アミドソルの日常
あらゆる命が栄えるセカイ、セフィロートには十の都市があり、その都市を六都市と四都市に隔てるセフィロート唯一にして随一の森がある。それがフロンティエール大森林である。
フロンティエール大森林には魔物が棲む。フロンティエール大森林の土から生まれる土塊の巨人、土の民や、森を成す木々に宿る木の民などだ。木の民の数が多いが、木の民はセフィロートの主神に仕える樹木神アルブルが森の管理を行っているため、生命を潤す魔法しか使えない。つまり、外敵から攻撃を受けた際に、身を守る手段がないのだ。
そんな木の民の代わりに戦うのが、土の民という種族である。土の民は文字通り土から生まれる。フロンティエール大森林の豊かな土からだ。その体は魔力で固められており、魔力が絶えることが即ち、土の民の死というものである。
そんな土の民はその巨体を生かし、素手で戦う戦士たちが揃っている。体術においては人間は愚か、魔物の中でもトップクラスと言える実力を持つ。加えて、土の民の戦法は、一族に伝わる魔法と併用して身体能力を強化するものであるから、並の人間では歯が立たないし、手も足も出ない。
そんな土の民の中でも当然、力の優劣はある。土の民は長を持たない。代わりに、力の強い者が「偉大なる土の民」の名を戴き、土の民最強の名を縦にするのだ。
影年一九九〇年代、そのグランソルの名を戴く土の民は、グランソルの称号の他に魔王四天王という称号を持っていた。そんな彼こそがアミドソルである。土を友のように自在に操るその姿から、「土の友」を意味するその名を戴いた。
そんなアミドソルには最近、土の民の友情を誓う儀式であるアミの契りを行うほど仲が良くなった人間の子どもがいた。
森の中、位置としてはケセドの近く。樹木神アルブルの宿る大樹がある場所で、静かながらに緊張の糸が張り詰めていた。
向かい合うのは人間の少年。白い髪をして、湖のような穏やかな瞳で、眼前の巨人を見上げている。
巨人は少年と対照的な黒い体。土塊でできた体だ。彼こそが土の民最強の戦士にして魔王四天王の一角を担うアミドソルである。
向かい合うのはアミドソルとアミの契りを交わした少年、リアン。氷の剣士と呼ばれている。セカイを救う役目を担うダートという特殊な能力の使い手だ。現在の時点でセフィロートにいるダートの使い手はリアンの他にもう一人いる。そちらは魔王に立ち向かう勇者と呼ばれている。
ではリアンは今、魔王四天王を前に戦いを挑んでいるのか? ──違った。
リアンは一歩前に踏み出す。ぎっちりと踏み込んで跳躍。二倍以上はあるアミドソルに果敢に飛びかかっていく。その顔に向けて、蹴りを繰り出した。
「狙いがあめぇだ」
アミドソルは冷静にリアンの細い足を掴む。リアンは宙吊りの状態になった。
だが、ただ転ぶリアンではない。体をしならせ、拳を突き上げる。拳を向けた先は人間ならちょうど鳩尾に相当する部分。リアンは掴み上げられたことを利用して、攻撃にちょうどいい高さを手に入れたのだ。
「おっと」
土塊で体ができているアミドソルには内臓が存在しない。故に受けるダメージは少ないが、リアンの拳が入った辺りに小さな穴が穿たれる。
「なかなかやるようになっただな、リアン」
言いながらアミドソルはぱっとリアンの足を掴んでいた手を離す。リアンはまっ逆さまに落ちる──かと思いきや、半回転し、地面に着地した。すぐに踵を返してアミドソルと対峙する。
リアンは困ったように笑っていた。
「やっぱりソルは強いなあ」
「まあ、そう簡単に負げでもいられねぇだ」
まあ、アミドソルは魔王四天王。魔王軍の頂点に立つばかりでなく、セフィロートの頂点に立つかもしれないくらいの戦士だ。強いのは当たり前と言える。むしろ強くなければ魔王四天王としても、グランソルとしても名折れだ。
しかしこのリアンも強い。アミドソルにダメージを与えられる人間などそういないのだ。魔法もダートもなしで。
そう、リアンはダートを使っていない。ダートを使えば、リアンは身体能力を底上げすることができる。だが、リアンは敢えてその能力を使おうとしなかった。
「ダートなしでも戦える術を身につけないとって師匠が言ってた」
「なはは……まあいい心がけだな」
ちなみにリアンが師匠と呼ぶのも魔王四天王というのは内緒の話だ。
「魔物は人間より魔法の技術がすごいから、いつか魔法でダートを打ち消す術が開発されるかもしれない」
その警戒は悪いことではないが、アミドソルは首を傾げる。
「ダートは魔力を使っていねぇがら、魔法で干渉すんのは難しいって、おらの知り合いが言ってただ」
そう、魔法は魔力によって成されるものだが、ダートは違う。ダートは魔力を使わない特殊な能力なのだ。故に、魔法での対応策というのが見つかっていない。
けれど、リアンは首を横に振る。
「ダートにも属性理論は通用するよ。例えば、炎のダートの使い手に水魔法を使えば、炎のダートを止めることができる。もしかしたら、これを応用して、ダートでの身体強化も、弱体化魔法で打ち消せるかもしれない。だから、ダートに頼りっぱなしはよくないんだ」
真面目なリアンは使えないながらに魔法理論というやつを勉強したらしい。確かに属性理論でいけば、リアンが作った氷は火魔法で溶ける。それを溶けないように熱気のダートで覆うという器用な技をしているから、リアンは「氷の剣士」でいられるのだ。
アミドソルは感心した。アミドソルは土の民である。魔法の基礎は実はあまり知らない。ただ、アミドソルも真面目ではあるため、同じく魔王四天王のサージュから魔法理論を聞いたりしている。ただ、魔法理論からダートを抑える展開など考えたこともなかった。アミドソルはあくまで戦士であり、覚える魔法はその能力を補助するものでしかないからだ。サージュも、アミドソルは典型的な戦士タイプなので、無理に魔法を覚えるより、一族に馴染んだ戦法を使った方がいい、と言っている。
だから、あまり魔法のことを穿って考えることはないのだ。
リアンはどうだろう。魔法は魔力が少ないので使えない。けれど、きちんと魔法理論を覚え、対策を立てている。立派なことではないか。サージュがリアンが今披露した魔法理論を聞いたら、両手を打つにちがいない。サージュはあれで魔法馬鹿なので、同志を得たように喜ぶかもしれない。
アミドソルはリアンはあまり戦いに巻き込みたくないと考えている。勇者という大きすぎる使命をその小さな体に「ダートの使い手だから」という理由だけで押し付けられたのを逃げてきたのだ。そんな子どもに戦いの道を歩ませるのは残酷なように思えた。
いつかはリアンは人間側か、魔物側か、決めなくてはならないときがくるかもしれない。けれど、せめてそれまではリアンとは純粋な友でありたかった。
だから、師匠である人物が魔王四天王だということも隠すし、リアンに腕試しを挑むサージュやアルシェの存在も隠し通す。
「よし、じゃあソル、今度はお互い、本気でやろう」
「わがっただ」
リアンがダートを発動させ、アミドソルも魔法で身体強化をかける。
ただリアンと組み手をするだけの、平和な日常が続いてくれればいいとアミドソルは思うのだ。