2 ゲーム内
デジタル世界への中へと飛び込んでいく。周囲には様々な像や背景が同じ大きさをしており浮かんでいる。ある構築途中の像には二進数が滝のように流れ込んで形作られていた。
目の前に二進数の滝が人型に降り注ぎ、人の姿を構築した。
「誰ですかあなたは?呼んだ覚えはありませんが?」
「お前は、あの動画に出ていた…確かヤジロベーか」
ヤジロベーはタケルの胸倉をつかみかかる。
「聞いているのはこちらだ!貴様は誰だ!?こんなジジイじゃ生贄にならん!」
「離せ!」
タケルは腕を掴んで引きはがす。体に力を込めて、指を軽く曲げて構えを取る。
「ほう、やるつもりか?ただの人間風情が調子に乗るなよ…。私は忙しいんだ」
「ただの人間じゃない、元忍者だ。上手くいけば忍者を倒せたと自慢になるかもな」
「くだらない、功名に興味などない。お前の始末はクリーチャー共に任せよう」
足元に穴が出現し、海に浮かぶ島が見えた。
「尤も、落下の衝撃で死んで終わりかもしれないがな」
穴に落ちる。空に穴の空いた世界に落下していく。上を見ると空の穴は閉じた。
「うわああああ!」
一度叫んでみたかったんだ。…真面目にやるか。纏っていた半纏を脱ぎ、袖を縛り、紐を結び、端と紐を持ってパラシュート兼グライダーにして落下方向を変える。方向は海、減速は十分とは言い難いが、姿勢に気を付ければダメージは最小限に済ませられる。水の抵抗はかなり大きいからな。止まれないマグロだって水の抵抗強くてゆっくり泳ぐ。…あぁ、靴履いてこれば良かった。
ドボンと足から落下していく。半纏は放した。抵抗が強すぎて体が千切れかねない。姿勢を大の字に変え、ある程度の水深までいくと止まった。辺りを見渡すと向こう側にウナギが見えた。こちらへ向かってくる。
あれ?すぐぶつかるかと思ったら…、ん…?…あれ?冷静に考えたら、あいつとんでもなく大きいんじゃ…。
水面を目指しつつ、島の方角へ向かって全速力で泳ぎ出した。背後には人を丸のみ可能どころか船次第では体当たりでひっくり返しそうな巨大ウナギが追ってくる。
くそっ…、服が重くて思うように進まない。息も苦しい…。
足の裏にぬるりとした感触。まずい、もう追いつかれた!腕を止め、前に伸ばし、相手を蹴る。加速して水上へと出た。
巨大ウナギは泳ぎを一時止めて体を振り、再び泳ぎ出す。しかしもう遅い。タケルはなんとか浅瀬に辿り着き、砂浜の上へと転がり上がっていた。
「ゼイ…ゼイ…」
吐きそうだ気持ち悪い…。明日は絶対筋肉痛だなこれは…。少し歩いて呼吸を整えないと…。
ウナギなんてここ20年以上食ってない、あ、いや、4年くらい前に飲み会で食べたかも。まあとにかく、久しぶりに見るのがあんな恐ろしいのなんて嫌だ!イラストのウナギは好きだよ、つぶらな瞳と羽のようなヒレでかわいい。水槽の中のも愛嬌があって結構好き。自分が海の中に入って自分よりずっと大きい上に泳ぎが得意な奴なんて、餌にされる恐怖でしかない。夢に出てきませんように。
横を見ると海岸に打ち上げられた箱がある。何か役立つものがあるかもしれない。箱を開けると、そこには円の描かれたバッジが1つだけポツンと入っていた
「なんだよ…損した」
焚火をして服を乾かそう。蓋は閉めておこう。
「待ちなさい!いや…待って!待ってください!」
足を止める。箱の方から声が…、でも誰もいなかったような。幽霊か?でも幽霊はもっと質の違う音で…。
箱を再び空ける。
「良かった、声が届いたみたい」
「バッジが喋ってるのか…?」
「これは仮の姿。ヤジロベーに姿を変えて閉じ込められたリンゴです」
「リンゴからバッジに…?どうして?」
「あ、リンゴは名前で人型の魔物よ」
「あ、そういうことか」
「おじさん、私をここから出して迷宮の奥へ連れて行ってくれない?私は自分では動けない」
「なぜ迷宮に行くんだ?」
「ヤジロベーの奴が、私の体を迷宮の奥地で保管しているというから。早く取り戻したい」
「取り戻したらどうする?」
「どうするも何も、私はこのゲームの受付と案内の係。元の場所ホーム画面に戻る、それだけ」
「悪いことしないか?」
「悪いのはヤジロベーの方でしょ!私の体を奪って、魂をバッジに閉じ込めて、箱に入れて海に放り投げるなんて!」
「そうだな。俺もここへ来る前に空から落とされた。悪い奴だな」
「何にも分かってないくせに!あいつのことを悪く言わないで!」
「どっちだよ!」
「あ、その…、ははは…。おじさんも大変な目に遭ったね」
「……。送り届けるから、協力してくれ」
「任せて、このゲームは大体把握しているから」
箱からバッジを取り出して手に持った。
「とりあえず服を乾かして体を温める。海に落ちたんでな」
「見れば分かるよ、今は手で隠れてて見えないけど。焚火なら灯台に火があるから、そこで温まるといいよ」
「灯台…あれか」
灯台に向かって歩く。静かに歩いているうちに、心拍は落ち着き、頭は冷静になってきた。
灯台に着き、上の炎の部屋で服を乾かす。その間に話を聞く。
「このゲームに何か起きているのか?」
「おそらく、悪魔が呼び出されたことと関係が…」
「悪魔?」
「私たちに命を吹き込んだような存在。ある日、どこからともなく表れて、私たちに自我を与え、その後は迷宮の奥に潜んでいる」
「ヤジロベーは生贄と言っていたな…、悪魔へ捧げるのか?」
「おそらく違う」
悪魔が求めているのは違うのか?
「それは自我を得たミノタウロスのもの。ああ…ついに生贄を集め始めた訳ね…」
「悪魔の狙いは何だ?何か要求はあるのか?」
「分からない。私がバッジにされる前は何も要求していなかった。そう、台風のように通り過ぎて行ったようにも思えた」
「悪魔は一旦置いておくか。ではヤジロベーの目的は?」
「私が知っているのは、ミノタウロスへの生贄集めをしようとしていたこと。それを止めようとしたら私はこの姿にされて封じられたから、今おじさんから話を聞いてついに始めたということしか分からない。どうしてあんなことを始めてしまったんだろう…」
「俺の娘が連れ去られた。場所は分からないか?」
「おそらく生贄として…迷宮のどこかへ連れていかれたと思う」
「まだ生きているのか?」
「断言できないけど、生きていると思う。まず2日ほど絶食させてから食べるはず…」
「時間が無いな。プレイヤーは迷宮にクリーチャーを配置すると聞いたが…」
「その通り。どの程度知っている?」
「ヤジロベーの紹介動画で見た程度」
「なるほど。それじゃ、ゲームを体験したことはないし、どんなクリーチャーがいるか、どんな装備品があるかは知らないということでいい?」
「そうだ。動画に出て来た何とかスライムだけは分かる」
「ラストスライムのことかな。クリーチャーは間違いなくいる。装備を整えないと…灯台の横の倉庫にあるから持って行こう」
「で、肝心の迷宮はどこだ?」
「迷宮は灯台から出ている道に従って行くと森に覆われた地下にある。出入口は一か所だけ。でも主と主に召喚されたクリーチャーはテレポートで出入りできる」
「テレポートじゃ抜け道は無さそうだな…。正面から行くか」
服を着て下へと降りて、倉庫に入った。鍵の暗証番号はリンゴが読み上げた通りに打つと容易く開いた。
倉庫の中は広く、様々な装備品があった。
「綺麗な盾だな…」
「魔法銀でコーティングされ、呪文が刻まれた盾。どんな物理攻撃でも弾く」
「持って行こう。鎧は重そうだから止めておこう、兜も視界が狭まると困る」
「蜘蛛糸の鎧は軽くて頑丈」
「これか。これなら動きやすそうだな。手甲もつけよう」
靴を履き、紐を結びつける。ベストのような鎧を上から着こみ、ベルトのついた盾を肩にかけて背負い、手甲に指を通し片手と歯を使って結んだ。ナイフと巻物を数本ベルトのホルダーに入れる。最後に、念じればオーラの刀身が現れる剣の柄とそれを収める鞘をベルトに挿し、迷宮へと向かった。