6 終わり
迷路の終わりに辿り着き、目の前には大きな扉。重厚な雰囲気を放ち、周囲とは質の違いを感じる。
「ゲームで見る扉だ!これを開ける演出があると、ああ辿り着いたんだって感じるからいいんだよ」
「へー、憎い演出するねえ」
片側の戸だけ引いて右側を開く。風が抜けていくのを肌で感じた。
「ゲームと違う…」
「両方は無理」
「でも仕方ないよね…」
リンゴとミレイを部屋の中へと入れて、部屋に入る。
ただっ広い部屋の中央には台座があり、周囲には高さの異なる木の柱があり、各々異なる色の宝石が枝に巻き付かれている。
「これは…?」
「宝を増やすギミック。今は何も置かれていないけど、いる…別次元に…」
リンゴは台をバンと叩く。音は周囲に吸い込まれて溶けて消え、宝石が輝きだす。指をぐっと掴みかかることで空間がまるで布のように引っ張られ、勢いよく引くことで隠していたベールは取り払われた。
下層から上層へのアクセス。牛頭の怪物は台座の上に座っていた。リンゴは距離を取って後退する。
「よく来たな、人間」
リンゴを気にする素振りなく、タケルとミレイへと視線を注ぐ。
「お前が迷宮の主か?」
「いかにも。我が名はアリステリオス。この迷宮を支配する者」
「人攫いをしているのはお前だな?」
「そうだ。だが天災だと思って我慢できないものか?」
「できるものか!ふざけたことを…!」
「これでも人間たちに配慮して生贄には子供を選んだ。少しは譲歩して欲しいものだな」
「譲歩?いきなり現れた怪物に?しかもよりにもよって子供を…」
「ああ、そうか…現代人というのはおかしなことを信仰しているからな」
「なんだと?」
「子供の命の価値が高いという信仰。産めばいくらでもできるという存在になぜそれほどの重きを置くのだ?技能を積み人脈を作った年配や子をなせる若年こそ文明の存続にとって重要ではあるが、子供など代わりがきくものじゃないか。この時代は、このような信仰で支配しているのか?」
「信仰だと?希少性が変わったんだ。それだけの話」
「果たしてそうかな?子供はなぜ好奇心が強いのか、なぜ危機感が薄いのか、その理由を考えれば分かるだろう?それは、使い捨てだからだ。新しい方向へと人類の可能性を伸ばすため、トライアンドエラーを体現した使い捨ての道具、それが子供。子供は弱々しい姿から可愛らしく思えるが、それは命を軽視しすぎないためのブレーキにすぎない。本質は、今の扱いよりももっと価値の低いもの。この偏り、歪みこそが、人為的な介入を裏付ける証拠」
「お前の言うことも一理あるかもしれない。人間の歴史がそうだから、ここ数十年の方が例外かもしれない。しかし、そんなことはこの際どうでもいいんだ。俺がここにいるのはそんな理屈じゃない。俺の命よりも大切なものを、命を賭けて守る。人類の可能性とか支配者の思惑とかこの際は重要じゃない」
「愚かな…。闘争でしか華を咲かせない虚しい生物…」
「憐れむくらいなら人攫いを止めてもらいたいものだな」
「……」
アリステリオス…ミノタウロスは黙ってミレイを見た後に、タケルに視線を戻す。
「自分の命よりも大切なものを守るために命を賭けると言ったな。ではこういうのはどうだ?その娘は生贄にはしない。お前にも手を出さない。さらに、ここから帰してやる。その代わりに他の子供を生贄とする」
「パパ…」
「お前が命を賭けるほどの価値のない者たちだ。危険を冒す必要などないだろう?余計な争いは好まない」
「冗談きついぜミノタウロス。命があればそれでいいわけじゃない。生活、そして誇りがあってこそ意味を持つ。それでは全然足らん」
ナイフをミノタウロスの目に向かって投げ、オーラの剣を点火して切りかかる。ミノタウロスは呼び出した斧を使ってナイフを弾き、短く持って正確に反応して斬撃を受け止める。
「欲深な奴だ。それを選べるのは力がある者のみ…」
斧で剣を跳ね上げて、勢いに乗せて回し、斧の尻でタケルの右腕を叩きつけようと振り上げる。しかし、タケルは両手を弾くようにして左右に散らして避けた。互いに近づくフリをして距離を取る。
「ミレイ、この盾を持って下がってろ。リンゴ、ミレイの側にいてくれ」
「分かった」
「盾を捨てるのか。いいのかそれで?」
「余計なお世話だ!」
ない方が選択肢が狭まって、思考パターンが省略できるくらいだ。そもそも機動隊と違て盾は使い慣れていないからな。
タケルは巻物を取り出し、宙に投げるように広げる。文字が光り、宙に七つの砲台が現れる。砲台は敵へ照準を合わせる。敵は斧を離して浮かばせ、手の甲でトンと押す。砲台は光線を放つ。強烈な光が部屋に満ちる。
砲台から光が消え、砲台も姿を消していく。そこには、宙に回り続ける斧とその後ろでピンピンしている敵の姿。
防がれた…。それにあの斧、異質な気配が…。
斧は周り続け、炎弾を生み出し、タケルへ向けて飛ばす。避けて着火した場所には、天を焦がさんばかりの炎の渦が発生し、逃げ道を塞いでいく。タケルは炎弾を刃の腹で受け、発声した炎の渦を敵に向けて撃ち込む。回る斧に阻まれ奥へは届かないが、新たな炎弾は即座に渦に変わって敵の前方を覆い尽くす。オーラの刀身が変質し、一度消して横に移動する。敵は斧を掴んで振り降ろし、炎は裂けて道を開く。
タケルは巻物をホルダーから抜き、勢いよく広げる。これを使えば残るは1本のみ。文字が光り出す。
「眠りの巻物…、なるほどねえ…、ククク…」
「……」
「面白い発想だ。だが、そんなものが私に効くと思うか?有象無象のクリーチャー共とは違う、オリジナルにして頂点の私に!」
「フッ、誰がお前を狙うと言った?」
敵は斧を前に構えて防御の姿勢を取る。背後の何かを守ろうとしているようだ。
「端から狙っているのは…お前だ!」
巻物から音による波紋が現れる。
「リビングアックス!」
「何ィ!?」
名前は知らないが、生きている斧だからリビングアックスでいいだろう…。
敵の斧は催眠波を受けて沈黙した。
「それで勝ったつもりか!」
敵は走って距離を詰め、斧を振り下ろしてタケルに斬りかかる。後退して避けると、瞬時に持ち上げた斧の頭での突きを受け、後ろへと飛ぶ。
前傾気味に着地して、即座に前へと突進する。ナイフを取り出し、敵へ向けて投げる。避ければその隙に斬撃を…。
敵は左腕でナイフを受け、突き刺さったまま、もう片方の腕で斧を振り上げる。
斧が振り下ろされ、それを剣で受けてひっかけ、剣の振りと共に斧を押しのけ敵の手から引き離す。宙を飛ぶ斧は地面に落ち、金属音が部屋に響き渡る。返しの刃で敵の両腕を斬りつけ、心臓へ向けて剣を突く。
血がしたたり落ちる。それは剣から落ちた血。ただし、剣の柄からしたたり落ちたもの。服が固いのか皮膚が固いのか、刃は相手の心臓に突き刺さらない。敵の腕が動き出し、タケルは後ろへと跳んだ。最後の巻物を取り出して広げる。文字が光り、敵の胸元から炎が出現して瞬時に全身を包む。
「大した威力だが…残念だよ、最後の一つなのにこれが限度だとは…。せっかくだから教えてやろう。この巻物は呪いがかかった相手には威力が増す。また、魔術師や忍者が読めば威力が増す。2つ合わせれば圧倒的な力だが、どちらも無ければ平凡なもの」
「そして呪いは焼き消される。…知らずに使ったと思うか?」
「何?」
炎は収まるどころか威力を増していく。
「馬鹿な…まさか…!」
「俺は元忍者だし、そのナイフ…先の戦いで呪詛の剣に触れて呪いの移ったものだ。既にお前の身に移った。あの斧が起きていたら対処されていただろう」
「く…私が人間ごときに…こんな…ウオオオオ!」
敵は燃える腕で掴みかかろうとする。オーラの剣で斬ると腕は崩れ去って燃える破片が地面に散らばる。反対側の腕を伸ばすも、同じく砕け散った。口を開け、噛みつきにかかる。刃を咥えさせて押しのけ、敵は業火の中に消えていった。
後には灰だけが残り、怪物はもうそこにはいなかった。
ドン!と音がして迷宮が揺れ始めた。柱は倒れ、宝石は割れて散っていく。
「おじさん!この迷宮が崩れ始めている!主がいなくなって存在できなくなったんだ!」
「出口は?」
天井が落ちて土埃が巻き上がる。眩しい光が迷宮内に差し込む。上を見ると遥か上に地上へ繋がる穴ができたのが見えた。
「あそこか…。しかしどうやって…」
「私やヤジロベーはすぐにワープできるけど、おじさんとミレイちゃんは…」
宙に光が出現し、ヤジロベーが現れる。
「崩壊を始めている。倒したのか、主を?」
「そうだ。お前の力で俺たちを脱出できないか?」
「現実世界と迷宮外を移動することはできても、迷宮の内外は無理だ。自分一人しかできない」
「クッ…どうすれば…」
「パパ…」
「待ってくれ、今考えている」
「でも、何か鳴き声が…」
「ん?」
ヤジロベーが扉を開けると、飛竜が部屋の中へと飛び込んできた。着地して、首で背中を示す。
「乗れということか?」
「そのようだな」
「分かった。ミレイ、前に乗れ」
「手綱や鞍が要るだろう。これを使え」
ヤジロベーは手をかざすと、飛竜に手綱と鞍が現れる。背中に乗って足をかけ、手綱を握る。飛竜は飛翔し、地上を目がけて羽ばたく。
リンゴとヤジロベーは光の中に姿を消してワープした。
眩しい光に目がくらむ。穴を通って山の中に出た。目を慣らして辺りを見渡すと、揺れる地上が見え、対照的に穏やかな空があった。色鮮やかな光に満ちた世界が広がっている。
揺れが収まるまで宙に留まり、収まると丘の上に下りた。地面をしっかりと踏みしめる。リンゴとヤジロベーも丘の上に現れた。飛竜は手綱と鞍を外し、飛び立っていった。
「ありがとー、飛竜さーん、さよーならー」
「助かった、ありがとう。さようなら」
手を振って見送る。ミレイは全身を使って手を振って見送っていた。
振り返って話をしようとした時、4人の間にガスの塊のようなものが現れた。俺はこいつを知っている。
四年前…、とあるカルト教団を秘密裏に拘束したことがある。殺人を教義とする、どだい現代社会とは相容れない存在だった。彼らのアジトは人里離れた山の中、カビと腐敗集の立ちこめる館。俺たちがそこで目にしたのは、教義に従って殺人を行う様子…ではなく、仲間割れと見せしめで殺され、積み上げられていった骸骨たち。数が減っている上に、幹部クラス以外単純な動きしかしない教徒を捕らえるのは容易だった。
彼らは悪魔を呼び出す儀式をしていた。その名を唱える訳にはいかないが、その名は神とも精霊とも言える存在で、要するに超常の存在だ。彼らの儀式は失敗だと言っていた。しかし、それは追求を逃れるための嘘であり、どこかへ呼び出されていたのかもしれない。あるいは、本当に失敗で、つい最近本当に呼び出せたのかもしれない。
いずれにせよ、目の前にいるのはそれだ。
「我が僕を失った。奪ったのは貴様だな?」
「……」
「フン、それならそれでもいい。所詮は暇つぶし。しかしこれで、我はこの世にとどまれなくなった。じきに帰らねばならない。そこでだ、我と契約をしないか人間?」
「断る」
「内容も聞かずにか?」
「お前を呼び出した教団を知っている。碌でもない契約代償も」
「そうか。まあ、人によっては軽く、人によっては重い代償だ。いや、安いか高いかは二の次だ。一番重要なことは価値があるかないか…。金持ちたちはそうしている、だから財布のひもが固い。さて、内容だが…契約すれば君に豊かな生活をもたらそう。フロンティアの消失した行き止まりの世界、拡大前提のシステム、今のままでは未来はない。限界の兆候には気づいているはずだ。私が人類に代わって支配してやろう。人類にはできなかったことも、私にはできる。未だAIにもできないことをだ。そして君は、一番いいポジションで富を得る。生活が守れるなら支配者など誰でもいいだろう?どうだ?人助けだと思って…」
「もう一度言う。断る。これは俺たちが背負う問題だ。お前の出る幕じゃない」
「ククク…。その思い切りの良さ、嫌いじゃないぞ。契約は得られず、ここに留まれない、か。さらばだ、楽しき人よ」
ガスは散り散りになって風に乗って消えていった。
「私たちもそろそろ…」
リンゴは目を閉じて、胸に手を当てる。
「あの者が消えて自我が消えかかっているのが分かる。こうして話せるのはもう時間がないみたい。記憶にも残るのかどうか…」
「最後に言っておかなければな、ありがとう。君には随分と助けられた」
「それはお互い様でしょう。私の方こそ、ありがとう。短い間だけど、とても充実していた。さようなら、おじさん。元気でいてね。ミレイちゃん、サインありがとう。ミレイちゃんも元気でね」
「こちらこそありがとうございます。リンゴさんもお元気で。リンゴさんが忘れても、私は覚えていますから!」
「さようなら…」
「…迷惑をかけたな、すまない」
「もういい。済んだ事だ」
「大変申し訳ない。必ず元の世界に帰す」
ヤジロベーの出したゲートを通る。後ろを見たゲートの向こうには朧げな景色、良く見えるように大きく手を降るリンゴの姿、リンゴに言われて手を振るヤジロベーの姿が見えた。しかしすぐに見えなくなり、現実世界へと戻ってきた。時計を見るともう夜の3時過ぎ、ミレイにシャワーを浴びてすぐ寝るように言い、やっと腰を落ち着かせる。ココアを淹れて飲み、力を抜いて椅子にもたれかかる。ミレイがシャワーを終え、髪を乾かしている間にシャワーを浴び、ミレイが寝るのを確認してから自室に戻って眠りについた。
翌朝、案の定体が筋肉痛で辛い、それに動けないことは無いが眠り足りない。ミレイはタブレットを恐る恐る開き、昨夜の怪現象はもう無くなっていることを確認した。ゲームアプリも開き、何も問題がないことを確認して、安心して机に置く。
「おーいミレイ、登校時間大丈夫か?」
「今行く!」
机には開かれたゲームのホーム画面。リンゴはウィンクをした。
後から気づいたのですが、交差点に配置できないルールにした方が思惑が出て面白そうですね。