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きみに心奪われたまま  作者: 松石愛弓
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夕暮れ。

吸血鬼に指定されたバーで待っていると、約束の時間ぴったりに上品なスーツに身を包んだ彼が現れた。


『どうした?』

「お久し振りです」

俺は席から立ちあがり、挨拶をする。


グラスの中で、氷がカランと音を立てた。


「突然、こんなことを言い出すのは失礼だって分かっているんですが…。俺、人間に戻りたいんです」


吸血鬼は表情を変えず、黙って俺を見ている。


「吸血鬼になることで、命を助けてもらった。そのことはとても感謝しているんです。

でも…俺…好きな子に隠し事したくないし、太陽の下を2人で歩きたいんです。

人間に戻れる方法は無いでしょうか…?」


真剣に頭を下げる俺の頭上で、厳かな声がした。


『方法は、無いわけではない』

「本当ですか?!」


俺が期待に満ちた瞳で顔を上げると、彼は困ったような表情をした。


『成功率は極めて低い。生きて帰れる保証は無い。それでも、やってみるか?』

「やります!」


俺の心に迷いは無かった。絶対、成功させてみせる。

陽菜と俺の未来のために…。



バーを出て、吸血鬼が案内してくれたのは、怪しげな古い洋館だった。

塀には冬薔薇の蔓が伸び放題に生い茂り、建物の周りにはたくさんのコウモリが楽しそうに飛んでいた。


地下室へと続く、石造りの古びた階段を降りると、大きな石でできた重厚な扉が現れた。

中に入ると、直径1mほどの池があり、波が渦のようにうねっていた。


『この過去への時間の渦の中に飛び込み、事故に遭った日時に辿り着く。少年時代の君を事故に遭わないように助けるんだ』


過去への時間の渦の池を、そっとのぞきこむ。

時間の波たちが、結構速いスピードで渦を巻き、うねっていて、ここに飛び込むのかと思うと、ぞっとした。

目的の日時になんて、辿り着けるだろうか…。不安が胸をよぎる。


『もう1度言うが、成功率は低い。目的地に辿り着けず、時間の波の藻屑になることが多いんだ。それでも、行くのか?』

吸血鬼は、心配そうに俺を見つめている。


「…はい。行きます」


どんなに怖くても、俺の決心は変わらない。


「今まで、ありがとうございました」

俺は笑顔を見せ、時間の渦の中へと飛び込んだ。





数年後。


あの時、過去へ戻って事故を回避できた俺は、人間としての人生を生きなおしていた。


陽菜に告白し、中学、高校、大学と付き合った。


太陽の光を浴びて歩けることが嬉しくて、よく出歩いていたら、街でモデルにならないかとスカウトされ、タレント活動も始まり、本業になりつつある。


なので、街を歩くと、サインや写真や握手を求められてしまう。

陽菜と駅前で待ち合わせたら、いつの間にか人だかりになってしまった。


約束の時間なのに何で来ないんだと思ってると、少し離れた場所から遠巻きに俺を見てる陽菜の姿があった。


「陽菜!」

握手を終わらせ駆け寄ると、困った顔をして俺を見る。

「今度から、外で待ち合わせるのやめようよ。ファンの女の子に睨まれちゃうの」

「ゴメン」


太陽の下を歩きたくて仕方ないんだ。

他の人には当たり前の日常が、俺には宝物みたいに嬉しい瞬間なんだ。

眩しい夏の陽射しで、小麦色に日焼けすることが夢だった。


そして、もうひとつの夢は…。


「陽菜。将来、俺と結婚してください」


人通りの多い駅のそばで、行き交う人々が俺たちを見つめている。

ジリジリと照りつける太陽も、聞いてくれているみたいだ。


「これから先も、陽菜だけを想って生きていきたいんだ」


ずっと、君に心を奪われたままなんだ…。


俺が真剣に見つめると、陽菜は真っ赤に頬を染めて、

「はい!」と、元気よく返事してくれた。


その瞬間、周りにいた人々から大きな拍手が贈られた。

ファンの女の子たちも、泣きながら祝福してくれている。


「おめでとう~!」

「お幸せに~!」

と、掛け声をかけてくれる人もいて、俺は振り返って皆に手を振り、お辞儀した。


太陽のような、笑顔で。








end





最後まで読んでくださり、ありがとうございました。励みになりました。

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