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学園アミちゃん~体験入学~

「はーい、アミドソルさんは働きすぎなので、魔王権限によりゆとり生活を送ってもらいまーす」

「ゆと……?」

 それが全ての始まりだった。


 目をぱちりと開けると、見たことのない建造物の天井。起き上がっても天井に頭がぶつからないことにソルは戸惑った。

 立ち上がるとほどよく生活感のある部屋に、おあつらえ向きに姿見が置いてある。が、ソルは今までこんなに大きな鏡を見たことがなかった。

 何故なら、三メートルは下らないソルの全身を映す鏡など、セフィロートには存在しないからだ。

 だが、鏡を覗き込んで、ソルは更に驚愕することになる。

 そこに映ったのは土塊の巨人ではなく、ピンク髪の可愛らしい少女だったのだ。これは見たことがある。

 この姿はセフィロートで魔王ノワールと闇の女神ディーヴァとの遊びに付き合うとき、ソルが人間の姿にされた格好だ。土から生まれ、土に還る種族である土の民のソルには性別がない。声は低いので男寄りのイメージを持たれがちなのだが、あるときノワールの魔法で擬人化したときのこの少女姿がどうも女神にも評判がよかったらしく、ソルはわりとこの体にも慣れてきていた。

 直前の記憶からするに、ノワールの仕業であることにちがいない。また遊びに付き合わされているらしい。

 ノワールの声が何かしら指示するわけではない。「ゆとり」がどうとか言っていたが、好きに過ごしていいのだろうか。

 ソルはとりあえず、鏡の前でくるりと回る。ピンク色の髪は森の妖精フェイと同じだ。この姿でフェイと喋るのも楽しいかもしれない。そんな理由でわりと気にいっているのだ。

「ええと……」

 いつもはツインテール状態からスタートなので、寝起きらしい今は髪を結わねばならない。しかし、ソルは自分の髪を結ったことがない。

「……木の民だづがせがんできたどぎゃやるんだけども……」

 他人の髪を結うのは何度もやったことがある。だが、土の民であるソルにはそもそも髪がない。

「鏡見ながらやってみっか」

 ソルはこれで器用なのである。普段は土で無造作に作られた太い指で自分よりずっと小さい生き物の世話をしているのだ。少女のしなやかな指を自在に扱えるなら、髪を二つに結うくらい朝飯前なのである。

「できた!」

 人間の美醜がよくわからないソルはとりあえず左右対称ということだけで丸をつけられる。髪ゴムを使わず、リボンで結うのは実は至難の業なのだが、ソルからしたら、リボンで結う方がいつも通りなのである。

 すると、人の気配が近づいてきて、こんこん、と部屋の戸を叩いた。ソルは固まる。

 そういえば屋内なのである。自分以外の存在がいて当然だ。擬人化されたソルは少女の姿をしているが、誰と共に暮らしているのだろう?

「アミー、起きてるー?」

 名前アミなんだ、とソルは思い、ひとまず怪しまれないよう、標準語を喋る。

「はい、起きてます」

「朝食できてるわよ」

「今行きます」

 同居人? 声色からすると年上っぽいが、母親だろうか。

 土から生まれるソルに母親は存在しない。敢えて言うなら、ディーヴァの眷属であるためディーヴァが親と言えるだろう。

 親だとしたらどう接すればいいのだろう、とソルは慌てふためく。ソルの側には一般的な親を持つ人物が存在しない。フェイは妖精で、木の民に近い存在なので親と言える存在がいない。リアンはダートの発現を理由に幼い頃から親元を離れている。魔王四天王は、ヴァンとアルシェが長命種であるため、ある程度年を取ると親でさえ対等な存在になる。フランは戦闘狂の放蕩息子であるため、親の存在がよくわからない。鬼人族は戦いの種族であるため、常に強者であろうとすると同時、どこで死んでもおかしくないため、他者の命の価値を希薄に感じているようだ。それが親であっても。とても人間の情という物差しでは計れない。

 せめてノワールが何かヒントをくれればいいのだが、と思ったら、リボンのあった机の上にノートが置いてある。セフィロートの文字ではないが、ノワールが仕込んだ影響か、文字は読み取れた。ノートには「土屋アミ」と名前が綴られている。その名前が今のソルの設定なのだろう。

 ノートを開くと「今日から新しい学校!」と綴られている。

 学校……ノワールが時折やりたがる「学パロ」というやつだ。学パロをやるに当たっては、制服という決められた衣装を与えられる。

 クローゼットを開くと、ノワールが以前滅茶苦茶語っていた「セーラー服」という制服がかけられていた。おそらくこれだろう。

 魔王四天王随一の順応力と器用さを誇るソル。難なくセーラー服の着用に成功した。ソルは普段服を着ることがないのだが、ノワールのヲタトークにより、下着を身に着けるという一般常識も得ていた。

「リボン、結ぶタイプでねえのが……ノワールのいた世界ってのは文明が発展しとんの」

 学パロなのだろうから、スクールバッグらしきものも持って、部屋から出る。なんと二階建ての家だった。

 母の気配がする部屋に行くと、そこは食卓が用意されており、トースト、目玉焼き、サラダ、コーヒーが用意されていた。

 ソルは普段、食事を摂らないので、新鮮である。コーヒー用に砂糖とミルクが用意されているが、ソルは自重した。実はソルはコーヒーにひとつまみの塩を入れるのが好きなのだ。さすがに塩を出せというのは常識外れだろう。

 ああ、あとは口調も標準語を意識しなければ。「アミ」が田舎くさい娘なら訛っていても何も言われないだろうが、普通に美少女である。

 食べ終えると、家を出た。どこに登校すればいいのかは机に地図つきであったため、ソルの類稀なる方向感覚をもってすれば、難なく到着できる。

「ええと、私は転校生だから、まずは職員室に行かなきゃならないんだよね」

 職員室で無事教師と合流。髪色を見て顔をしかめられたが、ノートに挟まっていた証明書が全て解決してくれた。

 さて、教室に入ると、クラスがざわついた。なるほど、とソルは思う。セフィロートでは様々な髪色が存在するが、ここでは黒髪茶髪の生徒がほとんどだ。ピンク髪はびっくりするだろう。

「土屋アミです。よろしくお願いいたします」

 おお、と男子陣が沸いている。アミちゃん状態のソルはかわいいのだ。

 案内された席に座って、隣の子に挨拶する。順応が早いソルだが、それだけでなく、ここがノワールの通っていた学校だとわかったため、ノワールから聞いていた知識を実践しているのである。

「ねえねえ土屋さん。好きなタイプは?」

 性別のないソルには恋愛観が存在しないため、かなり難易度の高い質問である。

「考えたことないかも」

「えーっ、勿体ない!」

「じゃあ、特技は!?」

「うーん……物理攻撃……」

「なにそれ!」

 DIYと悩んだが、DIYは特技というより趣味と判断した。

「ゲームとかやるの?」

「格ゲー得意とか?」

 ソルにとっては苦い記憶である。大体のゲーム機器はソルの打撃がすごすぎて壊してしまうのだ。今の体なら上手くいくのかもしれないが。

「ゲームは苦手で……ゲーム機すぐ壊しちゃうから」

「不器用さんだ!」

「不器用というより破壊神では……?」

「こらー、授業始まるぞ。座れー」

 覇気のない教師の声で授業が始まった。

 ソルの学園生活の始まりである。

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