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ミノの迷宮  作者: Ridge
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5 再会

 そうかと思えば突如動き出し、リンゴの胸を手の平で押して後ろに突き飛ばした。タケルはリンゴの後ろで受け止め、両腕を掴んで支えた。

「ちょっと、何する…」

「来るな!」

 光線がヤジロベーに降り注ぎ、タケルとリンゴは眩しさに目を閉じる。目を開けると、ヤジロベーの頭上に光線源らしき道具が浮かんでおり、オーラの剣を振って破壊して光線は止んだ。

「そんな…」

 そこに残ったのは手を突き出して石化したヤジロベー。

「あいつの仕業だ…迷宮の主ミノタウロス…。おじさん!」

「分かっている…。行くぞ!」

 ヤジロベーを台の上に運び、迷路の廊下へと戻る。


 奥へと進むと道の真ん中に人影。杖を持った女がいた。

「人型…クリーチャーか?」

「うん。水属性、コスト5,ST2,HP3,自身が装備を持っていない場合、相手の装備を奪う」

「あの杖は装備か?」

「いや、あれは最初から持っているもので、装備品とは別。服は最初から来ているけど、他に装備できるのと同じような感じで」

「つまり、こちらの装備が盗られる可能性もあるわけか…」

「ゲームでは、あの子には素手でも倒せるクリーチャーをぶつけるのが常道。だからそれ読みで、返り討ちにする装備を持たせたり、HP強化と戦闘終了時効果のあるものを持たせるのが主流。さらに、そう思わせることで、相手の攻撃力を高める装備を持たせて消耗させる戦術もある。この場合は、奪われなければ、高めた攻撃力で相手の装備の上から倒せるかもしれないし、奪われてもHP強化は無いからそのまま倒せる。というようにね」

「厄介な相手だ。迂回するか…、いや、勘だがこっちで合っている。すまないが、奪われたら不味い剣と盾、巻物…、こいつらを持って待っていてくれ。コイツで行く、人型相手は気が引けるが…止むを得ない」

 リンゴにナイフを見せる。

「分かった。気を付けて」

 タケルはナイフを持って近づく。相手は杖を強く握る。急加速して踏み込み、腕を切り裂く。だらんと垂れた腕を掴んで足払いをかけて倒し、心臓にナイフを突き立てようとする。その時、棘のついた鎧が相手を覆い、ナイフの突きを受け止めた。手首を捻って腕の向きを変え、ナイフを振り上げつつ相手の喉を裂いた。腕を離しつつ、一周して距離を取る。相手は力尽きて崩れ落ちた。

「危ない!」

 鎧が弾け、無数の棘が飛び出す。咄嗟に両腕で目や首を守る。

「ぐっ…」

 棘は前面に突き刺さった。鎧や手甲の上から貫通するように突き刺さっている。リンゴが駆け寄ってきた。

「これは…」

「破壊された時に、相手にダメージを与える鎧。相手のHPの低い先制持ちを道連れにしようと、先制持ちが使うことが多い装備。装備に関係なくダメージを与える」

「そうか、それで…」

「座って!今、回復するから…」

 リンゴは巻物の紐を解く。

「待て!それは最後の一本…」

「今使わないで、いつ使うの?」

「それは…」

 確かに、このまま次に行っても無駄死に…。ミレイの万が一に備えて取っておきたかったが…、別の手を考えよう。覚悟を決めて座り込む。

「…分かった。頼む」

 巻物を開き、文字が光り出す。棘が外れ、傷口が回復し、受けたダメージは全て元通り。以前よりも元気になった気さえする。

「もう大丈夫だ。ありがとう」

 立ち上がって、装備を受け取り、奥へと進んでいく。


「待っておじさん!」

「?」

 分かれ道の中で裾を引っ張って止められた。

「右の道、奥に人の気配がある…」

「分かるのか?」

「この体を取り戻してからより鮮明に感知できるようになった。クリーチャーではなく、人」

「信じよう。こっちだな?」

「私が先に行くよ」

 リンゴの後について、人気のない迷宮を進んでいく。本当に人がいるのか?いや、信じると決めたんだ。

「ねえ、おじさん」

「ん?どうした?」

「おじさんって、真面目だよね」

「何だそりゃ、騙してた悪役みたいな台詞を…」

「悪役か…はは。そんなこと言われるとちょっとショック。でも、そういう頭の回転の速さ、ちょっといいかも…」

「そうか。偶像を崩すようで悪いが、本当は俺はもっと不真面目だ。今は余裕がないからそう見えるだけ。家に帰れば掃除はサボりがちだし、始めたITの勉強も本の栞が2週間くらい進んでいない。妻が生きていた頃は、発破かけてくれて何とかなったけど、今は自分に甘すぎる」

「そう考えるのは真面目だと思うけどな。家の中だったら、気を抜いたっていいじゃん」

「言われてみればそうだな。俺は真面目だったのか。明日、皆に聞いてみよう」

「うーん、やっぱり不真面目な気もしてきた…。…!」

 リンゴは急に立ち止まる。奥を見ると、止まる理由は明白だった。

「そりゃそうだ。部屋の前に見張りくらいいるだろう。念のために聞くが、倒さないと人のいるところに辿りつけないのか?」

「ええ。あいつは経路上にいる」

「また人型…、分かった。下がっててくれ、俺がやる」

 黒い衣に身を包んだ剣士が立っている。右手に持つ剣には無数の呪詛が刻まれて黒くなり、辺りに邪気が漏れている。

「情報を」

「地属性、コスト10,ST5,HP5,斬鉄、浄化。高いステータスを持っている。装備品で更に高まるはず。物理攻撃を無効化できない斬鉄能力と、戦闘終了時に受けた状態異常を消す浄化能力を持っている。気を付けて」

 オーラの剣を構え、一歩、また一歩と相手にすり足で近づく。何か目に見えない、意識の網に触れたような感覚と共に、剣士は勢いよく飛び掛かり斬りつけてくる。手の甲は下を向き、力が入りにくい姿勢だ、だから本命は返しの太刀…。

 タケルは両手で剣を持ったまま相手に突く向きに変え、刃同士が接触した瞬間、掬い上げつつ跳ね上げるように背面へ向けて振り上げる。オーラの刃は削り落とされつつも、相手の剣を上へと逸らすことに成功する。剣士は足に力を込め、体の重心を前へ移し、左手で柄を掴み、両手で剣を斜めに振り下ろす。タケルはしゃがみつつ左回転して、斬撃をかわして、裏拳を相手の左耳にぶつける。剣士は受け流して右によろめきつつ、ふらつきながらも剣を前に出して身を守る。タケルが近づいてオーラの剣で斬りかかるも、呪詛の剣を振ると刃が切断されて宙に消えていった。ナイフを投げつけるも、剣で掬うように弾かれて壁に叩きつけられる。

 剣士は調子を取り戻し始め、姿勢を正して剣を構える。剣を持つ手を後ろにして、突きの構えを取る。タケルは距離を詰め、突きの範囲の縮小を狙う。先に動いたのは剣士、タケルの真正面、中央を狙う突き。体を逸らしつつオーラの剣で防ぐが、刃を容易く貫通していく。

 勢いが止む。呪詛の剣は、オーラの中に捕らえられた。オーラの剣から放した左手で鳩尾を殴り、怯んだところを再点火したオーラの剣で袈裟切りした。

 剣士は力尽き倒れた。距離を取って残心を解き、ナイフを拾って仕舞い、リンゴの所へ戻る。

「ふう…何とかなったか。無茶な動きをして痛い」

「大丈夫?捻ろうか?」

「いや、ゆっくり歩けば収まるだろう」

「そう?ならいいけど。こっちよ、ついてきて」

 一本道を少し歩くと部屋の前に着いた。部屋に入ると、隅っこにうずくまって座る少女の姿があった。ゲーム世界に飛び込み、迷宮に挑戦し、ずっと探してきた少女

「ミレイ!無事だったか!」

「パパ!?どうしてここに?」

「お前を追ってきたに決まってるじゃないか」

 娘を抱きしめる。見た目や声だけじゃない。その匂い、触感、まぎれもなく本物だ。疲れているようだが、怪我は見当たらない。

「さあ帰ろう美玲、早く寝ないと朝起きれないぞ」

「いや、帰りたくない…」

 ん…?

「どうして?」

「……」

「……」

 そう言いながらもミレイの表情には強がりを感じる。タケルは困ったな…と横を向いて伸びをした。

「外は怖いところ…」

「パパにとっちゃここの方が怖かったぜ。外の何が怖いんだ?」

 横を向いたまま話を聞く。

「悪い人がいっぱいいる。私…知らなかった…人間があんなに酷いことできるなんて…おかしい、間違っている…」

「知らなかった?何か言われたのか?」

「ビデオをいっぱい見た。そ、それで…私の世界がひっくり返った。これが…これが人間、これが本当の世界なんだって…」

「それが全てじゃない。今まで生きてきて知ってるだろう?」

「分かってる。でも、あるというだけで…0じゃないというだけで怖い」

 タケルは膝をついてミレイの後ろに手を回し、自らの胸の中に抱きしめた。

「そうか、それならよかった」

「どうして褒めるの?訳が分からないよ…」

「成長を喜んでいるんだ」

 ぎゅうと抱き、力を緩める。

「ミレイは怖いと思うのだろう?おかしいと思うのだろう?嫌だと思うのだろう?正しい感性に育ってくれて良かった。隠してきて正解だったんだ。もしもっと早くから、それらが当然だと受け入れてしまってはだめなんだ。嫌なものを嫌と感じてはいけない教育は間違っている。お前は、危険を前にしても嫌だと思って避けられる。とはいえ完璧に避けることなんてできないだろう。大人だってそうなんだから」

「……」

「ミレイは10年ちょっとしか生きていない。だから、衝撃をうけたことが人生全体の中で大きな割合として感じるだろう。世界はそれだけじゃない。だから大丈夫だ。生きるということは必ず何かリスクを抱えるもので、完全な安全はない。大事なのは、押すべきところで押して、引くべきところでは引くこと。沢山挑戦して、身に着けていこう」

「失敗は怖い、全てを失ってしまいそうで…」

「ミレイが失敗を恐れて踏み出せないのだとしたら、その心配はない。もし上手くいかなかったらパパの元に戻ってこい。パパは変わらずにいる。だから全ては失わない。ミレイが大人になるまでは何とかしてやる。なに、埋め合わせなんて要らない、好き好んでやってることだ」

「どうして、そんな得の無いことを…?」

 ミレイは混乱しているようだ。一度に色んなことを知り過ぎた。自分の立っている場所すらも危うくなっているかもしれない。だから、できれば多くの言葉よりも、心で分かる想いで安心させてやりたい。しかし、ちゃんと説明しないと誤魔化しみたいで嫌だと思う、柔軟性のない子供じみた信条だ。ここはぐっとこらえないといけない。何が一番大事か…そうだよ、自分の信条、いや自分よりも大事なものを考えれば分かることだ。

「親子の情、そして義務だからだ。重ねて言うが、埋め合わせとかお返しとか、そういうものは要らない。代わりに、お前にも子供ができたらお前の子供にもそうしてやれ」

「…やっぱり私には意味が良く分からない。どうして、そんなに入れ込んでくれるのか。でも、真剣に私のことを考えてくれているのは分かる。だから、それが間違いだと感じない。外に出るよ。パパ、外へ連れて行って」

「ありがとう。外に出よう。だがその前に、この迷宮の主を倒して、もう二度と攫われることがないようにする。ちょっと寄り道するぞ」

「うん」

「道案内は任せてパパさん、今の私には主がどこか気配が分かる。迷路も間もなく終わり」

「任せる」

「その声…やっぱり、本物のリンゴさん?」

「そうよミレイちゃん。いつも楽しく遊んでくれてありがとう」

 リンゴはしゃがんでミレイと目線を合わせて微笑みかける。

「サイン貰っていいですか?」

「ははは、いいよ。交換しよっか」

「パパ、ペンある?」

「運よく持ってた。後で、忘れる前にトランクに書こうと思っててな」

 油性の名前ペンをミレイに渡す。

 ミレイはポケットを探る。偶然入っていた名札を出した。安全ピンとフェルトのついたプラスチックプレートの名札だ。下校時に学校に置き忘れて、着けたまま持って帰ってきてしまったものだ。

「これしかない…。裏に書けますか?」

「うん、大丈夫」

 リンゴはミレイの名札裏、フェルトをめくってサインを書く。

「私は…このバッジ、ここに書いてもらおうかな」

 リンゴは胸のバッジを外してミレイに差し出す。

「見えるところに名前が残るのは恥ずかしい…」

「大丈夫、遠くからじゃ分からないから」

「私、サイン書いたこと無くて…、漢字、ひらがな、カタカナ?どう書けばいい?」

「つるつるしたものの上を漢字は画数多くて書きづらいだろう。ひらがながいいんじゃないか?」

「そうする」

 ミレイはひらがなで、みれいと書いた。サインはバッジの中央ではなく端に書かれた。

「ありがとう。大事にするね」

「こちらこそ、ありがとうございます」

「よし、準備はいいな?行くぞ」

 部屋を出て、迷宮の主の下へと向かった。

「ビデオを見せたというのは誰だ?この迷宮の主か?」

「顔が思い出せない。でも迷宮の主、ミノタウロスではないのは確か」

「ここから出ない方がいいと言ったのか?」

「うん」

「でも生贄として連れてこられたのだから、それは嘘だったわけだ」

「冷静に考えればそうだけど、どうかしてたみたい…。言葉巧みに…」

「ふうん…なるほど…。ま、何にせよ、戻ってきてくれて良かった」

 リンゴの道案内の後ろ、ミレイと手をつなぎ、迷宮を歩いて行った。

多分、次で完結です

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