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「陽菜。彼女のこと誤解してるようだけど、俺が好きなのは、今も昔も陽菜だけだよ…」
静かな暗い部屋に響き渡る、凛とした諒ちゃんの声。
そっと、掛け布団の隙間から諒ちゃんを見ると、真剣な顔をしていた。
「じゃあ…なんで朝帰りなの? 編集の女性と何処にいたの? 仕事の話なら、ここですればいいじゃない!」
喧嘩したくなかったのに、言い始めたら止まらない。
「どうして抱きしめられてたの? あの人は…セフレなの?」
ああ…ここまで言うつもりじゃなかったのに…。
もう、諒ちゃんのそばには居られない…。
諒ちゃんは、大きく溜息をつくと、ゆっくり話し出した。
「…言いたくなかったけど、正直に言うよ。
彼女には命を助けてもらってる。俺が事故に遭ってから、ある人の紹介で、数人の女性からある物を提供してもらってるんだ…。
そんな場面を陽菜には見せたくなかったから移動した。それをもらうと、俺は眠くなってしまうから、少し休めてから帰宅したんだ…」
私から目を逸らさず淡々と話す姿は、嘘をついているようには見えなかった。
「つまり、治療ってこと?」
「俺は、そう思ってるけど…」
私は布団から起き上がり、座った。
諒ちゃんは、私の布団の横に座っている。
確かに、諒ちゃんの服には血液のようなシミが付いていた。
「彼女たちから提供してもらってる、ある物って、何?」
私が責めるように聞くと、諒ちゃんは悲しそうな顔をした。
「そこまで聞かれちゃうか…」
俯いて、溜息をついた後、私を見つめる。
まるで、大切なものを失ってしまうような、寂しげな瞳で…。
「それを知って、俺を軽蔑しても、嫌っても構わない。
でも、これだけは覚えておいて。
俺が、そんなことまでして生きていたかった理由は…陽菜が好きだから、また陽菜に会いたかったからだ!
他に手段が無かったんだ…」
諒ちゃんの手が震えてる。
綺麗な瞳から、真珠のような涙がポロポロと零れてゆく。
「俺の正体を知れば、きっと陽菜は離れていく…。もう少しの間だけでも知られずに、陽菜と仲良く過ごしたかったな…」
私だって…私だって、諒ちゃんと仲良く過ごしていたかった…。
私の瞳にも涙があふれてくる。
「陽菜…、俺、ずっと陽菜を見ていたくて、つらくても生きてきたんだ。
こんな体になってしまってからは、そっと陰から見守るだけにしようとも思った。
でも、消費者金融の男たちに追われてる姿を見たら、もし正体を知られることになったとしても放っておけないって思ったんだ…。
正体がばれるかもしれないと恐れながら、陽菜の前に姿を現した…。
正体を知られることは覚悟していたはずなのに…。こんなに早くその時が来るなんて…。
陽菜…俺から離れていく前に、たとえ5分だけでも…抱きしめたい…。
5分経ったら、陽菜を離すし、忘れるように努力するから!」
そんなに、泣かないで…。
私を忘れる努力なんて、してほしくない…。
「諒ちゃん!」
私は、自分から諒ちゃんの胸の中に飛び込んでいた…。




