須く下に置けるものなのだと、その特別が特別であり、特別であることを把握していないのだろう。
反響する体内の、腐敗、腐臭、ビハインド。頭の中には、妄想、障害、とろけだす。悪意像を招く映像の、いくらでも反響するおぞましい怪奇音。もう全てを考えるのも面倒であり、腐った人間の像に、メッキを施すのもウンザリである。
腐ったイワシの頭の信仰心。その頭の中は時間切れ、人間の消費期限切れ。永遠をイキる神様も、いつしか腐敗して跡形もない。埋めつくすアレルギーは充満して、成れと病が腐臭に身を隠す。反射する光景にも、もはや飽きている。生暖かい現実は、腐敗を始めている。
反響する体内の、腐敗、腐臭、ビハインド。頭の中には、盲僧、生涯、とろけだす。何物も反射する腐った、顕微鏡。還る変える返します、帰る替える返します、返る返える返します。体の中に返します、反射して返します、内側に返します。私が見ているのは跳ね返る光です。
頭の中は腐ってる。人間は永遠を生きることは出来ない、時間は過ぎ去っている。いつかは忘れてしまうだろう。それをどうにかしようというも、おもいおもいにかってをふるうも、須らく意味の無い事である。人は人である事に傲慢である。全てを支配できる神だと思っている。
論理は全てを支配しようとしている。機械のように、原因さえ与えれば、結果を生む鳥なのだと、思ってしまっている。倫理は全てを支配しようとしている。思うままに、騒ぎ立てれば、叶えてくれるのだと、思ってしまっている。
良い事を教えてあげるよ。どれだけ腐らないようにしても、いつかは腐るんだ。どれだけ腐るなと言っても、腐らない事は無いんだ。考えようが、喚こうが、貴方は自然の摂理を変えられる神様では無い。もし、それが理解できたなら、十分に知性があるのだと、誇らしげにでもしたらどうだい。