「ボクと契約して、美少女戦士に転生しようよ!」
セフィロートを侵攻する魔王軍。しかし、セフィロートを分断するフロンティエール大森林を越えるのに手こずっていた。
というのも、フロンティエール大森林は太古より不可侵とされてきたのだ。魔王軍と人間の争いの中にあってもそれは変わらない。フロンティエール大森林の代表である獣人の長、グランシェーブルはどちら側にもつかないでいる。
そもそも、獣人というのは生命の神が創ることができた異形の存在であり、人間とはまた違った考え方を持つ。もちろん、闇の女神によって創られた魔物や魔族とも意を同じくすることはない。
そんな種族が魔王軍と人間たちの間にいるのである。グランシェーブルは風の民並に長命で、セカイのあらゆる変遷を知る長として、獣人の中でも崇められている人物だ。おいそれと手を出せば、獣人を敵に回すこととなる。その上、厄介なのが、同じくフロンティエール大森林の守護を担う魔王四天王の一人、アミドソルが、土の民の資格を失うこととなるのだ。
魔物である土の民。生物に生きるための資格など必要かというと、哲学のように感じられるが、土の民に限っていえば、資格は必要だ。何せ彼らの体は森を育む土からできている。土が闇の女神の力を拒否すれば、土の民は体を保てない。闇の女神の力とは即ち魔力であり、土の民は全身が土でできているため、土に魔力を拒まれると、体を形成できなくなるのだ。
それに、フロンティエール大森林を拠り所にしている魔物は土の民だけではない。木の民もまた、フロンティエール大森林の木々より生まれた魔物。木々から魔力を拒絶されれば、存在ごと消えてしまう。
とまあ、そういう難しい局面なのだ。
そんな魔王軍の四天王は何をしているかというと……
「魔法少女シリーズ、業が深いなあ……」
「美少女戦士の方がバリバリ戦っててよかっただろうが」
「シュバリエ、あなたは前世ものの趣深さではなくそこに視点を置くんですね……」
「女の子が戦うって方向性は滅茶苦茶いいと思いますよ、サージュさま。でも、私はそれならキュアケアシリーズの方がアクションシーンがはっきりしていて見やすかったです」
アミドソルは土の民だけが使える転移魔法、「土の友」を使い、魔王軍の拠点である闇の女神神殿に転移してきたわけだが、そこでまず目にしたのがこれである。厚くて黒いガラス板のようなものに、映像が映っている。そのガラス板に映っているのはカラフルな姿の少女たち。
セフィロートの人間は生命の神が思い描いた独自性により、黒髪赤髪青髪緑髪紫髪と髪色はなんでもござれだし、目の色も同様、多様性に富んでいる。だが、セフィロート以外にも世界があり、その一つで暮らす人間たちはせいぜい黒髪茶髪金髪銀髪くらいなもので、こんなに個性溢れる髪色の人間はいないという。
まあ、何故別の世界の話になったかというと、このガラス板とその中に映っている映像は何故か他の世界との交流がある魔王ノワールが調達したものだからである。というか、セフィロートではあり得ないものを見た場合、それは大抵ノワールが持ち込んだものだ。
ソルはそれが何という名前なのか知っていた。ソルもたまに観ることがあるからだ。
「テレビなんか観て何してるだ」
「おう、ソル! 武闘派のお前はやっぱり美少女戦士だよな!」
「語弊がすごいですよ、シュバリエ」
「あ、ソルはまだ魔法少女シリーズ観てなかったっけ。見返したいからもう一回一話からかけるから一緒に観よう。そして沼ろう」
「ええ!? アルシェさま、この後はキュアケアの第五シリーズを観るって約束じゃ……」
実に緊張感のない魔王四天王たちである。時折森にやってくる勇者が魔王四天王のこの様子を知ったらどう思うだろうか。彼は大変な癇癪持ちなので、激怒は免れまい。
シュバリエ、サージュ、アルシェ。彼らはソルと肩を並べる魔王四天王である。その中にちょこんといる一見すると人間にしか見えない少女は魔王四天王に次ぐ能力を持つとされる準四天王のミルだ。
つまりは、魔王軍の最高戦力が、雁首揃えてテレビ鑑賞というわけである。嘆かわしきかな。
仕方ないといえば仕方ないことである。フロンティエール大森林を越え、向こう側に侵攻するには時間がかかり、最高戦力たる四天王たちは大きな動きができない。森の守護者という役目のあるソル以外は暇を持て余しているのだ。ノワールはそれの退屈しのぎに、とこういう他の世界の物珍しいものをセフィロートに持ち込んでくれている。
とはいえ、だ。土から兵士を作り、それらをそのまま転移させる能力で小手調べを行えるソルと、人間に変身する魔法を使えるサージュ以外は六都市征服以降、本当に何もしていない。こうしている間にも、勇者は仲間を募り、強さの高みを目指しているというのに。
しかし、ではどうすれば良いのか。魔王四天王は魔王軍における最強戦力であるのは確かだが、シュバリエ、サージュ、アルシェ、ソルの四人は現時点でセカイ最強といっても過言ではない。準四天王と呼ばれるミルすら相手にならないほどの強さを四人は持っている。
もちろん、戦闘スタイルはそれぞれ異なり、近接戦闘を極めているソルとシュバリエでも、格闘技術と剣術という違いがある。サージュは魔法の扱いに長けており、その知略は目を見張るほど。アルシェはサージュよりも魔力が多く、普通の魔法とは威力が段違いの原語魔法を使用して、呪文一つで一都市を壊滅させたこともある。戦い方が根本的に違うのだ。
修行するにしても、対人戦にできるのは魔法併用をしないソルとシュバリエくらいなもので、魔法併用不可にしても、この二人の右に出る者は今のところ、いない。
魔法を使わないとなると、サージュはかなりポンコツになってしまう。アルシェも攻撃を捌くくらいはできるが、反撃がなかなかできない。かといって、この二人に魔法を使わせると都市が壊滅するというか、天災レベルの現象が起こるので、安易に戦わせられない。
となると、ソルがいなければ、三人はじっとしているしかないわけである。じっとしているのにテレビ鑑賞は最適なわけだが、怠惰に見えなくもない。
観ているのはアニメと呼ばれるものだ。CDのような薄い円盤は映像を込める場合にはDVDと呼ばれるらしい。別に彼らは生きるのも死ぬのもセフィロートなので、必要のない知識なのだが、これがなかなか面白い。
ミルを含めた四人が見ていたのは魔法少女というシリーズらしい。ざっくりとした説明によると、不思議な生き物と契約して魔法を使えるようになる人間の女の子の物語だという。
シュバリエが推している美少女戦士シリーズは別の世界で学舎に通うときに着る「制服」をモチーフにしたデザインの衣装を着た少女たちが戦う物語である。アクションシーンもさることながら、過去や未来に繋がる因縁や運命を上手く絡めた物語の構成はサージュのお気に入りでもあるようだ。
ミルがしきりに唱えているキュアケアシリーズは女の子が変身して悪の組織と戦う話なのだが、シリアスよりはコミカルに振った話の構成で、最終回が近づくにつれ、世界観の深みを出してくるのが見所である。
サージュが苦笑いでアルシェとミルを取り成す。
「ほら、二人共。せっかくソルが来たんですから、観るならソルの観たいものにしましょう」
そういうことではないのだが……と少ない顔のパーツで器用に渋面を浮かべるソルをよそに、シュバリエが問いかける。
「ちなみにソルは何推しなんだよ?」
サージュ、アルシェ、ミルからも何故か期待の眼差しを注がれる。答えづらい。
少し照れくさそうに、ソルは人差し指と人差し指をちょんちょんと突き合わせ、ぽそっと言う。
「おら、魔女っ子シリーズが見てえだ……」
「よぉし、わかった、戦争だ」
シュバリエが剣を構え、アルシェが弓をつがえたところで、ソルは絶叫する。
「やめるだあああああ!!」
がっ、ごっ。
「うわ」
ものすごい音がして、シュバリエとアルシェはどこかに消えた。否、二人は抵抗する間もなく、ソルの拳骨一発で各々壁にめり込むほどに吹っ飛ばされていた。
その巨躯からは想像もできない反応速度と俊敏性にサージュとミルの表情が凍りついていたのは言うまでもない。武器を持たせない状態でのセカイ最強は紛れもなくアミドソルであった。
ちなみに、この後仲良く五人で魔法少女シリーズを履修した。
悲しきかな、魔女っ子シリーズはビデオテープ版しかここにはないのである。DVDになるのを待つか、新装版として放映されるのを待つか……テレビの文化も難しい。