魔王四天王は氷の剣士に立ち向かってみるその2
「サージュばっかりずるい」
そう神殿で喚いたのは、アルシェである。
今、神殿の魔王四天王の間で、先日、リアンとサージュが戦った話が話題になっていた。それを聞いたアルシェが、冒書のように述べたのだ。
アミドソルが相変わらず少ない顔パーツで器用に表情を作る。
「まあまあ、落ぢ着ぐだよ、アルシェ」
それはわかりやすく苦笑いだった。見ているサージュとシュバリエは思う。何故目と口がある以外はのぺっとした平たい顔なのに、それほどの表情を作れるのか。顔にしわが寄っているわけでもない。アミドソルの表情の豊かさは目を見張るほどだ。
そんなアミドソルの表情を見ているのかいないのか、アルシェはまだ膨れっ面をしている。
「わーたーしーもー、氷のー、剣士くんにー、あーいーたーいー」
「キャラがぶれっぶれなのわかって言ってるか、アルシェよ」
アルシェのあんまりな駄々のこね方にシュバリエがツッコミを入れる。まあ、仕方ないことだ。
アルシェはでもー、と不満そうだ。
「それに、お前が森で戦ったら大惨事だろ」
「そうですよ。森で爆発魔法なんか使ったら、アミドソルに処刑されますからね」
「おら、そんなに物騒じゃねぇだ……」
三者三様な言い様に、更にアルシェが拗ねる。
「だって、氷魔法使えるようになりたい」
そこにすかさずサージュが突っ込む。
「いいですか氷魔法は水魔法の上位互換とされていますが決して下位互換である水魔法が弱いなんてことはないんですよ決してそれに忘れないでください氷の剣士くんが操るのは魔法ではなくダートダートは魔法とは異なる力そんなダートで生み出す氷と氷魔法で生み出す氷はまるで違うのですというか氷の剣士くんは正確には氷のダートの使い手ではなく温度を操るダートの使い手なんです水魔法氷魔法とは似てもにつかない能力なんですから魔法のお勉強にならないのは少し考えればわかるでしょうがというかダートは魔力を使わないんだから魔法使いが真似ようとしてできるもんなら魔法使いは苦労しませんよそこら中ダート使いで溢れますよっていうかそもそもの話あなた魔法使いじゃないでしょうにそう根本からあなたの考え方は間違っているんですあなたの本職は射手でしょう弓矢の扱いに長けるだから原語で射手という意味のアルシェという名前なんでしょうがというかあなたはこれ以上魔法を極めなくていいです向学心も向上心もいいことですがあなたの場合はもうこれ以上やめてくださいそう災害レベルの魔法使えるんだから少しは自覚を持ってください魔力のコントロー
ルもできないのに森に行くとか完全に森荒らすコースですからね本物の氷の剣士くんを見てきたから言いますが氷の剣士くんはアミドソルと並び立てても遜色ないくらいの実力の持ち主ですよよく考えてみてくださいダートを使いこなす上に魔王四天王のシュバリエとアミドソルを師に持ち体術ではもう師匠以外右に出る者はないといっても過言ではないというか見たところまだまだ伸び代があるので日々進化を遂げているのですそれが体術だけならまだしもダートもですよ一辺頭を冷やして考え直しなさいこの私でも指一本出なかったんですからねいくら手加減していたとはいえしかも彼の強さは物理的なものだけではないのです精神的な強さがあるんですどんな困難に直面してもへこたれない諦めないそんな精神があるのですそんな人間今まで対峙したことないでしょうシュバリエだってゲブラー殲滅のときだって氷の剣士くんがいないときを選んだんですよつまりシュバリエは剣士として氷の剣士くんの実力を認めているということなんです今や剣士の頂点に立つシュバリエが認めるなんてどれだけのことだと思っているんですか後衛職の我々が譬セカイ最高峰の実力を持っていても近
接戦に持ち込まれたら不利は絶対のものと判断せざるを得ません氷の剣士くんが私の風魔法の鎌鼬をどうやって避けたかわかりますか彼は冷気のダートを空気中に張り巡らせて冷気の動きで鎌鼬がどこから襲ってくるか予想して避けたんですよもうあれは人間の枠に当てはめておく方がおかしいんです成長すれば我々魔王四天王と匹敵する力を持ちうる実力者です本当にアミドソルとアミの契りを交わすほど義理がたい人物でなかったら我々はもう一網打尽にされているかもしれませんその点でアミドソルはただの善意とはいえその子を助けたのは非常に大きいと思いますこちら側でもあちら側でもない中立の立場に彼がいることが我々魔王軍のどれだけの救いになっていることか話は逸れましたがそれほどの実力者を相手取るとなるとアルシェあなたは全力をもって対峙しないといけないあなたの全力は魔王四天王の中でも恐ろしいほとに凶悪なものであるんですその自覚をいい加減持って行動してほしいものですですから氷の剣士と戦うなんて馬鹿な真似はおよしなさいアミドソルとグランシェーヴルと結んでいるフロンティエール大森林不可侵条約に背くところがありますのでよく熟考
の上思い直してくださいそれでも戦いたいというのならあなたに残された手段は一つ私の屍を越えていくことですが四天王同士で潰し合うなんて馬鹿らしいにも程があるでしょうまだ女神さまの復活のために私たちは尽力していかなければならないというのにこんなところでへばっているわけにはいかないのですですから自らの力を削るような愚策など捨てて魔王四天王のとしての役目を念頭に入れた行動に出るのが私は重要だと思いますというかそもそも氷の剣士くんはダート持ちで本来なら私たちとは敵対するべき存在なのですからそれがこの戦況を黙認してくれるというのなら私たちがあの剣士に手を出すことは敵対行動無闇にしかも腕のある実力者を敵に回す何の益にもならないことになるのですから我々は氷の剣士に手出しをするべきではないのですそれにアルシェは今の状態で充分に強いいいですか魔王四天王はこのセカイの選りすぐりを集めた集団なのですから右に出る者などあり得ないのですそれがわざわざ修業だ鍛練だと言って敵を増やすことを無意味とは思わないのですか我々は各々の強さを極めたそれでいいではありませんかこれ以上何を求めるというのですか第一氷
の剣士くんに突然戦いを挑んでいって後のことはどうするつもりですか氷の剣士くんが混乱しているところをアミドソルが何気なく尻拭いをしてくれるのですよそうこれはアミドソルにも多大なる迷惑をかける事態なのですそこまで語って尚もあなたは氷の剣士くんと戦いたいというのですか」
ここまでの長台詞を一息で言い切ったサージュはようやくここで一区切りにし、ふう、と深い息を吐き出す。
シュバリエが普段は冷静沈着なサージュのこれでもかというお説教を端から見ていて溜め息を吐き、サージュに一言。
「疲れないか?」
「疲れました」
サージュは即答。まあ、一呼吸の間もおかずに全て言い切ったのですから、サージュは著しい酸素不足で、ふらついている。
アミドソルが即席でそこに椅子を出した親切心に礼を言う余裕もなく、サージュは椅子に凭れかかりました。まあ、あれだけ言ったのだ。疲れもするだろう。
ところが。
「でも、戦ってみたい」
アルシェにはあれほどの攻撃が一ミリたりとも効いていなかったようで、サージュが頭を抱えたのは言うまでもないことだ。
戦闘狂度合いで表すなら、シュバリエ>アルシェ>サージュ>アミドソルである。アルシェは四天王間第二位の戦闘狂だ。常識ばかりで止められるのなら、苦労はない。
仕方なく、お人好しのアミドソルはアルシェに魔法を使わないことを条件にリアンに対面させることにした。
リアンはシュバリエに習った剣術とアミドソルから習った体捌きでアルシェのセカイ最強の弓矢を悉くかわし、アルシェにあっさり峰打ちを打った。
アルシェが得た収穫は二つ。アルシェは魔法との併用があってこその強さであること、そして、リアンはもうセカイ最強への道に片足を突っ込んでいることだった。
もちろん、リアンにはアミドソルから知り合いだという説明が与えられ、リアンはしばらく謝り通したのもお察しの通りである。