準魔王四天王は氷の剣士に立ち向かってみる。
アミドソルは難しい表情をしていた。困ったような、苦虫を噛んだような。重ね重ね言うが、アミドソルの顔パーツは目と口のみである。それで何故こんなにも多彩な表情が作れるのか。魔王四天王の七不思議の一つである。他の魔王四天王ですら理由はわからない。ちなみにアミドソルに聞いてみたところ、「思っだままの顔しでるだげだよ」とのこと。
さて、そんなアミドソルが何故そんな複雑な表情をしているのか。それには訳がある。
「本当にいいだが?」
「シュバリエ様、サージュ様、果てにはアルシェ様までもが素晴らしいと気にかける氷の剣士とやらの実力、この目で見定めねば気が済みません!」
ミルはその緑の瞳にめらめらと闘志を燃やしている。
氷の剣士とは、現在、セフィロート唯一にして随一の森、フロンティエール大森林の守護者の役目をアミドソルと共に担う人間の少年である。ダートという魔法とは違う特別な力を宿して、一時は勇者候補とされたが、今は森で静かに暮らしている。魔王と人間の争いには加わらず、ただ森を守ることに専心していた姿はアミドソルも認めている。
過去には魔王四天王の一人、シュバリエを師に持っていたこともある実力者で、サージュとアルシェの腕試しの際も物の見事に打ち破っている。人間やめている以前に人間じゃないサージュとアルシェを、譬二人が本気でなかったにせよ、伸してしまった人物、というのが、ミルの闘志に火を着けた。
ミルは準魔王四天王と呼ばれる。つまり、魔王四天王の次に強いと言われる存在だ。それが今、魔王四天王のうち魔法をサージュに、体術をシュバリエに教わっているのである。アルシェにもミルの実力は認められているのだが、ミルは氷の剣士という存在を徹底的にライバル視していた。
アミドソルはいつもながらに困り果てていた。ミルの故郷は森である。氷の剣士は森を離れることはないだろう。故に、森の中で戦闘することになる。
「何も起ぎねぇどいいだが……くわばらくわばら」
そうして、アミドソルはミルを森に案内するのだった。
氷の剣士──リアンは森の大樹であり、樹木神アルブルの宿る木のところで休んでいた。樹木神アルブルの宿り木は、この森で最も重要な木である。これを守れなければ、守護者を名乗る資格はない。
そんなリアンの元に、これまでにもこれからにも最強と言えるであろう刺客が送り込まれた。
「……今日はリヴァルも来なくて平和だな」
そう呟いたが、そんなことはなかった。
漂わせた冷気を切り裂き、何かが飛んでくる。リアンは素早く立ち上がり、刀身のない柄に瞬く間に氷の刀を作り出す。
強い冷気を孕んだ一撃を横薙ぎに一振り。それだけで迫ってきた何かは全て落とされた。リアンは警戒しながら、その落ちた何かに近づく。
「……葉っぱ? ……いや、魔力で飛ばされたのかな。自然の風じゃない鋭さだった。襲撃か」
そう悟るまでにかかった時間は数秒。小手調べにはちょうどいい。
ただ、リアンには一つ気がかりなことがあった。
「森に侵入者があったなら、アルブル様が知らせてくれそうなものだけど……」
そう、フロンティエール大森林は大森林というだけあって、広い。二人しかいない守護者が侵入者を知るのにも無理がある。そこで侵入者を教えてくれるのが、アルブルのはずだが、リアンは何も言われていない。
それに、こんな近くに来るまで侵入者に気づかないというのは……リアンの死活問題にもなる。それくらい敵が強いか、自分が寝ぼけているかのどちらかだ。おそらく後者だろう。
油断なく、刀を構えていると、再び何かが飛んでくる。さっきと同じだ。木の葉である。
そこで早くもリアンは大きな違和感に気づく。リアンはそのダートを利用し、冷気を空気に漂わせて、その揺らぎで侵入者を察知する。もし、この木の葉を飛ばしているのが風魔法ならば、風の揺らぎで、リアンはもっと早くに気づくことができるはずなのだ。だが、一切それがなかった。
つまり、使われているのは風魔法ではないのだ。
その結論に、リアンは緊張を高める。つまり、木の葉を使うという変わった手法での攻撃。……これは。
「まさか、木魔法」
ダートは魔法ではない上、ダートの使い手は魔力が少なく、魔力探知には鈍い。それでも戦わなければならない相手はダート使いではなく、魔法使いである場合が多い。故に、属性魔法ごとに、計画を立てて対峙しなければならないのだ。
リアンの知識が正しければ、確か、木魔法は回復魔法が主だったはずだ。攻撃魔法なんて聞いたこともない。だが、あり得なくはない。木を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。木属性の魔力に満ちている森の中で木属性の人物を見つけるのは難しい。
知識だけで相手を木魔法使いだと見抜いただけでも、リアンは一般人より頭一個二個分ずば抜けている。
警戒を高め、より強い冷気を周囲に漂わせる。白い煙のようなものが大樹を覆うようにして巡らされた。余った冷気は更に森の中に広がる。この冷気は白く見えるわけだが、霧のような感じなのだ。視界を阻害するはたらきがある。だが、使い手のリアンにとってはむしろ視界代わりになってくれるのだ。冷気の揺れがより強く感じ取れるようになっている。そこから相手を見つけ出すのだ。
視界の悪くなった中、目標を見失ったなら、動くしかない。そこを衝いて、リアンは真っ直ぐそこに駆け抜ける。剣を振るった。
がきん、と音がする。相手も剣か、と思い、冷気を操作して視界を広げ、驚いた。
リアンの剣を受けていたのは、何の変哲もない木の杖だ。木の強度は剣の強度には耐えられないはず。木に見せかけた鋼とかそういうものではない。何しろリアンは毎日のように森で木を見ているのだ。それくらいの判別はつく。
だとしたら答えは一つ。魔法で強化された杖ということになる。
魔力探知のできないリアンにはわからないが、この持ち主の少女は茶色い髪をしている。属性特徴の色で木属性は茶色とされている。強い魔法使いであればあるほど、属性特徴は見た目に出る。
しかし、リアンの剣を受け止めていて、しかも少女ということは、身体強化もかけているか。
リアンと鍔迫り合いながら、少女は詠唱する。
「木の葉よ、千の刃となりて仇なす敵を切り裂け」
間違いない、木属性の攻撃魔法である。木の葉を刃と呼べるくらいまで強化し、自在に操る魔法。初めて見た。
だが、その手は食らわない。
リアンは冷気の揺らぎから飛翔物を探知、少女の杖を切り払い、全ての木の葉を叩き落とす。
「くっ、木の葉よ」
しかし、それだけではへこたれない。属性詠唱だけで木の葉がまた意思を持つように起き上がる。それから自在に空間を切り裂いていく。かなりのスピードだ。
だが、動かしているのは少女の詠唱。更に、その詠唱を補助しているのは木の杖。木属性だからこそ、こんな平凡な木の杖でも、恐ろしいまでの戦闘能力を発揮するのだろう。
それでも、対処法はある。
リアンは氷の剣を地面に突き刺し、回し蹴りをする。少女は容易く、体捌きでそれを受け流した。それを見て驚愕すると同時、納得した。
リアンの狙いはそこにはない。蹴りを避けられるのは予想の範疇だ。目標は少女の体ではない。リアンは譬敵でも、こんないたいけな少女を滅多滅多にするほど下衆ではない。少女に限らずとも、常に戦闘の平和的解決を求めている。
今回の場合、少女を倒すことを念頭に入れて戦うならば、武器である杖をまず折ってしまうのが得策である。そうすれば、体術面でも魔法面でも少女が不利になるのは確実だ。
いくら強化されていようと木である。リアンの氷では切れなくとも、本物の鋼を強化すれば……
「やめて!」
そこに悲鳴のように少女の声が谺する。リアンと相対している少女ではない。リアンがよく聞く声だ。
リアンは足を止め、体にここまでと逆の捻りを入れて制動した。少し体に負担はかかるがほんの少しくらいなら気にしない。ギリギリ、足に仕込んでいたナイフは飛び出なかった。
リアンは声の方を振り向く。そこには花色の髪をした少女が立っていた。人間のように見えるが、手足が木の枝で絡み合ってできている。アルブルの化身であるフェイだ。
「どうしたの?」
リアンが静かに尋ねると、フェイはおずおずと告げた。
「その杖はアルブル様の枝を使って作ったものです。壊してはなりません」
「でも、侵入者……まあ、いいか」
リアンが言いかけた何かを取り止めたことに今度は少女が疑念を抱く。
リアンは徐にこう言った。
「氷よ」
「なっ」
ダートの使い手だと思っていた人物が魔法の詠唱を始めたことで、少女──ミルは驚愕する。しかも、それに応じて、ミルの足元が氷で固められていたのだ。
よく考えれば、詠唱のようなものを唱えたタイミングに合わせて、ダートを発動させればいいだけなのだが、動揺は思考回路を混乱させ、隙を生む。
「あなたの師匠もきっとこういうと思うけど──」
リアンは峰打ちをしながら告げた。
「戦闘中に動揺を見せちゃいけないよ。隙が生まれるからね。──隙は命取りだ」
その言葉を最後に、ミルは意識を閉ざした。
一方。
「びっくりした。まさかアルブル様の本体を使った杖があるなんて」
一ミリもびっくりしていなさそうな顔でリアンが言うのにフェイが苦笑した。
「まあ、色々あるんです」
色々あったミルはその後アミドソルによって回収され、シュバリエにリアンから言われたそっくりそのままの指摘をされて、赤面するのだった。
「まだまだ修行が必要ですね」
気合いを入れ直すミルを微笑ましく見守る魔王四天王だった。