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ミノの迷宮  作者: Ridge
2/7

1 始まり

ここから話です。

 雨の降りしきる夜。日本のあるマンション、アルミサッシから冷気が入り込んだその一室、照明の消えた流し台に立てられ干された皿は水滴を零し、その隣、暖かな光で照らされた部屋には2人の人間がいた。夕餉を終え、ソファでくつろぐ父娘がいた。

 父、天渡あまとたける38歳は1人用ソファにもたれて頭を置き、壁沿いの台に載っている水槽を無表情で眺めていた。水槽は2つ、互いにU字管で繋がっている。1つはアルミで覆われた水槽で、その上に根で石抱きしたガジュマルが橋のようにかかる板の上に石ごと乗って、根を水中へと伸ばしている。もう1つは背面と側面を遮光板で覆った水槽で、クロメダカとドジョウが泳いでいる。フィルターから水が流れて水面に波紋を作り、魚の動きもあり、静止の中に僅かな動きがある。

 隣のもう1つの大型ソファには一人娘、美玲みれい11歳がいた。その小さな娘はクッションを両脇に置き、そこに肘を乗せてタブレットを操作している。やっているのはゲームのようでBGMやSEが出ている。

「ねえパパ」

「んー?どうした?」

 タケルは足でソファを回してミレイの方を向く。

「パパもこのゲームしない?紹介するとコインが貰えるの」

 ミレイはタブレットを両手で持って父の方へ向ける。横から顔を前に出して画面をのぞき込み、表示があっているか確認し、改めて腕を突き出して画面を見せる。ゲームのホーム画面のようだ。タイトルは

「Labylinth of Minotaur…ミノタウロスの迷宮?外国のゲームかな?…パパは忙しいからやめとくよ」

「一回にそんなに時間かからないから。それに今は水槽見てるだけじゃない」

「休憩中。ゲームは気晴らし、別枠」

「むう〜。何もしないと退屈じゃない?」

「フフフ…、大人の男というのはね、目を開けて何もしないことで休憩するのさ。頭を休め、ストレスが溶けていくようだ。パパはこの安穏があるから頑張れると言ってもいい」

 本当は薄暗いと尚いいが、ミレイが暗い中液晶を見るのは嫌だからな。別々の部屋ですれば済むことだが、一緒にいたいからな。

「そうだ、紹介動画を見たらやりたくなるって」

 ミレイは父の膝の上に乗り、胸に頭をコツンと押す。タケルは両腕をミレイの腹に回して抱えると、腰を浮かせて深く座りなおす。

「しょうがないなあ…。やるか分からないぞ」

 右手を離してミレイの頭を撫でる。動画の再生が始まり、音量を調整し出した。黒のシルクハットと黒スーツに、カフスやタイリングなど鮮やかな小物を付けた細身の男キャラが映し出される。


 はじめまして、私は広報担当ヤジロベー。ソーシャルゲーム"Labylinth of Minotaur"について紹介しよう。この動画の下にそのゲームのリンクが張ってあるから、興味を持った人はぜひダウンロードしてほしい。

 これは迷宮の主となり、クリーチャーを配置して宝を守るゲームだ。逆に攻め入って宝を取ることもできる。迷路は自動生成され、仕掛ける側は迷路を俯瞰でき、一筆書きでマーカーが引かれる。ああ、そんなの要らないって言うならそれでもいい。自分で解きたいならマーカーを消すこともできるからだ。MPマジックポイントの上限までクリーチャーを選択してユニットを組める。もちろん、そのユニットの保存もできる。色んなパターンを楽しんでくれ。MP上限は60でクリーチャーコストは1〜10のいずれか。攻撃力を示すST、体力を示すHPがある。ユニットの上限は20体。ユニットを組んだら次は配置だ。迷路上の好きな場所に配置できる。侵入者を阻むんだ。配置したクリーチャーに侵入者が接触すると戦闘になる。こんな風になぁ!

 

 君は迷宮の主、うまいこと侵入者の目を欺こう。こんなに強いのを配置しているから、こっちに行くとゴールか、いやこれはブラフで消耗狙いか、と混乱させたり、交差するポイントに置いて倒せなければ進めないぞと仕掛けたりできる。作られたマップと要相談だな。配置完了して決定を押すと準備完了。ネットを通じて他のプレイヤーに公開されるようになる。

 そうそう、ユニット編成時にクリーチャーに装備を付けることができる。装備と言っても、戦闘時に最初の一回だけ使えるものだ。耐久性の低い装備ですまない。本当に申し訳ない。10体まで1つずつつけられる。オーソドックスにHP上昇の他、物理攻撃の無効化や、生き残るとコインを入手、先制攻撃の付与、属性変化など色々ある。攻め入る方はどのクリーチャーが何を装備しているか分からないから、戦う相手を選ばないとMP切れしてゴールにたどり着けなくなってしまう。攻める側も守る側も相手の読みの上を行くことが勝利の道だ。

 さて、これだと宝を置いておく意味はあるのかと思われるだろう。わざわざ取られるリスクを冒して迷宮に置く意味はないと。置く理由はちゃんとある。置いて時間をかけておくと、宝のグレードが上がるのだ。長く時間をかければ更に上がる。それを得るために寝かせておくのだ。攻め入る側も、何が置かれているか確認できるため、高いグレードの宝があるのなら優先的に狙われることになる。迷宮は最初から1人2つ持っているので、2つの宝を同時に置けるぞ。もちろん、同時に置く必要はないし、両方とも配置する必要はない。侵入者がいる間は宝を取り出せないが、取り出しの予約をしておけば侵入者が撤退し次第、自動で取り出してくれる。

 クリーチャーには変わった奴がいる。その一例を紹介しよう。ラストスライム、コスト6、ST4、HP3。ラストは最後のlastではなく錆びるのrust。これがイラスト、置かれた剣に垂れて錆びさせているのが分かるだろう?良く見るとここに目がある。分かった?僕は最初気づかなかった。それでこいつの何が変わってるのかって?イラストの美麗さじゃないんだ。このゲームの絵は皆、うっとりするほど美しいからね。変わっているのは効果だ。さて、効果の方は、戦闘終了時に相手の待機ユニットをランダムに破壊する、というもの。え?それだけ?と思うかもしれない。しかしこのゲームにおいてはそれは文面以上の効果を発揮する。文字数にしてたったの25が大きな効果を発揮する!

 戦闘終了時、つまり戦闘に生き残れば発動する効果だ。これを発動させないようにするには倒さなければならない、発動させるには生き残らせなければいけない。相手は必ず倒すように力をつぎ込むか、戦闘を避けて別ルートに行こうとするだろう。もしかしたら気にせず突っ込むかもしれないし、避けて通れない場所にいるかもしれない。仕掛ける側は、それを見越して何を装備させようか、それとも装備を持たせずに囮にしようか、とマップの配置を考えながらできるんだ。どちらに転んでも有効に使えるのはどこの配置か。色んな可能性がある。このように文字通りの単純な効果じゃないでしょう?幅広い可能性を君の手で切り拓くゲームなんだ。

 守る側の説明はこんなところだろうか。攻める側の説明をしよう。運営の用意した迷宮の他、他のプレイヤーの作った迷宮を選択して攻め入ることができる。プレイヤーが作った迷宮には同時に2人以上入れない。1人で入ることとなる。こちらもユニットを組んでいくのだが、10体までMPの合計量に関係なく組める。代わりに!戦闘の度に召喚してMPを消費していく。召喚して倒されなければユニットプールに戻って来る。破壊されればその迷宮では使用できなくなる。装備品も10枚持っていける。それぞれ1回しか使えないのは変わらずだ。こちらは主に攻撃力を上げたり、巻物攻撃を行ったりするものを中心に持っていくことになる。一度攻略に失敗するとそのプレイヤーはその迷宮に1時間入ることができなくなるぞ。一時間後も残っているか不明なので配置や形状を覚えるメリットは薄い。ただし、運営の用意した迷宮は別だ。即座にチャレンジできる。…勘のいい人はある嫌な予感が浮かんだかもしれない。そう、リトライ前提の高難易度と記憶力を要求するものではないか…と。安心してほしい。リトライ前提の難易度ということもない、練習用といったところだ。報酬も練習相応だがね。

 もし、もし…だ、迷宮に挑戦したのに宝にたどり着けず、何も得られなかったら虚しくならない?MP沢山払って敵を倒して進んだ先は行き止まり、おお…。そんなことされたら僕だったら投げてるね。でも僕は投げていない。その意味するところは完全にデメリットではないということだ。道中にも宝箱がある。そりゃ、迷宮の奥にある宝と比べたら粗末なものさ。しかし、そこから得た物を自分の迷宮に寝かせてグレードアップさせれば素晴らしいものになる。

 ネットを通じて相手との知恵比べだ。君の頭脳を世界に知らしめてやれ!

 時間も無くなってきた。後は君自身の目で確かめてくれ。リンクはここ、下の帯にある。ぜひ遊んでね。ゲームでまた会おう、バイバイ!


 再生が終了した。

「どう?」

 配置して待つだけならそれほど時間はかからないだろう。しかし、待っている間に攻略されてないか気になってしまい、仕事にならないのでは?いや、何もそこまでハマるだろうか。こればかりはやってみないと分からない。娯楽に溢れた現代で重要な継続性、プレイしていない間に忘れられないことを重視した作りか。余白を重視した宣伝やサイトを使うウチの会社と通ずるところがあるな。親近感が湧くと甘くなるな俺…。

「ミレイが言うならやってみよう。迷路好きだからな」

「やった!コード取るからインストールしたら入力画面で入れて。そうしたらコインが得られる」

「コインって何に使うんだ?動画で説明無かったよな?」

「主にパックを買うのに使うんだよ。コインはログインボーナスの他、ミッションクリアや迷路の中で拾ったり、宝箱に入れて増やしたりもできる」

「ああ、要するにゲーム内通貨か」

 時間に余裕がある人はゲームをして増やし、無い人はリアルマネーで買って増やす、といった感じかな多分。

 ミレイは手を押しのけて膝から降りてタブレットを机に置き、小走りしてタケルのスマホを取って戻って来て渡す。再びタブレットを持ち上げて操作を始める。

「よーし、それじゃコードは…と。これだったかな?」

 スライドして出現したバナーをタッチし、インターネットブラウザが起動する。URLはhttpから始まらず、見慣れないプロトコルが書かれていた。

「きゃっ…」

 画面に砂嵐が出現し、ザーと音が流れ始める。

「どうした?」

「いきなり変な画面に…」

 ミレイの指が画面に触れ、腕が画面に取り込まれ始めた。体が画面に吸い込まれていく。

「パパ、助け…」

 タケルは手を伸ばすがミレイの手を掴み損ねて虚空を握った。タブレットはバシッ、と机に落ちた。周囲を確認してから画面をのぞき込む。

 しかしそこには砂嵐があるだけ。何も見えない。

「クソッ、一体何が…」

 今ので死んだのか?それとも連れ去られただけなのか?どちらも嫌だが、できれば後者であってほしい。触れることで吸い込まれたように見えた。この砂嵐、一度電源を消して着けなおすと見えるようになるだろうか…。いや、ミレイがどこかへ連れ去られたのなら、一度消すとアクセスできなくなるかもしれない。

「ええい、行くぞ!時間がないんだ!」

 手を広げてバンと画面を叩く。腕が沈む感触があり、それは吸い込みに変わり、画面の中へと取り込まれていった。

 明かりのついたままの誰もいない静かな部屋が残る。暗闇の中を雨が静かに降り続けていた。

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