魔王四天王的千枚葉ちゃんの扱い
セフィロートを侵略する魔王軍には魔王四天王以外にも強い魔物がいる。準四天王と呼ばれるミル・フィーユという人物である。
ミルは出自が特殊であるが故に、魔物たちからは甘く見られるが、魔王軍に入った当初はとんだ跳ねっ返りで、自分を認めない存在は片っ端から捻り潰していった。
まだ魔王四天王の決まっていない時代、跳ねっ返り少女ミルは魔物たちの間で恐れられ、魔王軍筆頭になるんじゃないかという憶測まで飛び交ったほどだ。
しかし、そんな跳ねっ返り少女ミルが敵わなかった存在がいた。それが今の魔王四天王である。
始まりは森。当然、セフィロート唯一にして随一の森、フロンティエール大森林でのことである。
「魔物といえど、森を荒らすやつは許さねぇだ」
跳ねっ返り少女と最初に対面したのは、森の守護者、アミドソルであった。
木の民をのべつまくなしに傷つけていたミルを見かねて、アミドソルはやってきたのだった。
「ふんっ、図体ばかりでかい見かけ倒しが」
後の魔王四天王にこんなことを言うとは。ミルはかなり不遜だった。
そんな安い挑発に乗るのはどっかの脳筋くらいなもので、アミドソルは忠実に森の守護者の使命を果たした。
「お前、強いだな」
ミルはようやく自分の実力を認める者が現れた、とふんぞり返った。が、直後。
「それなら、今度ノワールが挙兵するって言ってだがら、お前も魔王軍に来るといいだよ」
「へっ?」
虚を衝かれたミルを文字通り、あっさりつまみ上げて、アミドソルは魔王軍が準備しているところにひょいとミルを放った。
ミルは移動中、木魔法を駆使して、アミドソルに楯突いたが、アミドソルはそよ風でも吹いているかのようにまるで効果を感じていなかった。土の民の強靭な体を傷つけることは難しい。
「ふむ、魔法使いタイプだか。サージュが喜びそうだな。木属性の攻撃魔法っていうのが面白いだ」
ミルの葉っぱの攻撃など痛くも痒くもないらしく、アミドソルはミルをサージュのところに放った。
アミドソルがサージュにミルの説明をする間、ミルはじっとサージュを観察していた。
賢者の名を冠する人物が、本当に賢者を名乗るに相応しいのか、じと目で観察し、百聞は一見に如かず、と魔法攻撃を不意討ちで放った。
「あれっ?」
するとどうだろう? ミルの攻撃はサージュに当たりすらしない。サージュのローブの近くまでは行くが、木の葉は当たる直前で弾かれる。
目を凝らしてよく見ると、薄く風の結界をサージュは纏っていた。それこそ、服の布レベルの薄さだ。それをアミドソルと雑談をしながら行使している。ミルがサージュをただ者じゃないと認めるには充分であった。
そんなこととはつゆ知らず、アミドソルからミルの説明を受けたサージュがほうほうと頷きながら、ミルを見た。それから全身を眺めて、なるほど、と頷く。何がなるほどなのか。
思索を巡らせる間もなく、ミルは今度はサージュに連れ去られた。風の民が魔法訓練によく使う土地に連れ去られた。
「では早速、私と戦ってみましょう」
「はい?」
何がどうなってそうなるのか。だが、ミルはやる気満々だった。目の前のサージュを倒せば、ミルが今度はサージュの名を戴くことになるのだ。そうしたら、否が応にも、皆、ミルの実力を認めざるを得ない。
「木よ、刃となりて舞え!」
ミルの詠唱で生まれた無数の木の葉が、サージュに迫る。対して、サージュはたった一言。
「風よ」
サージュがそれを紡いだだけで、逆風が吹き、木の葉の刃はミルの皮膚を傷つけていった。サージュが悪くないですね、と言っていたが、完全なる敗北であった。
それから何日かして、魔王軍は挙兵した。魔王軍の中でも選りすぐりの四人、魔王四天王を筆頭に。その魔王四天王の中にはミルを見つけたアミドソルとミルが完敗したサージュの他に、シュバリエとアルシェという人物がいた。
自分が強いことを誇示したくて、魔王軍の拠点である神殿が作られると同時、ミルは訓練場で暴れに暴れた。暴れまくった。準四天王と呼ばれるくらいには。
ただ、まだまだ跳ねっ返りだったミルはその「準」というのが気に食わなかった。
そんなとき、サージュから声をかけられた。
「アルシェと一緒にイェソドの征服に向かってください」
「はい!」
その命を喜んで引き受けたのは言うまでもない。
アルシェを出し抜いて、イェソドの侵略をしようと考えていたからだ。
だが、それは浅知恵だった。
イェソドの入り口で、矢をつがえ、アルシェが言い放ったのは。
「トィルビヨン・ド・オー」
それは魔法をかじっていれば誰しもが聞いたことのある、最強にして最凶の魔法、原語魔法だった。現代の言葉に訳すと「水の渦よ」となる。
それだけで、アルシェはつがえた矢と同等以上の威力を持つ魔法を矢の如くイェソド中に打ち放ち、ミルの出る幕もなく、イェソドの征服は完了した。
原語魔法といえば、詠唱が難しい上に魔力の消費が激しく、コストパフォーマンスが悪いとされ、廃れていった魔法である。それを見たところ、千、万、否、数えきれないほどの矢の形に増幅させ、一都市を吹き飛ばした威力の絶大さに、ミルは圧倒せざるを得なかった。
神殿に戻り、報告をすると、サージュは困り顔になった。
「魔力量だけで言ったら、アルシェが一番ですからね。燃費の悪い原語魔法も平気な顔でばかすか打ちますよ。実際に見て、どうでしたか?」
問われるまでもない。圧倒的な実力差を思い知った。木属性と水属性だと木属性が優位というのが一般的だが、属性の相性など、圧倒的力量差があれば関係ない。戦わずして、ミルはアルシェに負けたのだ。
当然、まだ跳ねっ返り気質がなくなったわけではない。
そんなミルの前に最後に現れた四天王は、魔王四天王筆頭であるシュバリエだ。
シュバリエは非常に好戦的で、サージュの「将来有望な相手がいますよ」の一言でミルとの対戦に挑んだ。
シュバリエは魔法剣士タイプだという。であるならば、魔法使いであるミルの取るべき戦法は一つ。剣の間合いに引き寄せないということの一点に限る。四天王の中では魔法が不得手であることもサージュから教わっていたため、これは勝てる、とミルは思っていた。
が。
「いいか? 俺が魔法が不得手というのは、魔王四天王基準においてのことだからな?」
しかもシュバリエが使うのは火魔法。木魔法とは相性が悪い。
シュバリエの一言を最後に、ミルの意識は途絶えた。
ミルとの対戦後のシュバリエはふう、と深く息を吐いた。
「どうでした?」
サージュからの問いにシュバリエは剽軽に肩を竦める。
ミルを指して言った。
「こいつ、魔法をもうちょい自在にして、体術を身につけたら、ヤバいことになるぞ」
意識は失っているものの、ミルはこの瞬間、魔王四天王に目をつけられることになった。
その後。
ミルはサージュから呼び出され、何事だろうと思っていくと、サージュは一本の木の杖を手にしていた。
「あなたの属性に馴染むよう、木を素材に杖を作りました。今後、あなたの力となることでしょう」
その杖をミルは受け取った。
それから、サージュが告げる。
「あなたには私が直々に魔法の使い方を教えます。その習得次第では、我々魔王四天王に匹敵する力を得ることでしょう。どうしますか?」
力に貪欲なミルはそれを受け入れ、サージュに師事するようになった。師事していくうちに、サージュがどれだけすごい魔法使いなのかを実感し、跳ねっ返りだったミルは、徐々にサージュを尊敬するようになった。
その上、体術の師として、アミドソルとシュバリエがバックアップさてくれることになった。これ以上のサポート状況があるだろうか。
ちなみに、アルシェは原語魔法で充分な尊敬を得ていた。
これがミルが魔王四天王を尊敬するまでの経緯である。
さて、一方の魔王四天王はどう思っているかというと。
まずはシュバリエ。
「久々に骨のありそうな相手が見つかって嬉しいぜ」
ぶれのない脳筋解答である。
続いてアルシェ。
「とにかく可愛い。とりあえずマスコットとしてぎゅーって抱きしめる権利が欲しい。もうミルは魔王軍の癒し」
ほわほわ解答。
次いで、サージュ。
「久しぶりに鍛え甲斐のありそうな魔物で、これからの成長が楽しみですね」
完全にワクテカ状態のお師匠さま。
最後に、アミドソル。
「一緒に森の守護者やってぐれだら、いがったんだけどもなぁ」
相変わらず、アミドソルが一番まともな魔王四天王のミルに対する見解であった。