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お掃除屋さん

 魔王軍には働き者の「お掃除屋さん」と呼ばれる魔物がいる。

「おはようブラウニー」

「おはようございます」

「今日もよろしくね、ブラウニー」

「よろしくお願いいたします」

 魔王軍の様々な魔物や魔族に親しまれているお掃除屋さんの名前はブラウニー。働き者の土の民だ。彼はアミドソルと違い、小柄で、人間の子どもくらいの大きさなので、みんなも気さくに接してくれる。

 彼、ブラウニーにはそれが負い目となっていた。土の民の最大特徴は巨人であることといっても過言ではない。だというのに、ブラウニーはこじんまりとしていて、時には小型であることが特徴のプティ族の土の民、プティソルよりも小さい始末である。

 それでもブラウニーが馬鹿にされたり侮られたりしないのはブラウニーの実力やお掃除屋さんとして働き者であることがあるのだが、ブラウニーは劣等感まみれの魔物であった。

 小柄なのもあるが、ブラウニーは土の民には珍しいフロンティエール大森林生まれではない魔物であることも劣等感が苛む理由であった。ブラウニーは森林都市ティファレトで生まれた土の民なのである。そのため、土の民としての性質は純度の高い魔力で生まれた森生まれの土の民とは異なるのだ。

 土の民固有の移動能力である土の友も上手く使えない。森の魔力と都市の魔力ではあまりにも質が違うため、馴染めないのだ。ここ、闇の女神神殿は魔王四天王の土の角、アミドソルが作ったものであるが、森ではなく都市の土で作ったものであるので、ブラウニーは土の友を全力で使って、神殿の隅から隅まで毎日掃除をしている。

 ただ、土の友を使いこなせない土の民など役立たずも同然だ。ブラウニーはその劣等感を振り払うように今日もぱたぱたとはたきを振るう。

 今日は四日に一度の魔王四天王たちの部屋のお掃除である。何故四日に一度かというと、神殿は基本的に土でできているので汚いも何もない、というのと、魔王四天王の部屋は危険な何かがあったりするので、ブラウニーはいつも魔力を万全にして挑まねばならないのだ。

「まずはシュバリエさまの部屋だ」

 シュバリエは魔王四天王の前ではなんだかだらけた様子を見せているのだが、綺麗好きで、ブラウニーは軽く埃を払うくらいしかしない。

 問題はシュバリエの部屋にある剣の数々である。シュバリエは身の丈ほどもある大剣を好んで使うが、「剣士」を名乗る以上、様々な剣に精通していなければならないということでコレクションのように多種多様な剣が部屋の中にある。中には特殊な魔法のかけられた剣もあり……

「うわあ、今日も壮観だなあ」

 ブラウニーはシュバリエの取り揃えた剣たちを見て思わず呟く。シュバリエは火属性魔法を得意とするが、他の属性の魔法も扱うことができる。本人がごりごりの力押しが好きで得意なのもあり、火属性の大剣が使われているが、属性相性によって威力がいくらでも跳ね上がるような各属性の剣が取り揃えられている。その中でも魔力が剣そのものに練り込まれているものは魔剣と呼ばれる貴重で危険なものだ。

 ブラウニーは以前、それを知らずに剣の側に転移してしまい、危うく死ぬところだった。土の魔剣に取り込まれそうになったのだ。

 魔剣は魔力を食うという謂われもある。土を魔力で固めただけの土の民は弱ければあっという間に取り込まれてしまう。それに抗って存在を保ったブラウニーはすごいのだが、そんなことをブラウニーは知らない。

「剣、かっこいいなあ……」

 相変わらず綺麗な部屋なので、ブラウニーは埃を取り込んで魔力に変換し、ベッドメイキングをして去っていく。

 次はサージュの部屋だ。

 実はサージュの部屋はそこそこ汚い。というか散らかっている。魔法の使用を補助する道具や魔法に関する書物がとっ散らかっている。その中には危険な術のかかっているものや禁書などがあるので、取り扱いは要注意である。

 ブラウニーは緊張しながら転移した。転移先はサージュの部屋の天井である。

「あ、サージュさま」

「おや、ブラウニー。そういえば今日でしたか。今避けますね」

 スケジュール管理がしっかりしている印象のサージュなのだが、何故か掃除の日は忘れている。天井からぶら下がったブラウニーは床を埋め尽くすものの数々にうわあ、と思いつつも、やる気を出す。

 天井に出て正解でもあった。床に出ると魔法道具を壊してしまう可能性があったからだ。天井からぶら下がるブラウニーとの会話もサージュには慣れたことで、必要最低限のものを避け、ブラウニーを引力魔法で導く。

「いつもありがとうございます」

「いえいえ、畏れ多いお言葉にございます」

 ブラウニーは近くで書物や道具を見て見極めることで、魔法を唱える。

「引力よ、此方を彼方へ、彼方を其方へ、方々に善きように導きたまえ」

 ブラウニーの詠唱で細々したものがあるべき場所にひとりでに歩いていく。その様子をサージュは関心した風に眺めていた。

「やはり、こんなに繊細な引力魔法の使い手はブラウニーをおいて他にいませんね」

「でも、掃除くらいしかできませんよ?」

「大は小を兼ねるという言葉がありますが、小……小さな力にしかできないことはたくさんあります。大きな力で押し潰すだけではどうにもならないことは、思うよりたくさんあるんですよ」

 ありがたい教えである。

「それにブラウニー、あなたのその謙虚なところは美徳の一つです。胸を張ってくださいね」

「お言葉、染み入ります」

 サージュに一礼すると、ブラウニーは次の部屋に向かった。次はアルシェの部屋だ。

 が、がらんとしていた。

 アルシェの部屋は一つ区画ができており、そこには「触っちゃ駄目」の文字があるため、ブラウニーが触れることはない。魔王四天王が触ってはいけないと警告をするほどのものだ。危険なものであるにちがいない。

 実はそこに隠されているのはただのアルシェのオタクグッズの数々なのだが、ブラウニーが知る由はない。

 いつもなら、暇潰しに壁に的の印をつけて魔法を当てるゲームをしているのだが、今日はいない。壁もいつもほど穿たれてはいない。

 へこんだ壁を土魔法で修復しつつ、ブラウニーは首を傾げた。

「アルシェさま、どこだろうな。魔王四天王さまたちの訓練室かな」

 訓練室にブラウニーは入ったことがない。サージュから「訓練中に入ると死にますよ」と忠告されているし、そもそも魔王四天王以外が入るなど言語道断なのは魔王軍の中での暗黙の了解である。

 というわけで、次が最後のアミドソルの部屋なのだが……

「うわああああああ!?」

 入った瞬間、土の槍が突っ込んできた。

「あ、ブラウニー、大丈夫か!?」

「ええ、なんとか……」

「なんとかって、脇腹突き抜けてますよ!?」

 アルシェと準四天王のミルが何故かそこにいた。

 ミルの指摘通り、ブラウニーの脇腹が土の槍によって穿たれていた。だが、土の民にとって、土での攻撃など避ける必要がないのだ。

「よいしょっと」

「え! 土の槍が脇腹の形に抉れて……」

「あ、ミルたんは知らない? 土の民に土属性の攻撃は効かないんだよ。体が破損しても土の魔力を取り込んで再生するっていうか、自分のものにしちゃうんだよね」

「強くないですか、それ」

「いえ、土属性の攻撃だけですから。それに、強い方はそもそも攻撃に当たりませんし。ところでここはアミドソルさまのお部屋のはずですが、お二人はどうしてこちらに?」

「捕縛用の触手作ろうとしてたの」

 何故触手、と思ったが、まあ何をしたいのかはわかる。捕縛。魔王軍の目的は捕虜をとって脅したり、拷問したりではないのだが、時にはそういうことも必要だろう。

「でも即死系の魔法になっちゃうんだよね。土と水って混ぜると柔らかくなって、ぐにゃぐにゃうねうねどろどろになるはずなんだけど」

 擬音だけで既に気持ち悪い。

「いやあのなんでアミドソルさまのお部屋で?」

「広いから!」

 爽やかな笑顔である。悪気がないのはわかる。

「そうだ、ブラウニーも手伝ってよ。土魔法はブラウニーの方が詳しいでしょ」

「……引力よ、此方を彼方へ、彼方を其方へ、方々に善きように導きたまえ」

 ブラウニーが唱えると、土の槍がうねり出す。アルシェが目を輝かせる。

「なるほど、引力魔法使えばいいのか!」

「いえ、ここは土の魔力が強いので、捕縛用なら水魔法で柔らかくしないと。魔法というか、魔力を馴染ませる感じで」

「魔力を馴染ませる……」

「土に水を染み込ませる感じで……ほら」

「おおおお……!」

 と、盛り上がった結果。

「ひゃあっ」

「ふふふー、よいではないか、よいではないかあーっ!!」

「なんでミルさん縛ってるんですかあ!!」

 触手を使いこなすアルシェはミルを触手でからめとっていた。真剣に教えていたブラウニーが突っ込む。

 苦労人が増えた話である。

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