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アミちゃんその2

 リアンはフロンティエール大森林の大樹の前で一休みしていた。見回りを終えたところだ。

 フロンティエール大森林はセフィロート随一の森であるため、下手な一都市より大きい。そのためにアミドソルは土の友という土の地面ならどこにでも移動できる能力を持っているのだ。

 土の民ではないリアンはそれをダートで補っていた。ダートの身体能力強化があれば、疲れを感じにくい上に、ものすごい速度で長時間の移動が可能である。

 が、まあ、疲れを感じにくいというだけで、疲れないというわけではないのだ。リアンは自分のことに無頓着なので、倒れない限り際限なくやってしまうが、今は倒れるわけにはいかなかった。

 元々の森の守護者であるアミドソルが留守にしているからだ。自分の体調に無頓着なリアンを叱ってくれたのはソルである。本来は敵同士であるはずなのに、ソルは人間でダートの使い手であるリアンの身をいつも案じてくれる。そのことが、人間の中で暮らしていたときよりも温かくて、心地よくて、リアンはここにいる。

 ソルが安心して自分に託せるように、とリアンは適度に休憩を取るようになった。

「それにしても、ソル、なかなか帰って来ないね……」

「そうだね」

 大樹に凭れて休むリアンに相槌を打ったのは花色の髪をした少女。人間ではないことがわかるのが、手足を成しているのが絡み合った木の枝だということ。ちょっと特殊な木の民のフェイだ。

「女神様の神殿に行ってから、もう三日も経つわ。顔を出してくるだけだって言ってたんだけど」

「今は魔王軍の侵攻も滞ってるから、ソルは本当に顔出しに行くだけなんだよね。土の友使えばすぐに戻ってこられるはずだし」

 土の友とはほとんど瞬間移動能力である。慣れるまではリアンも驚いていたが。

 そんなわけで、ソルは普段なら本当にすぐ、遅くともその日のうちに帰ってくる。魔王軍の誰もがソルのような移動能力を持つわけではないので、フロンティエール大森林を越えた先の侵攻は簡単にはできない。

 まさかとは思うが……ソルがとうとう力を貸すことにしたのだろうか。それで話し合いが煮詰まっているということなら、リアンも身の振り方を考えなければならないかもしれない。

 と思っていると、慣れ親しんだ気配がした。リアンは振り向く。

「ソル!」

 が、しかし。

 振り向いた先にいたのはよく知る土塊の巨人ではなく、リアンよりもちんまりとした少女だった。ピンク色の髪を二つに結い上げている。そこに角などを隠しているのでなければ、見るからに人間の女の子だ。

 目が点になるリアンとフェイ。ただ、フェイは何かを察したらしく、にこにこと笑っていた。

「えっ……と、君は?」

 戸惑うリアンはかなり珍しい。フェイはそんなリアンが見られてこっそり満更でもなさそうな顔をしている。

 そんなフェイの様子に苦笑いしながら、女の子は答えた。

「あの……グランソルの代わりに来ました。アミと言います」

 流暢に喋るアミと名乗った女の子に、あら、とフェイも呆気にとられる。リアンはグランソルがわからなかった。

「グランソルって?」

「アミドソルの通り名です。グランソルは土の民で最強の者に与えられる称号です」

「それで……ソルの代わりって?」

 アミはピンクの目を真っ直ぐリアンに向けて告げる。

「グランソルは今、神殿から戻れない用がある、と。リアンにだけ負担はかけられないと、わたしを遣わしました」

 リアンは水色の目でアミを見つめる。真っ直ぐな眼差し同士がぶつかるのを、他人事ながらフェイははらはらと見つめた。

「わかった。アミ、君は何ができる?」

「戦えます」

「武器は?」

「土の民は武器を使いません」

「そう」

 この愛らしい女の子が土の民ということに何の疑問も抱かないリアン。

 それじゃあ、とリアンが切り出す。

「僕と手合わせしてもらえる?」

「わかりました」

 心なし、アミが嬉しそうなのが、戦闘狂の片鱗が見られる。リアンは気を引き締めた。


「さあ! いよいよ始まりました。謎の美少女型土の民アミちゃんことソルちゃんと! 将来有望若手株の氷の剣士リアン! 実は師弟のこの二人の戦いの火蓋が切って落とされます。実況は私、アルシェ・ド・オーと」

「実はリアンのもう一人の師匠、シュバリエ・ド・フラムと」

「サージュ・ド・ヴァンでお送り致します」

 突然どういうことなのかというと、ここは闇の女神神殿内。ソルの姿が一向に戻らないため、ソルVSリアンという夢のタッグを実現すべく、アルシェたちが監修したのである。

 ソルはもう今ははちゃめちゃに美少女ということで、口調を独特な訛りのないようにサージュやミルが監修し、アルシェとシュバリエを相手に模擬戦をして、ソルは森へと向かったのだ。

「さて、ソル選手が行く前に手合わせをしたお二人から、試合前の所感をお聞かせ願えますでしょうか」

 魔王四天王二人を相手取った後で涼しい顔をして森に行っているので、ソルの実力はお察しである。

「ソルがなあ……サージュの前で言うのもあれなんだが、魔法の扱いがえげつないんだよ」

「と、言いますと?」

 シュバリエの発言にアルシェがうんうんと頷き、代わって答える。

「魔法を使うにあたっての魔力消費に無駄がない」

「なるほど。ソル選手は普段から自分の体を保つために効率よく身体中に魔力を循環させています。それで無意識的に魔力消費の効率化が計れているということですね」

「その上、普段と比べて魔力量が跳ね上がってんだろ? 格闘できて魔法使えるってもはやチートだろ」

「一分の隙もない」

 どうやら、少女姿でもソルは持ち前の順応力で存分に力を発揮できるらしい。

「対するリアン選手は温度を操るダートと体術のみでの対応となりますが……リアン選手についてお詳しいシュバリエの意見を伺いたいところです」

「そうだな……あいつ、森でソルと出会ってから滅茶苦茶強くなってんだよな。昔っからダートの応用は上手いんだ。アホ弟子とは比較にならねえ」

「そもそも、ダートと魔法ならどちらが有利と見ますか? サージュ」

「ダートを詠唱なしで使える魔法、魔力消費なく使える魔法、と捉えるなら、圧倒的にダートが有利に見えますが、ソルの魔力消費の精密度や今のソルなら使えるであろう属性詠唱のみでの魔法発動を考えると五分五分といっても過言ではないでしょう。それに戦場はソルの生地である森。潤沢な土の魔力に満ちた土地である地形の面も考えると、詠唱や魔力消費は些細な差と言えるかもしれません」

「面白ぇじゃねえか。性能面だけで見るなら、リアンのダートと今のソルの魔法はほぼ対等ってわけだ。こりゃ見応えのある試合になりそうだぜ」

 とここまで盛り上がる三人の前にはサージュとミルが魔法で映し出した映像が流れている。液晶ディスプレイと呼ばれる異世界のものに魔法で得た映像情報を流し込んで映し出しているのだ。

 何故三人がのりのりで実況のようなことをしているかというと、魔王四天王は基本的に戦闘狂なので、異世界で言うところのスポーツ実況を一度してみたかったという動機がある。

 アミという未知の存在を前に、魔王四天王たちが一目置く人間のリアンがどう戦っていくのか。これ以上の見物はない。

 ミルはこの映像を送り届けるために、能力を使いにフロンティエール大森林まで行ったので、この実況に参加できないことを悔やんでいたが、後々映像を共有することにしている。

「さて、正面から向かい合う二人。その間を木々のさざめきと共に風が通り抜けていく。先手を打ったのは……ソルです!」

 ピンク色の髪を靡かせ、リアンに一直線に飛び込んでいくアミ。ソルの姿のときと違い、リーチのないアミはまず懐に飛び込むことを選択した模様。

「普段からソルはその図体に見合わぬスピードを持っていますが、本人がネックとしていた体の軽さ故に、ものすごいスピードが出ていますね。格闘素人からすると、目に見えないほどの凄まじいスピードです」

「おおっと、リアン選手、最初の一発は受けるつもりなのか!? ガードを固めます」

「まあ、お互い小手調べみたいなもんだろ。ソルの豪腕が女になっても変わってないのをリアンは知らねえから、そこだけ心配だな」

 リアンの懐に入ったアミが拳を放つ。リアンはその拳を右腕で受けた。

「あれ、リアン選手に近づく一瞬、ソルの拳スピードダウンしなかった? なんで?」

「リアンのダートさ。冷気を集めることで空気を液体に近くしたんだ。水ん中だと、スピードはどうしたって落ちるしな」

「あの一瞬でそんなことを!」

 それでもアミの拳の威力を相殺しきれず、後ろに飛ぶリアン。飛んだ先には……アミがいた。

 リアンを飛ばしてからの回避不能状態への一撃が最初から狙いだったのだ。飛ばされている最中のリアンは態勢を整えられない。

 そして、拳を構えたアミの口から零れる衝撃の一言。

「引力よ」

 それは魔法の詠唱である。属性に呼び掛けるだけで魔法を完成させる詠唱、それが属性詠唱である。

 様々な説がある中、引力魔法だけは確実に土魔法の上位互換とされる。普段はソルの使わない上位互換魔法の詠唱にリアンは目を見開く。

 咄嗟にリアンが張った氷壁がソルの拳により一撃で吹き飛んだ。

「え、今の何?」

 唖然とする実況者たち。リアンは氷壁も虚しく吹き飛んでいる。

 サージュとシュバリエが苦々しい顔をした。

「ソル、やってくれたな……」

「さすが環境適応能力ナンバーワン」

 アルシェがわからず疑問符を浮かべる中、シュバリエとサージュが解説した。

「戦闘狂なら憤慨するぜ。わざわざ自分にデバフ魔法かけるなんて」

「でもデバフをバフに変えてるんですよね……」

「デバフ? どういうこと?」

「引力魔法とは基本的にデバフ魔法です。重さを操る魔法、というよりか、重くすることが主体の魔法ですので。例えば、シュバリエの大剣に引力魔法をかけると、いくら怪力ゴリラ馬鹿力のシュバリエでも抜けなくなるわけです」

「それをソルが自分にかけたっていうのは?」

「ソル、あの体は軽くて一撃の重みがねえって悩んでたろ? 単純な話さ。自分を重くして、それを一撃の威力に変えた」

 普通はどんなに威力が欲しくてもやらない。だが、魔王四天王に普通は通用しない。

「それでも俺だってやらねえぜ、あんなん」

「なんで? 一撃を強くできるんでしょ?」

「ばーか、引力魔法は重くなる魔法だ。つまり動きがとろくなんだよ。いくら一撃必殺でも、相手に避けられたら意味ねえだろ」

「ソルの動き、滅茶苦茶コンパクトだったけど」

「だからおかしいって言ってんの」

 普通は引力魔法を自分にかけたなら、動きも重くなるのだ。普通に動けているソルがおかしい。

「あ、氷の剣士くんが動きますよ!」

 割れた氷壁の欠片が靄となって視界を消したと思ったら、リアンが飛び出してくる。靄に紛れて態勢を整えたリアンは一振りで靄を切り裂き、柄に氷の刃を出現させる。

 見た目がか弱い女の子だからと、手を抜くことはしないようだ。そのまま刀を低く構えて、アミに突進していく。

 アミは低い姿勢のまま、地面に拳を当てた。膨大な魔力が地面を染み渡っていくが、魔力探知のないリアンは気づいていないのだろう。

「な」

「え」

「うわ」

 実況中の三人が固まる。

 アミがリアンの正面と背後に一人ずつ……つまり、二人に分身したのだ。

「サージュ、これ、魔法じゃないよね」

「ええ。えげつないほどに土の民の特性を生かした技です。

 まさか激震をこのように利用するとは……」

 アミが発動したのは激震である。普通に発動させただけでは小さなアミがたくさん生まれるだけだ。だが、小さなものをたくさん生み出すのではなく、大きなものを一つ生み出すのなら? ──所謂、発想の転換というやつだ。

 魔力を分裂させずに一つの分身にする。今の姿ならではの方法だ。

「確かに、あのちんまいのがただ飛びかかってくるのはシュールだもんな」

 その気配に気づいたリアンが刀を持ち替え、切り上げながら、刀ごと一回転する。アミは土の友で転移、分身は切られるが、一時的に作られた土の体が崩れるだけだ。

「土の友便利すぎない?」

「ソルの体が小さいために予備動作がコンパクトにまとまって、転移速度が上がっています」

「しかも激震で作った対象も土の友で移動させられんだろ? リアン勝てるか?」

「っていうか、もうソル一生この姿でいいんじゃ……」

 ある種失礼なことをアルシェが呟きかけたとき、二人の戦闘態勢は解けた。これは決して雌雄を決する必要のないただの戦闘訓練なのだ。実況しているなど、リアンは知らない。

「面白い戦い方。でも、引力魔法はやっぱりリスキーだよ。術後一瞬の硬直がある」

「そうですよね……」

 しょぼんとする美少女と淡々と指摘する少年の図に実況者たちが顔を見合わせる。硬直なんてあったか、と。

「激震の使い方も虚を衝かれたけど、あれって魔力探知できる人にはすぐ気づかれるんじゃない?」

「それ、わたしも思ったんです。ただ、出す位置は微調整できるので、土の友と併用して、幻惑みたいにできたら、と」

「最初にやってたやつだね」

 と、反省会で盛り上がっている。おそらくリアンもアミもまだまだ本気を出していない。これまでの常軌を逸した一連はジャブ程度でしかなかったのだ。

「ソルもリアンも怖……」

「パワーバランスがおかしいからソル元の姿に戻してね、ノワール」

 楽しく実況していた魔王四天王は普段大人しい一角の恐ろしさをまじまじと感じた。


 後日。

「体が戻っただ!」

「うん、それでこそソルだよ」

「そのままのソルでいてくださいね」

「? みんな、どうしただ?」

 なんてやりとりが、あったとかなかったとか。

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