18
side 諒
幸せそうに眠る陽菜の寝顔を見ながら、昔の出来事を思い出していた。
中学の頃、交通事故に遭い生死を彷徨っていたとき、俺の病室にスーツ姿の美しい紳士が現れた。
なぜか、その男性は俺にしか見えないらしく、両親も医師や看護師も彼の存在に気付いていなかった。
30歳くらいに見えるその美しい男は枕元に立つと、
『どうしても生きたいなら、助けてやる。おまえは先日、私のコウモリを助けてくれたからな…』と言って微笑った。
そういえば…数日前、道端で怪我をして動けないでいるコウモリを連れ帰り、治療した後、放してあげたことがあったな…。
でも、この人、なんだか人間離れしたオーラを感じるというか、妙な迫力があるというか…。
「おじさん、人間?」
聞かずにはいられなかった。
『いや…。私は吸血鬼だ。おまえは人間として生存する確率は低い。医師もさじを投げかけている。しかし、吸血鬼になるなら、生き延びることができる。…どうする?』
吸血鬼のおじさんは大きな瞳で俺をじっと見つめて、そう言った。
人間としては生きれない…もし死んだら…陽菜に会えなくなる。ずっと、好きだったのに。まだ、想いを伝えてもいないのに…。
「まだ…死にたくないよ…おじさん…」
陽菜に、また会いたいんだ。
『吸血鬼になっても、後悔しないか?』
「うん…」
俺は、その日、吸血鬼になった。
吸血鬼のおじさんは、俺の負傷した体を治してくれて、夜中にこっそりと病院を抜け出し、俺の家へ運んでくれた。
怪我も完治して、命も助かり、吸血鬼のおじさんにはとても感謝した。
でも、子供だった俺には、吸血鬼として生きる苦労なんて全く想像できていなかった。
太陽の光を浴びれなくなったので、学校にも行けない。
夜に活動し、昼は真っ暗な部屋で眠る生活は、なかなか慣れなかった。
数日おきに血を飲まなければ、体力が失われてゆく。
吸血鬼のおじさんは、俺に血をくれる若い女性を何人か紹介してくれた。
人によって血の味も違うから、好きな味とそうでない味があった。
生きるために血を飲まないといけないこと、血を美味しいと思ってしまう自分に嫌悪を覚えた。
おまけに、血を吸う時に相手の痛みをやわらげるためかどうか分からないが、媚薬成分のような液体が牙から出てしまうらしく、女性を発情させてしまい、俺はよく吸血中に女性に襲われた。
でも、血をもらっているから断ることもできず、身を任せるしかなかった。
吸血鬼になった俺は、太陽の下を歩けないこと、学校に行かないから友達にも合わせる顔がなくなったこと、血を飲まなくてはいけないことが、大きなストレスになっていたし、この気持ちを理解してくれる人もいなくて、いつも孤独で寂しかった。
血をくれる美女たちと抱き合う行為は、いつしかそんな寂しさを紛らわせてくれた。でも、その行為が幸せだとは思えなかった…。
陽菜を抱いた時、俺は吸血鬼なんだと、どうしても言えなくて、何度も陽菜の白い首すじを噛んだ。
陽菜の血は吸わなかったけれど、噛みついた時に、牙から媚薬が入ったみたいだったな…。
初めての快感に、戸惑う陽菜が可愛かった…。
陽菜を抱いている時、陽菜のために、人間になりたいって思った。
他の女性に、血をもらったりしたくない。
一緒に太陽の下を歩きたいって、思ったよ…。
俺を助けてくれた吸血鬼に、もう一度会おう…。
俺は陽菜の頬にキスしてから、自分の部屋に戻り、彼に電話した。