神殿の作り方
神殿、三分クッキング(((((
某お料理番組のテーマを流しながら読みましょう。
闇の女神ディーヴァを奉る神殿が魔王ノワールが進軍を開始してほどなく、マルクトに建設されたのは有名な話である。
ノワールの進軍から一日足らずで建設された闇の女神神殿は、人間からすると、深淵なる謎であった。生命の神の神殿はケテルにある。そのケテルの神殿は人間が作ったわけだが、建設には何百年もかかったという記録がコクマの蔵書にある。
一日足らずでできた闇の女神神殿のできばえは、何百年とかけて造られたケテルの神殿に引けを取らない荘厳で流麗なものである。色は白一色の生命の神の神殿と対になるようにか、黒一色である。正反対のように見えて、この二つの神殿、実によく似ているのだ。
まあ、それもそうだろう。
がきぃん、ばちぃんと剣檄やら魔法やらが散る訓練室。そこで見物をしていたサージュがぽつりと呟いた。
「この神殿、ケテルの神殿をモデルに作りましたからね」
似ていて当然なのである。サージュは魔法で人間に変身することができるため、人間の街にはよく行く。ノワールが、ディーヴァ様のために神殿を築きたい、と言った際、その無茶振りを達成しようとケテルに行ったのが、随分と昔のように感じられる。
眼前ではシュバリエとアルシェが人智を越えた戦いを繰り広げているが、そよ風でも吹いているかのように凪いだ目でそれを一瞥し、サージュは内装を眺めた。
その傍らで、同じように馬鹿げたレベルの戦闘をよそに、魔王四天王の一人であるアミドソルが内装を見上げる。
この訓練室は元々、戦闘狂のシュバリエの要望によって作られた場所である。戦闘狂で四天王筆頭のシュバリエがその力を存分に振るえるようにこの場所はサージュの強固な結界に包まれている。それはさておき。
「ああ、ここを作ったときだか。懐かしいなあ。あんどきは大変だっただ。ノワール様も無茶言うど思っただよ」
「普通に作ったら、いくら魔物でも何百年とかかりますからね」
これがこの神殿を僅か一日足らずで作った二人のコメントである。
要するに、普通に作ったわけではないのだ。当たり前だろう。
時は影年一九九〇年。
魔王ノワールの鶴の一声で、闇の女神神殿の建設が決まった。いち早く征服したマルクトに、侵攻開始の旗印として、拠点を置きたいという目的もあった。
マルクトは王国都市とも呼ばれ、その名に相応しく、その土地を治める者には「王」という称号が与えられていた。王がいるからには王城もあり、それはそれでかなり荘厳でそれも作るのに何百年もかかったと言われている。
マルクトを制圧したなら、その王城を拠点にすればいいだろう、という話なのだが、どっかの脳筋四天王が、圧倒的な武力差を見せつけるため、と称して跡形もなく吹き飛ばしてしまったのだ。そのおかげでマルクトの制圧は速やかに済んだのだが。ほとんどの者が、巻き込まれ、死んだから……
だが、拠点とすべき建物がなくなってしまったため、新たに作らなければならなくなった。
侵攻に何百年もかけるわけにはいかない。故に、拠点建設に何百年もかけるわけにはいかない。
そこで駆り出されたのが、サージュとアミドソルであった。
二人は二人共、ケテルの神殿に行ったことがあった。サージュは人間に成り済まし、アミドソルは生命の神に連なる神、樹木神アルブルの遣いとして。何度もケテルの神殿を目にしていた。
故に、二人は神殿をそっくりそのまま作った。
アミドソルが神殿の形に土を魔法で盛り上げ、サージュが風で細かい彫刻を施せば完成。魔王四天王ならではの離れ業である。人間が見ていたなら、顎が落ちていたことだろう。そして嘆いたはずだ。自分たちがかけた何百年という月日は一体何だったのか、と。
相手はセフィロートの頂点に君臨するといっても過言ではない魔王四天王である。力量差をわざわざ口にするのも馬鹿馬鹿しい。
「いやぁ、もしかしたら、侵攻のときより、あんどぎの方が魔力使ったがもしんねぇな」
アミドソルがしみじみという。アミドソルは元々、素手で戦う戦士タイプの魔物である。魔法を全く使わないわけではないが、普段使いでないのは確かだ。
そんなアミドソルの台詞に、傍らのサージュもしみじみと、そうですね、と同意した。
「アミドソルにあれだけの魔力を使わせることになろうとは……うちの馬鹿が申し訳ありません」
「いんや、シュバリエが戦闘狂で、一旦戦闘になると後先を見なくなるのはいづものごどだ」
四天王は皆、旧知の仲だが、アミドソルはそれほど他三人とずっと一緒にいたわけではない。三人は都市に住んでいたが、アミドソルは森に住んでいたのだ。
そんな三人とアミドソルの出会いはひとえにシュバリエの戦闘狂の賜物である。シュバリエが森を守護する強い戦士がいると聞いて、森にやってきたのだ。当時最強を目指していたシュバリエは噂通りに強いアミドソルを認め、それからよく取っ組み合いに森を訪れるようになった。
それも懐かしい話ではあるがさておき。
「ただ、この神殿の建設のとき、おら、ちょっと魔法に自信なぐしただ」
「まあまあ、人には得手不得手というものがあります」
「んだどもなぁ……」
もう一度、神殿を作ったときのことを振り返る。
アミドソルは、拠点として神殿を建てる、と聞いたとき、まず拠点として重要な、頑強さについて考慮することにした。故に、彼の最も得意とする土魔法を使ったのだ。
神殿というだけあって、かなりの広さを持っていながら、頑強さもある土の神殿。色は味気ないが、黒っぽいので闇っぽくていいだろう、と思った。
頑強さに拘ったため、装飾に拘らなかったアミドソルだが、暇潰しにとそこへサージュが装飾を加えたのである。
広範囲魔法に慣れていないとはいえ、セフィロートの最高峰に名を連ねるアミドソルが頑強さに重きを置いて作った神殿を、サージュはいとも容易く、風魔法で削ってみせたのだ。
まあ、魔法の腕なら、サージュは魔王四天王中で最強だ。仕方のないことではあるが、わかっていてもアミドソルはへこんだ。
「私がやったのは少しの彫刻と付与魔法だけですよ。アミドソルは充分に強いですからそう落ち込むことはありません」
説得力が皆無なこと甚だしい。
今だって、この部屋で繰り広げられている魔王四天王対魔王四天王という馬鹿げた戦いにもこの部屋が持ちこたえているのは、ひとえに、サージュがこの部屋に施した結界魔法のおかげなのである。
「ちっくしょー」
「あ、珍しい。シュバリエが負けただ」
どや顔のアルシェに地面を叩くシュバリエ。
そんな非日常的日常が繰り広げられるこの空間を作った偉人は、二人の魔王四天王であった。